第46話 初めての遠足。前夜

「ですから、今日のことは記憶の中から消してくださいと申し上げております」


「んーー、無理。脳に記憶されてしまったしな……無理だ」


 衛兵に謝罪して、王様に謝罪文を提出して居室に戻った俺にミュースが慌てた顔でお願いしてきた。


 何をお願いされたかというと、昼間、チラリと見てしまった彼女の……その、あれについてだ。


 けど、あまりにも刺激的過ぎて記憶されてしまっている。


「そ、その! わたくしにも心の準備というのがありますし。は、はしたない姿を見られてパパに嫌われても困りますから」


 ずぶ濡れになった服を着替え終え、質素な服にエプロン姿のミュースが盆で顔を半分隠して照れていた。


「あ、あの。別にはしたないなんてことはないと思うぞ。アレは不可抗力だった。それに目の保養にも……」


「はわわっ、な、なにを言っているのですか! ドーラス師!? あ、いやパパ!!」


 真っ赤になって照れたミュースがお盆で顔を隠していた。


 その姿、可愛すぎてずっと見てられるなぁ。


 最初の印象と変わり過ぎでしょ。


 でも、今のミュースはとっても大好きで大好物です。


「フフフ、恥ずかしがるママもそれはそれで可愛いな」


「パパの馬鹿ー! あのような姿を見られたら、もうお嫁にもらってもらうしか……」


 ミュースが俺の胸をポカポカと可愛らしく叩いている。


 ふむ、我が家の嫁にもらうことはもう確定だから安心してくれたまえ。


「あー、パパー! おかえりー」


「パッパー、おかえりー」


「みー、みー」


 入り口でミュースとイチャイチャしていたら、着替えを終えた娘たちと愛猫が一斉に飛び込んできた。


「王様にこってりと叱られたけど、キララもエルも魔法の実力はすごいと報告したら、喜んでいたぞ。それと、リーファ王妃が魔法の安定する腕輪を大急ぎで作ってくれるらしい」


「えっ!? ほんとに!? やったああああっ!! リーファ王妃様の作ってくれる腕輪は可愛いのかなー」


「エ、エルも欲しい―。キララねーたんと一緒の欲しいー!」


 二人と一頭を抱え、ソファーに身を横たえると娘たちに王妃がプレゼントを用意している話をしてやった。


 リーファ王妃、アドリー王もエルとキララが魔法の才能に溢れていると教えると大層喜んでいたのは事実だ。


 二人ともエルとキララを孫認定しているらしく、国費の流用こそないが自腹で色々と買い与えてくれていた。


「んーもうっ! パパ、あまりリーファ王妃とアドリー王から色々ともらってはダメですよ」


「いや、王と王妃がくれるという物を辞退するのは、私の立場では中々難しいのだが」


 ミュースも夕食の支度まで少し時間があったので、ソファーの方にきて座った。


 どうやら、二人のプレゼントを断らなかったのがお気にめさないようである。


 そんな空気を察したのか、キララがミュースに抱き着くと、腕輪の話を持ち出していた。


「ママー、リーファ王妃様の作ってくれる腕輪は可愛いかなー? どう思う?」


「え? ああ、そうね。リーファ王妃様のセンスで選ばれたのなら、きっと、素敵な腕輪だと思うわ」


「えへへ、楽しみだなー。ママ、もらっていいよね? ダメ? あたし、リーファ王妃の腕輪大事にするからぁ」


「エルもほちいー。キララねーたんと一緒がいいー」


 エルとキララがミュースに抱き着いて、おねだり大作戦を発動していた。


「そうねー。せっかく作って頂けるならもらわないのは失礼に当たるわね……」


 ミュースも娘二人におねだりされて、さすがに受け取らないという選択肢は無くなったようだ。


 そうしていたら、ミュースが何かを思いついたようにポンと手を叩いた。


「そうだ! 近々、アドリー王とリーファ王妃の結婚記念式典もありますし、お祝いの品を返礼として準備しましょう」


「そうなの!? そっか、アドリー王様とリーファ王妃様のお祝いかぁー。パパーママー、何がいいかなぁ」


「アドリー王とリーファ王妃か……。んー」


 王様と王妃様なので、豪華な品を贈っても余り喜ばれないだろうし、記念の品がいいか……。


 んー、となると……あっ! そうか……ソレにしておこうかな。


「二人の結婚式典のプレゼントは、キララが初めて倒した魔物の魔結晶を進呈したらどうだろうか?」


「魔結晶ってなあに?」


「なあにー?」


「魔物を倒すと、その魔結晶に変化するんだ。魔力の塊とも言われてる綺麗な石さ」


 キララとエルにはまだ魔物の生態しか教えておらず、魔物が倒されると魔力の塊である魔結晶に変化することを知らなかった。


「へぇえ! 綺麗な石かぁ、アドリー王やリーファ王妃も喜んでくれるかなぁ」


「エルも一緒-! キララねーたんと一緒がいいー!」


「まぁ、それはいいかもね。勇者として初めての戦果を王夫妻に献上となれば、お二人も喜ぶかと思いますし。でも、危ない魔物のはダメですよ」


 ミュースもキララが初めて倒した魔物の魔結晶を献上することに同意してくれていた。


「だったら、郊外のスライムくらいを狩りにいくとしようか。それくらいなら危なくも無いし、召喚勇者としての第一歩としては十分な相手だと思う」


 キララが召喚勇者であることは、すでに俺が王様たちに配布した『動画保存ムービングメモリー』の水晶玉のおかげで、国中に知られていた。


 ただ、国民からは召喚勇者というよりも、王夫妻の養孫的な扱いを受けているのだ。


 元神官長だったミュースと、現筆頭宮廷魔導師の俺の婚約も世間に発表されたこともあり、キララの地位は王族に準ずる扱いになっていた。


 本来なら貴族層からも王族たちからも不満が出る扱いだが、なぜだかみんなしてキララの魅力の虜らしく、不満は一切でていないのが不思議であった。


「やったぁあ!! 街の外に出られるの!! エルちゃん、遠足だよ。遠足!! お外の世界見られるってー!!」


「遠足すりゅうううー!! パッパ、マッマ、キララねーたんと遠足!!」


 娘たちは街の外に出られると聞いて、大はしゃぎしていた。


 エルはきっと外から来ているのだろうが、キララはこちらの世界に来て、初めて街の外に出ることになるので喜びは人一倍だろう。


「じゃあ、明日はパパにお仕事お休みしてもらって、みんなでお外に遠足にいきましょうか。ママもお弁当をいっぱい作るわよー」


「そうだな。じゃあ、私は部下に明日のことを頼んでくるとしよう。明日はみんなで遠足だ」


「わぁあああい!! やったー!! エルちゃん、遠足だよーー。遠足!!」


「エルも楽しみー!! パッパ、ミーたんも連れてくー」


「みー、みー」


「しょうがないなぁ。エル、きちんとお世話してくれよ」


「あい! ちゃんとしゅるぅう」


「エルちゃん、明日の準備をしないとー!! ママー、遠足行くのに何がいるのかなぁー」


 よほど、外に出られるのが嬉しいのか、エルとキララは、ミュースとともにバタバタと明日の準備を始めていた。


 そんな三人を見送りつつ、俺は明日の仕事を休むことを治療院の部下に伝えにいくことにした。

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