第49話 娘たちに良い勇者とは論を語りかけてしまう。

 娘たちの超絶魔力でAランク魔物であったブラックワイバーンを倒した俺たちは、近場にあった森の木陰でミュースが朝早くから起きて作った弁当を広げていた。


「パパ、あーん」


「パッパ、あーん」


「パパ、あ、あーん」


 可愛い娘たちと美人嫁がそれぞれ、好物をフォークに刺して俺に差し出していた。


「みー、みー」


 ミーちゃんも俺の懐に腰を下ろし、自らの毛繕いをしている。


 一家団欒の食事。


 しかも、外にピクニックに出ての昼食だ。


 異世界生活一五年……こんな幸せな生活が送れるとはな……。


 みんなから差し出された好物を口に納め、幸せを噛みしめていた。


「……うまい。うまい……」


「パパが戦っているところを初めて拝見しましたけど、やっぱり元最強の召喚勇者様ですね……。ひ、控え目に言って素敵でしたわ」


 ミュースが俺の顔をチラ見しながら照れているのが見えた。


 うちのクールな嫁は照れると可愛いのだ。


 最初の印象は陰険メガネだったが、その姿は傷つき壊れかけた心を守るために着込んだ鎧だった。


 内側に隠された本当の彼女の姿は、家庭的で優しく、知恵も回る賢婦なのだ。


「そ、そうか? 普通に戦っただけだが……。最近、実戦から遠ざかっているから勘が鈍ってきてるかもしれん」


 ミュースに剣捌きを褒められて、内心こそばゆかったが努めて冷静に言葉を返す。


 そろそろ、このアレフティナでの生活も一年半を過ぎ、実戦しかなかったゼペルギアでの生活を忘れかけていた。


「パパの剣捌き、すごかった。わたしもあれくらい強くなれるのかなぁ」


「パッパの剣がしゅばって輝いたのキレイだったのー。エルもアレやりたーい」


 娘たちの前でも、剣を使った実戦は初めてみせたのだが、思いのほか大好評だった。


 こっちに飛ばされてから、一五年かけて修練した甲斐が報われた気がする。


 最初に魔物と戦った時、剣をこん棒のように振り回していたのを見られなくて本当に良かった。


 あの時の俺は無様としか言えない。


 異世界にいきなり放り出され、死にそうな目に遭って(いや、実際何度も死に戻りしていたが)無様に戦い続けた成果であった。


 できれば娘たちには、あのような苦労をさせたくない。


「私の剣は我流だからなぁ。基礎くらいは教えられるけど、基礎を終えたら正式な剣の師匠を迎えるつもりだぞ」


 アレフティナ王国は例外もあるが、あまり魔物も強くなく、魔王の姿も未だに見られない。


 そのため、俺の生き残るために産み出した我流剣術を教えるより、勇者として見栄えのする正規剣術をキララには教えたかった。


 もちろん、エルも同じように基礎だけ教えて、キララと同じ師匠につかせるつもりだ。


「エルはパッパの剣術おぼえたーい。ぴっかっぴかってきれいー」


「あたしもパパの剣術覚えたいなぁ。最強の勇者なんだもん、その娘が父親の剣術を使えないと最強の魔王に対峙できないよー」


 二人の娘は俺の剣術に憧れてくれているようだ。


 だが、できればこんな剣術は使わないで一生を過ごしてもらえるとありがたい。


「キララ、エル。パパが二人に正規の剣術を覚えて欲しいのは、他人の目を気にしなさいと教えてくれているのよ」


「他人の目?」


「なんでー」


「二人はアレフティナ王国の筆頭宮廷魔導師ドーラスの娘なの。他の人はそういった目で貴方たちを見るわ。だから、実用的なパパの剣術よりも見栄えのする正規の剣術を習得しなさいと言ってくれてるの」


 ミュースはさすがに頭の回る嫁なので、俺が何も言わずとも正規剣術の習得を勧める意図を理解してくれていた。


「なんで? 勇者は強ければいいんじゃないの? パパの剣術はとっても強いよー」


「勇者は強ければ良いというわけではないのよ。強ければいいというのは、戦士であればいい。けど、勇者は皆に慕われる人物にならないといけないわ。そのためにはまずは綺麗な型の剣術も必要ということよ。それを覚えたらパパの剣術を習得すればいいわ」


 俺はゼペルギア時代、生き残るためと魔物から国を守るため、強くなることを優先しすぎて、人に慕われなかった。


 悪い言い方をすれば、憧れられない勇者代表だったとも言える。


 結果、俺は王にも国民にも疎まれ、国を出るハメになった。


 そんな勇者にならないよう、娘たちには王からも国からも慕われる者になってほしいのだ。


「私は生き残ることと、魔物から国を守るためだけしか考えてなかったからな。強いかもしれないが、落第勇者だ。キララにはそうなって欲しくないし、エルももちろんなって欲しくない」


「うーん、そっかー。勇者のお仕事はいっぱいあるんだねー」


「エルはパッパの真似しゅるー」


 キララは何となく納得してくれたが、エルはフォークを持ってさっきの俺の真似をしていた。


 まぁ、時間はまだいっぱいあることだし、じっくりと理解してもらえばいい。


「まぁ、まだ二人とも基礎段階だから、しばらくは私が剣術に関して指導するから大丈夫さ」


「みー、みー」


 俺の懐で丸まっていたミーちゃんが鳴き声を上げて餌を要求してきていた。


「さて、剣術のお話しはこれくらいにして、みんなも昼飯を楽しむことにしよう。せっかくママが作ってくれたからな」


「うんっ! ママー、あたしは唐揚げ食べる―」


「キララの好きな味付けにしてあるからね。いっぱい作ったからたくさん食べなさい」


「パッパ、エルは卵焼きほちいー!!」


「卵焼きか。分かった。ママのは美味しいからな。味わって頂こう」


 俺はフォークでエルの望んだ卵焼きを刺すと、エルの口元に運ぶ。


 大きな口を開いてパクリと食べると、頬に手を当てて幸せそうな顔をした。


「むふぅう。おいちい。エルは幸せー」


「あー、パパ! あたしも食べさせてー」


 エルに食べさせてあげたのを見たキララも口をあけて待ち受けていた。


 唐揚げが食べたいと言っていたので、フォークで刺して食べさせてあげる。


「んふー。おいしい。ママのご飯をパパに食べさせてもらえるのは幸せだよーー」


 唐揚げを食べたキララが、エルにギュッと抱き着いていた。


「エルも幸せ―」


「じゃあ、ママも幸せにしてもらいたいわ。パパにねー」


 娘二人を見ていたミュースがあーんと口を開けておねだりしていた。


 以前、好きだと言っていたミートパイをフォークに刺すと口に入れてあげた。


「んふぅ。美味しい。ママもしあわせー」


 ミュースが抱き合っていた二人の肩を抱いていた。


 その顔は本当に幸せだと感じているように思える笑顔であった。


「みー、みー」


 懐にいたミーちゃんからも催促をされたので、猫缶を開けて目の前のエサ入れに出してあげた。


 懐から飛び出したミーちゃんもエサ入れに頭を突っ込んでご飯に夢中になっていく。


「さあって、パパも幸せのお裾分けをもらうとしよう。パパはサンドイッチもらうとするか」


「あーパパ!! そのサンドイッチ、わたしも食べた―い」


「エルもちょーだい!!」


 獲物を見つけた娘たちは俺が手に取ったサンドイッチに狙いを付けて、飛びついてきた。


 そして、俺の手からサンドイッチは見事に消えている。


 むむ、我が娘たちの食欲、恐るべき。

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