第43話 授業参観でハッスルしちゃったぜ

 エルがキララの妹となり、ミュースと結婚を前提にしたお付き合い&同棲を始めて一ヵ月が過ぎた。


 仕事も順調、ミュースとの交際も順調、娘たちも健やかな成長を見せ、俺は穏やかな生活を満喫していた。


 そして、今日はアドリー王夫妻とともに孤児院で開催されている授業参観に来ていた。


「今日は王様と王妃様、そして筆頭宮廷魔導師のドーラス師と元神官長のミュース様がみえられています。皆さん、日ごろの勉学の研鑽を見てもらいましょう」


 孤児院の教鞭をとっている人は、この孤児院出身者の若い文官の男性だった。


 彼は仕事の傍ら、休みの日に孤児院の教鞭をとって、文字や計算、歴史や作法を後輩に教えているのだ。


 そんな彼みたいな孤児院出身者が、アレフティナ王国にはたくさんいる。


 孤児院出身の子供たちの多くは、父母代わりをつとめてくれた国王夫妻に忠誠を誓って騎士や文官となり、王に仕える者となっていた。


「わしらは普段の様子を見に来たのだ。いつも通りにやってくれ」


「そうよ。みんないい子なのは知っているから、大丈夫。さぁ、授業を続けて」


 リーファ王妃がそう言うと、授業が再開されていく。


 孤児院は乳幼児~五歳までの年少組、六歳~十歳までの年中組、十一歳~十五歳までの年長組の三つのグループに分けられている。


 年中組からは年齢とは別に学習段階に応じて上の子たちと学べるようになっており、キララはすでに同年代のカインとアベルとともに年長組に混じって授業を受けていた。


 さすが、うちの長女は優秀だぜぇい。


 俺の家庭教師もあり四則計算もこちらの世界の文字も問題なく書けるようになり、褒められることで本人のやる気も更に伸びた結果が飛び級であった。


「ドーラス師、キララ殿は優秀な子であるな。それに常に人に好かれる不思議な子だ」


「キララちゃんは、孤児院のみんなからも愛されてるからねー。特にカイン君とアベル君」


 リーファ王妃がキララと同じく飛び級で年長組に入った、カインとアベルの二人を見て微笑んでいた。


 その様子を見たミュースが冷静に単眼鏡モノクルの位置を直しつつ呟く。


「二人にはわたくしから『キララの隣に立ちたいなら、最低でも王国一の男になりなさい』と伝えてあります。カインには剣の使い手、アベルには知識で王国一と言われるようになるまでは、パパへの目通りは叶わないと伝えてありますので」


 っていうか、いつの間にそんな話を二人にしてたんだよっ!


 いやいや、でも王国一の男になられたら困るし、二人とも意外と優秀だからなりそうな気もするんだが……。


 えー、マジかぁ……いや、むりぃいいいいいいいいっ!


 やっぱ、俺を倒せないとキララの隣に立つのはむりぃいい!


 俺は内心でかなり狼狽をしていたが、顔を努めて冷静さを保ってーーいなかった。


「ドーラス師、顔色が悪いぞ。まだまだ先の話だ。今からそんな顔をしててどうする。わしがミュースを嫁に出した時はなー」


 アドリー王が、顔に狼狽が出ていた俺の心中を察したらしく、父親の先輩として肩をポンと軽く叩いてアドバイスをしてくれた。


 だが、うちのキララを嫁に出すなんて、誰が何と言ってもむりぃいいっ!! そうだ! カインとアベルを亡き者に……。


「ドーラス君、カイン君とアベル君を亡き者にしたらキララちゃんから『パパなんて大嫌い』って言われるわよー。うちのアドリーも同じことしようとしたからねー」


「ああ、リーファ王妃、懐かしいお話しですね……」


「うっ! それはだなー、父親のさがというものであってだなー。わしもあの頃は若かった。だが、今回のミュースの件はドーラス師だから我慢したぞ!」


 実際に娘の相手を亡き者にしようとした先例が隣にいた。


 俺は焦っているアドリー王の肩をかるく叩いて頷いた。


「アドリー王、その気持ち非常に理解できますよ……やはりここで二人を亡き者に……」


「ダメですよ。二人が消えたら、キララにバラしますからね」


 ミュースが俺の耳を引っ張ると耳元でそう囁いた。


 うぐぐっ! く、くあぁああああ! むりむりむりむりむりぃいいいい!!


 『お父さん、娘さんを僕に下さい!』って言葉をどっちかが発した瞬間に、最大級の攻撃魔法で消し去る衝動を抑えきれる自信がないぞぉおおお!!


 ただ、衝動のままに二人を亡き者にしたら、ミュースの口からキララにバラすと言われ、地面をのたうちまわりたいほどの苦悩が俺を包んでいた。


「グヌヌウウ……」


「もう、パパは娘たちにぞっこんですね。わたくしにも少しお裾分けしてくれても良いのでは?」


 耳を引っ張って囁いていたミュースが俺に身体を寄せて腕を絡めてきた。


「私はママにぞっこんであることを隠してないぞ。けど、それとこれは話が――」


「んんっ! ドーラス師、ミュースとの距離が近いと思うがーー」


 俺と腕を組んだミュースの隣にアドリー王が立ち咳ばらいをしてくる。


「はいはい、アドリーはこっちねー」


 アドリー王がリーファ王妃に引っ張られていった。


「父親ってみんなあんな感じになってしまうのですね。パパも真似したらダメですよ」


「うぐぐぅ……」


 俺の複雑な気持ちを余所に、キララは年長組の授業を真剣に受けていた。


「キララの件は大丈夫ですから、エルの方も見てあげましょう。ほら、エルもみんなと遊んでーー」


 ミュースが俺の顔を年少組が遊んでいるスペースに向けていた。


 しかし、そこにいたのは部屋の端っこでミーちゃんを抱えて、みんなが遊んでいるスペースをうらやましそうに見ているエルがいた。


「遊んでないな……一人で、いやミーちゃんだけしか……」


 チラリと隣にいるミュースの顔を見ると、真っ青に青ざめている。


「エルっ! ああ、可哀想なエル! ううぅうう……ああ、これは口を出した方がいいのかしら……、で、でも下手に口を出してあとでエルがイジメられたら困るし……ああ、どうしましょう」


 先ほどまでの冷静さがどこに飛んでいったのか、エルがひとりぼっちでいる場面を見てミュースが狼狽しまくっていた。


 エルは遊んでいる子たちに声をかけたそうにしていたが、かけられずにミーちゃんの頭を撫でて一人遊びしている。


「うちではよく喋るのになー。エルは恥ずかしがり屋さんか。どれ、パパが一肌脱ぐとするか。これでも私は年少組には人気があるんだぞ」


「あ、あの! パパ! 余計なことをしてエルがイジメられたら……」


「大丈夫、大丈夫! きっかけさえあればみんなエルをイジメたりなんかしないし、楽しく一緒に遊べるさ」


 俺はミュースの制止を振り切ると、ひとりぼっちのエルのもとに駆け寄った。

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