第44話 次女は魔法が得意らしい

「パッパ!」


 俺を見つけたエルがパァっと顔を明るくして駆け寄ってきた。


 しばらく、ミュースが手元で面倒を見ていたので、エルがこの孤児院に通いだしたのは今日で三日目である。


 家ではキララにくっ付いて色々とおしゃべりをするエルだが、なじみのない子たちには人見知りするらしい。


 俺たちと出会った時はそんな人見知りしなかったんだがな……。


 俺は駆け寄ってきたエルからミーちゃんを受け取ると、奥で遊んでいる子たちに声をかけた。


「おーい、みんな。こっちで遊ぼうぜー!」


「あーーー! ドーラス師だ! 勇者ごっこしてー」


「違うよー。魔法見せて欲しいー」


「ねこさんだー」


 声に気付いた年少組の子供たちが俺とエルの方へ駆け寄ってきた。


 その瞬間、エルが俺の後ろに隠れて服をギュッと握る。


「パッパ……」


「大丈夫、パパもいるからみんなと一緒に遊ぼうぜ」


 俺は後ろに隠れたエルを前に押し出すと、集まってきた子供たちに紹介した。


「この子はエル、キララの妹になった子だ。三日前からこの孤児院でお世話になっているんだ」


 子供たちの視線がエルに向けられる。


 初日に挨拶くらいはしていると思うが、先ほどの様子を見ている限り、エルから積極的に声をかけた子はいなかったと思われる。


「エルちゃんって言うんだ。この子喋らないし、いつもねこちゃんと遊んでたから」


 ちょっと年上の女の子がエルを見て、普段の様子を俺に教えてくれていた。


 エルがみんなの視線を気にして緊張しているようで、後ろに隠れようとしている。


「エル、パパが一緒にいるから大丈夫だって」


「パッパ……」


 緊張して怖がっているエルに近づいたのは、俺に孤児院でのエルのことを教えてくれた子だった。


「エルちゃん、怖くないよ。あたしはミレル。よろしく」


 ミレルと名乗った女の子がエルの手を取っていた。


 エルは俺とミレルの顔を交互に見ていたが、やがて意を決したように口を開く。


「ミレルたん……エルと一緒に遊んでくれるの?」


「いいよー。だったら、そのねこさん触らせて欲しいなぁー」


 ミレルは俺が抱えていたミーちゃんに興味があったらしく、触らせて欲しいと頼んできた。


 俺はエルにミーちゃんを返す。


「いいよ。でも、ミーたんは優しく触ってー」


「うん!」


「みー、みー」


「うあぁああ、可愛いね」


「ミーたん、ここ撫でると喜ぶのー」


 エルはミレルと一緒にミーちゃんと遊び始めたようで、ひとまず孤児院でのお仲間はできたと思われる。


 ミレルは年少組でも歳が上の子だし、交友関係も広そうな子なんで、今後は色々とエルのことを気遣ってくれるようにあとで頼んでおくとしよう。


 俺はエルがミレルと遊び始めたのを見届けると、元気が余って仕方ない他の年少組の子たちと勇者ごっこをしてあげることにした。


「さて、じゃあ、私は悪の大魔導師ドーラスだ! 我こそは最強勇者と思う者はかかってこい!」


 アドリー王から贈られた杖を構え、大きく手を広げた俺は年少組の前に立ちはだかる。


「あ、悪の大魔導師ドーラスだ! うぁあああ! 勇者様ぁ!! 助けてぇ!!」


 ノリのいい子が俺の姿を見て、周囲に助けを求めていた。


 すると、活きのいいちびっこ勇者たちが一斉に俺に挑みかかってきていた。


「悪の大魔導師ドーラス、かくごー!!」


「みんなー、力を貸してー」


 ちびっこ勇者たちが次々に俺に向かって挑んでくるが、そこは元召喚勇者なので負けるわけにはいかない。


 子供たちの突撃を避けつつ、威力を極限まで弱めた風魔法で自分の周囲を覆った。


「我が闇の衣を突破できる勇者などいるわけがあるまい! ワハハっ!」


「うううぅ、ちかづけないー」


「見えない壁があるー」


 年少組の男の子たちが、俺の風魔法で作った壁に阻まれ、近づけないでいた。


 何度も何度も挑んでくるが、壁を突破できる者は一人としていない。


「勇者たちも存外、たいしたことはないのー、ワハハっ!」


 俺は周囲の子供たちを挑発するように大きく笑い声をあげた。


 そこへ、ミレルを伴ったエルが近づいてくるのが見えた。


「エルがやる。パッパかくごー」


 エルが風魔法で作った不可視の壁に触れると、威力を絞っていた魔法が解除された。


 かき消された不可視の壁が無くなり、ちびっこ勇者たちが俺の腰にしがみついてくる。


「はっ!? エル、そんな技いつの間にっ!?」


「エルちゃんのおかげで壁が消えたー。今が悪の大魔導師ドーラスを倒すチャンス」


「エルも手伝うー」


 エルも俺の腰にしがみついて、みんなと一緒に俺を押していた。


「ぐぬぬぬっ! おのれ小癪なやつらめぇ!」


 俺は再び威力を極限にまで抑えた風魔法を発動させようとする。


 だが、その魔法はエルによってまた封じられた。


 どうやらエルは魔法を無意識で扱えるらしい。


 さすが俺の娘、有能過ぎる。


 キララにはまだ魔法の基礎しか教えていないが、基礎をまったく教えずに使えているエルは魔法が得意なのかもしれない。


「うわぁあああっ! やられたー!」


 ちびっこ勇者たちに多数群がられたことで、俺は地面に倒れ込んでいった。


「やったぁああ!! 悪の大魔導師ドーラスを倒したぞ!!」


「エルちゃんすごいねー。エルちゃんが悪の大魔導師ドーラスの闇の衣を消してくれたんだよね」


「わぁああ、すげーエルちゃん」


「すごいよ、エルちゃん」


 勇者ごっこをしていた子たちも、エルが俺の魔法を解除したことで、一目置くようになっていた。


 エルも少しはみんなと打ち解けたようで、ミレルと一緒に他の子たちと話しを始めていた。


 これでエルも孤児院のみんなと馴染めると思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る