第50話 娘を狙う危険分子は手元に置くべきか

 王都の郊外に遠足気分で出かけ、スライムを退治していたら、ブラックワイバーンという凶悪な魔物に襲われてから一週間が経ち、王夫妻の結婚記念式典の日が訪れていた。


 式典はつつがなく終わり、今は王城内で立食パーティーが開催されている。


「おおぉ、ドーラス師。リーファのネックレスは大層な逸品であったぞ。ミュースからも聞いておるが、エルとキララがブラックワイバーンとかいう強力な魔物を魔法だけで倒したらしいな」


 孫の活躍に顔を緩めたアドリー王が目の前にいる。


 あの日、倒したブラックワイバーンの魔結晶を綺麗にカットして、燦然と輝く宝石に仕上げてもらい、その大きな魔結晶の宝石が中央に配されたネックレスを献上していた。


 子供たちが献上したネックレスは、視線の先でミュースと談笑しているリーファの胸元を飾っている。


「ええ、あの子たちの才能は私などよりもよほど優れております。あの歳で魔法に関してはかなりの習熟度ですし、剣の方も正規の剣術を習わせてやりたい所です」


「ふむ、ミュースに聞いたところ、ドーラス師は魔法だけでなく剣もかなり使えるとの話だが……。ミュースの奴がキャッキャして惚気ておったぞ。今度、わしと剣でやりあってみぬか? わしはミュースの婚約までは認めたが、まだ嫁に出す決心はついておらぬぞ」


 アドリー王の言葉を聞いて、チラリと奥でリーファと談笑しているミュースに視線を向けた。


 どうやらミュースは、俺がゼペルギアの召喚勇者であることを未だに内緒にしてくれているようだ。


 だが、あまり惚気られると父親代わりのアドリー王と結婚をかけた決闘をせねばならない事態に陥りそうである。


 けれど、そのアドリー王の気持ちも俺には理解はできた。


 俺もキララとエルの婚約者には決闘を挑みかねないからだ。


 そう、カイン、アベル! 貴様らだ!!


 俺の視線は、王夫妻たちに呼ばれて参加している孤児院の子たちの中で、キララに話かけて楽しそうにしている二人に注がれている。


 一方、エルの方は仲良くなったミレルと一緒にご飯を食べ歩いていた。


「ドーラス師、わしの話を聞いておるのか?」


「え? ああ、すみません」


「キララ殿は男の子からもモテるから男親としては気が気でないだろう。その気持ちはわしが一番分るとの自負があるぞ」


 アドリー王も俺の視線を追った先で、男の子と談笑しているキララを見つけたらしく目を細めていた。


「アドリー王にはご理解いただけて幸いです。ミュースからはしっかりと言い聞かせてあるから大丈夫と言われておりますが心配で……」


「その不安感、わしは痛いほど分る。だから、結婚許可を出すかは決闘をして決めようではないか」


 アドリー王が冗談とも本気ともつかない顔で、腰の剣を抜きにかかった。


「アドリー王、祝いの席で剣はご法度ですぞ。ですが、正式にミュースを迎える日取りが決まりましたら、決闘状は送付させてもらいます」


 俺もミュースを嫁に迎える気であるため、いずれアドリー王とは決着を付ける必要があった。


 ただ、臣下という形式上、色々と手続きをキチンと進め、周囲の納得を得ることをしておかねば、叛逆と取られかねない。


 そのため、挙式の日取りは未だ未定のままである。 


「その日を楽しみにしておくぞ」


「ええ、楽しみにお待ちください」


「アドリー、いいかげんに諦めなさい。ドーラス君は剣の腕も立つそうよ。魔法だけでもかなりの腕なのに、剣まで使えるとなるとアドリーに勝てるチャンスはないわよ」


 奥でミュースと談笑していたリーファが、こちらに来ていた。

 

「男には無理と分かっても戦わねばならぬ時があるのだ! リーファ!」


「アドリー王、お歳も召しましたし、身体にはお気を付けくださいませ。ふぅ」


 ミュースも俺と決闘する気満々のアドリー王を見てため息を吐いていた。


 俺もミュースを嫁に迎えるために手加減はする気はない。


 全力を以って『参った』を言わせる所存だ。


 そんなことを考えていると、奥で食事を楽しんでいたキララが二人を連れて俺の前にきた。


「パパー、カイン君とアベル君が、わたしと一緒に剣術の練習を受けたいってー」


「ドーラス師、俺もキララと同じ修行したいです」


「剣術は苦手だけど、僕も身を守れるくらいにはなりたいので」


 二人の男子は真剣な表情をして、俺に弟子入りを迫っている。


 カインの方は一〇歳ながら、すでに年長組の中でもかなりの剣の腕を示し、将来はアドリー王の近衛騎士かと嘱望されているらしい。


 一方、アベルの方は剣の腕は並以下だが、知恵が回るらしく、年長組でも文官採用を目指す特別グループに属し、最優秀の成績を残しているそうだ。


 武のカイン、文のアベルと呼ばれ、アレフティナ王国の次世代を担う人物だと思われている。


 二人とも優秀な人材ではある……だが、それとこれとは別だ。


 パパとして、娘の近くに男の子を置くことは断じて許せぬのだ。


「ダ、ダメだ。キララ、午後の私との剣術練習は勇者としての基礎練習だからな。孤児院で騎士たちに稽古をつけてもらっている二人に教えるわけにいかない」


「ド、ドーラス師! 俺はもう騎士団の騎士にも勝てます!! キララに聞いたけど、ドーラス師は剣の腕もすごいらしいじゃないですか! 俺は強くなりたいんです!」


 カインが一〇歳にしては大柄な体躯を屈め、頭を下げている。


 遠目にアドリー王との稽古を見たことはあるが、剣才はありそうである。


 大柄な体躯と剣才を持ち合わせているため、盾役として非常に優秀な騎士になりそうな気はしていた。


「ぼ、僕は剣の腕はないけど、勇者としてのキララ様の戦闘の仕方を覚えておけば、手助けをできるはずです。それに自分自身くらい守れる強さを欲しい」


 アベルの方はもしかしたら、知識を生かしてキララの従者として仕える時を待っているのかもしれない。


 ……………一瞬、最高の護衛と従者が付くかなって思っちゃったぜ。


 で、でもダメェエーーーー!!


 娘の護衛や従者は俺がするし、なんなら魔王も倒しちゃう予定だし、やっぱりダメだ。


「ダ、ダメだぞ。私はアドリー王から、キララをきちんと勇者として養育することを任されておる。だからカインとアベルに教えることはできない」


「パ、パパー。本当にダメなの?」


 キララが上目遣いで俺の顔を覗き込んできたが、そのお願いだけは聞けないのである。


「パパ、パパ。カインもアベルも身分はわきまえているようですし、パパ自ら指導した方が安心という気はしないですか?」


 隣で話を聞いていたミュースが、俺の袖をそっと引いて耳打ちしてくる。


 娘を狙う危険分子を手元にか……。


 むぅ、さすが元敏腕神官長だけのことはある。


 万が一、キララに手を出す素振りをすれば、修行の名のもとに抹殺もありか……。


 事故で魔法が暴発とかはよくあることだしな……。


「むぅ、ママの言うことにも一理あるか……しょうがない。アドリー王、カインとアベルの指導も私が請け負ってよろしいでしょうか?」


 俺は孤児院に所属している二人の修行も、自らが行っていいかを王に確認した。


 彼は孤児院出身者の父であり、王として監督責任も担っているからだ。


「ドーラス師の申し出は許可しよう。しっかりと剣や戦いの指導をしてくれると助かる。ただ、二人とも我が国の将来を担う人材であることは忘れんでくれ」


 遠回しに抹殺不可を言われたような気がした。


 だが、俺に勝てない限り、娘を譲る気はサラサラないのだ。


「ははっ、承りました。カイン、アベル、明日からはキララと一緒に午後の剣術練習に参加いたせ」


「はいっ! やったぜキララ!」


「承知しました。僕もキララ様の足を引っ張らないように頑張ります!」


「やったぁ!! パパ、ありがとー」


 カインとアベルは喜び、キララも俺に抱き着いて喜んでいる。


 だが、俺としては危険分子を自分の監視下に置いたことで満足感を得ていた。


 娘に近づき手を出そうとする者は、実力で完全排除させてもらうさ。

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