第41話 父はお仕事をいっぱい頑張ってます

 昼食後にキララと剣の稽古をしつつ、エルの遊び相手をしていた俺のもとに仕事場の女官が血相を変えて飛び込んできた。


「ドーラス師! すみません! 急病人が多数担ぎこまれて、治療院の治療師だけでは手に負えなくてお手伝いを頼みに参りました!」


「急病人が多数? 何かあったのか?」


「嘔吐される方が多くて、食あたりかもしれません。ただ、数が多すぎて」


「分かった、今行く」


「パパ、お仕事なの?」


「パッパ、エルと遊んでー、おしごとダメー」


 キララが治療院の女官が来たことで、俺が仕事に行かなければならないと悟っていたようだ。


 ただ、エルの方は俺と遊んで欲しいと駄々をこねている。


「ああ、キララ、すまんな。パパはお仕事してこないといけない。エルもごめんな。明日はちゃんと遊んでやる」


「うんっ! パパ、お仕事頑張って!」


「うーー、パッパ、だめー。エルとあそぼー」


 エルが俺の足にしがみついて、遊んで欲しいとせがんでくる。


 そんなエルの頭をキララが優しく撫でていた。


「エルちゃん、パパは今からたくさんの人を助けるお仕事に行くんだよ。パパが行かないといっぱい人が苦しんじゃうんだ。だから、エルちゃんはわたしと遊ぼ」


 エルがしばらく考え込んでいたが、やがて俺の足から手を放してキララに抱き着いた。


「パッパ、おしごとがんばって。エルはキララねーたんと遊んでるー」


「エル、ありがとな。パパはお仕事頑張ってくるぞ。ママには遅くなるかもしれないとだけ伝えておいてくれ」


 俺はエルとキララの頭を撫でると、迎えにきた女官と一緒に治療院へ向かった。



 仕事場がある治療院は王城の中に設置されており、王都やそれ以外の街から治療師が完治不可と判断した病人が担ぎ込まれる場所だ。


 俺はそこで貴族や平民など身分に関係なく重篤な患者の治療を任されている。


 その治療院に城下の飲食店で毒を含む植物を間違って使い、中毒症状を引き起こした客が大量に担ぎこまれたらしい。


 おかげで、いつも少数の患者しかいない治療院には患者が溢れ、血と吐しゃ物の匂いが充満している。


 治療院に勤めている女官が血相を変えて、俺に指示を求めていた。


「吐血してますっ!! ドーラス師!! どうしましょう!」


 勇者として魔王軍との戦いで傷ついた兵士たちを治療した経験を重ねていたため、俺は生死がかかる修羅場にも努めて冷静さを保つことができている。


「中毒患者には解毒魔法を順次かけていく。ただし、吐血している者はこちらへ連れてきてくれ! 優先して魔法をかける! 嘔吐だけのものは解毒ポーションで様子を見てくれ」


「は、はい! すぐに!」


 女官が周囲の治療院関係者に声をかけて、俺が指示したことを実行していた。


 それまで騒然としていた治療院の中に秩序が戻り始める。


「せんせー、血が止まらねぇ。ゴフッ、ゴフッ」


 俺の前に連れてこられたゴツイ男が、口から大量の血を吐き出していた。


 真っ赤な鮮血が俺の衣服に付着して赤く染まっていく。


 転移した直後は俺も血を見るたびに動揺していたが、魔王軍との戦いで傷ついたゼペルギアの末端兵士たちの治療現場で見てきたものに比べれば大したことではない。


「今、解毒魔法をかける。すぐ楽になるから待ってろ」


 俺は男の腹に手を当てると、解毒の魔法を発動させていく。


 手から発した淡い光が男の腹に吸収されると、咳き込むのが収まり、苦悶の表情が和らぐのが見えた。


「おぉ、ありがてぇ……。腹が焼けつくような痛みが和らいだぜ、オレは死なねぇよな?」


 毒性植物が何であったか判別されてないが、俺の解毒魔法であればたいがいの毒に効果がある。


 男の毒は無くなったようで、仕上げに毒のダメージを受けた内臓にヒーリングをかけていく。


「今、毒のダメージを癒してるからな。こんなもんじゃ、人は死なねぇから安心してくれ」


「そっか、わりいな。助かる」


 男は自分が助かると分かると、安堵の表情を浮かべていた。


「この患者の毒は抜いた。後は回復ポーションの投与をして様子を見れば大丈夫だ。次の患者を連れてきてくれ」


 近くに居た男性の治療師に次の患者を連れてくるように頼むと、俺は血の付いた上着を新しい物へと着替える。


 今回は毒性植物の中毒で感染症ではないものの、他人の血で汚れた衣服で他の人の治療を行うと別の病気の感染の危険性があるため、自分と患者の安全確保のため着替えることにしていた。


「うううぅう、お腹痛い。うげぇええ」


 次に連れて来られた若い女性がお腹を押さえて、吐しゃ物を床にぶちまけていく。


 すでに胃液しかなく、毒で内臓がただれて出血しているのか赤く染まっていた。


「今から解毒の魔法をかけるから!」


 発動させた魔法が効果を発揮していき、苦悶の表情で苦しんでいた女性の顔が緩んでいた。


「せんせー、ありがとうございます。お店で出されたスープを飲んだら急にお腹が……」


「それに毒性植物が紛れ込んでたかもしれんな。内臓が毒でただれていると思われるので、回復魔法かける」


 俺は女性のお腹に手を当てると、ヒーリングの魔法で内臓を癒していくことにした。


「うぅ、はぁ……楽になった……ありがとうございます」


「まだ、毒のダメージが抜けきってないから、今日はゆっくりとここで休んでいくようにな。よし、この人も処置終り」


 治療を終えた女性を男性治療師が別の場所に運んでいた。


「ドーラス師! 追加でまた患者が運び込まれてます! 続々と患者が来ますっ!」


 治療院の入り口で手当てをする人を仕分けていた女官から、追加の患者が運び込まれているとの報告を受けた。


 すでに多数の患者で溢れている治療院であったため、これ以上患者を受け入れるには場所を空ける必要があった。


「軽症の者は中庭に移動してもらってくれ、ここは重症専門の場所にする。衛兵にも患者の移動の手伝いを頼め! 協力を断ったら筆頭宮廷魔導師ドーラスの名を出して頼め!」


「は、はい! 分かりました! すぐに応援を頼みます」


 今回の食あたりは思った以上に大事になっているようだ。


 今夜は治療にかかりっきりで、キララたちのもとに帰れなさそうだ。


 新たな患者が運び込まれたことで混雑さを増した治療院の中で、俺は必死に回復魔法をかけ続け、百人近くにのぼった患者の治療を終えた時には外は薄っすらと夜が明けていた。

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