第40話 幸せな食卓
「パッパー、エルも食べたいー」
「これはミーちゃんの奴だからエルはダメー」
国王夫妻への目通りも終わり、キララの居室に帰ると日が落ち始めていた。
時刻は夕方を過ぎており、ミュースは夕食の支度を始めるため、台所に行っている。
俺はキララとエルと三人でミーちゃんの夕ご飯をあげていた。
「みー、みー」
「はーい、ミーちゃんのご飯どうぞー」
キララがエサ入れに猫缶を開けて、中身を入れると、ミーちゃんが猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「うー、パッパ」
「エルちゃん、これはミーちゃんのー。でも、美味しそうだよねー。一口いいかなー」
俺の膝の上で抱かれているエルが、ミーちゃんの餌を見て涎が垂れていた。
そして、姉であるキララもミーちゃんのご飯を見て涎が垂れている。
ちょっと、姉妹そろって食い意地が張り過ぎではありませんかね、お二人さん?
「みー、みー!」
エサ入れをガードするように顔を突っ込んでいたミーちゃんが、キララの気配を察して猫パンチをしていた。
「あうぅ、ミーちゃんごめん、ごめん。取らないよー」
「ミーたん、ちょうだい。エル、ほちい」
もう一人の気配を察したミーちゃんは、今度は器用に二つの尻尾でエルの手を払っていた。
「みー、みー」
「うー、ミーたん、けちー」
ご飯を守ることに関して、ミーちゃんはすでに一人前に育っているようだ。
この分なら、きっとご飯をいっぱい食べて大きく育つことだろう。
たくましく育つ気配を見せたミーちゃんに目を細めつつ、俺はミーちゃんの餌を狙っている二人の飢えた猛獣を制することにした。
「キララ、エル。もうじきママの美味しいご飯ができるけど、その前にミーちゃんの猫缶でお腹を満たすかい?」
「うーー、ダメ! マッマのご飯がいいー!」
「わたしもママのご飯がいいー!」
二人が口の端から垂らしていた涎を袖で拭いているのが見えた。
成長期だから食い意地が張っててもいいんだけど、ミーちゃんの餌はミーちゃんのもんだからな。
それからしばらく、三人でミーちゃんの食事が終わるのを眺めていた。
「けぷ。みー、みー」
腹を満たしたミーちゃんが、キララの膝の上に乗って丸くなると、自分の毛を舐めて毛繕いを始めていた。
「そうだ! 今日、ママが買ってくれたブラシでミーちゃんのお手入れしてあげるねー」
キララが傍に置いてあった紙袋から毛繕い用のブラシを手にすると、ミーちゃんの頭から尻尾に向けてブラシをかけた。
「みゃおおおぉん」
丸まって自分の舌で毛繕いしていたミーちゃんが、目を細めるとキララの膝の上でお腹を見せてきた。
相当ブラッシングが気持ちいいらしい。
キララに尻尾もして欲しいと要求するようにぴらぴらと振ってアピールしていた。
「キララねーたん! エルもやりたいー」
俺の膝の上にいたエルが、自分もミーちゃんのブラッシングをしたいと言いだし、膝上から飛び出してキララの前に座っていた。
「いいけど、優しくしてあげてね。ミーちゃんがびっくりしちゃうからね」
キララがブラシをエルに渡すと、エルが慎重にミーちゃんのお腹をゆっくりとブラッシングしていく。
「ミーたん、きもちいい?」
「みゃおおおぉん」
エルのブラッシングを受けて、ミーちゃんはキララの膝の上でだらしなくお腹を見せて伸びていた。
くぅうっ! かわいい姿だ! 『
俺はミーちゃんの可愛い姿と一生懸命にブラッシングするエルとキララの姿を『
うむ、タイトルは『ミーちゃん、初めての極楽編』で決定。
きっと、全アレフティナ王国の猫好き垂涎の大傑作になるはずだ。
「みゃおおおぉおん」
あまりに気持ちいいのか、ミーちゃんが目を細めてブラッシングを受けて蕩けていた。
「はい、はーい。ミーちゃんのブラッシングはそれくらいにしておいてねー。夕食の準備ができたから、パパとキララも手を洗ってから手伝って」
「はーい、すぐに手伝うねー」
「お、おぅ。すぐに手伝う」
「エルもてつだうー!」
「エルはミーちゃんを籠の中に戻してきてくれるー。そのあと、ママと一緒に手を洗うわよー」
「はーい! ミーたん、こっちー」
キララからミーちゃんを受け取ったエルが、よたよたしながらもミーちゃんを抱えて、寝床の籠へ運んでいった。
その様子を見守り終えると、俺とキララは手を洗い、ミュースの作った夕食の準備を手伝うことにした。
「エルはママのお膝の上で食べましょうね。あ、ほらこぼれちゃうから。キララも口にソースが付いてるわよ」
孤児院で年下の子の面倒を見てきていたミュースはお母さん姿が板に付いていた。
「マッマ、これうまー」
「ママ―お口のソース拭いてー」
「はいはい、ほらこっち見てー」
エルを片手で抱きながら、キララの口に付いたソースを拭き取る姿は完全に二人の母親にしか見えないでいる。
「パッパ、パッパのソレ、ほちい」
エルの目が俺の更に盛られていた鶏肉のソテーに注がれていた。
自分の分があるだろうとも思ったが、娘のおねだりを無視することはできないしな。
俺は鶏肉のソテーをエルの口におさまるくらいに切り分けて、フォークに刺すと口元に差し出す。
エルは俺が差し出した鶏肉を口に含むとニパッと笑った。
「んー、おいちい!」
「パパ、キララも欲しいー!」
俺がエルとイチャイチャしていたら、それを見たキララも自分も欲しいと口を開けて待機し始めた。
「キララもか。ちょっと待てよ」
俺は急いでキララの分を切り分けるとフォークで刺して、口元へ持っていく。
「はふぅうう。おいひいよおぉ! ママのご飯は最高に美味しい!」
うっとりと口に入れた鶏肉を咀嚼して楽しむキララは、本当に美味しそうにご飯を食べる子であるなと思った。
「みー、みー」
エルが籠に入れていたミーちゃんもお肉の匂いに釣られたのか、籠から顔を出してこっちを覗いていた。
「ミーちゃんはさっき食べたからダメだぞ。そこで大人しく待っててくれー」
「では、わたくしに一口いただけますか?」
鳴いているミーちゃんの方から視線を戻すと、ミュースが目を閉じて口を開けて待っていた。
そうやってされるとスゲー恥ずかしいんですけど……ほら、娘たちも見てるしさ。
エルとキララが俺の方をジッと見ていた。
二人の視線に見守られながら、俺はミュースに差し上げる分のソテーを切り分けてフォークに刺す。
そして、ミュースの口元へ差し出していた。
「んっ! 美味しいですわ。お返しにパパにも食べさせてあげないとね」
「マッマ、エルがさいしょー」
「キララもやりたいー」
「パパ、じゃあお口開けててね」
どうやら、お返しに俺にも食べさせてくれるようであった。
「はーい、パッパ、どうぞー」
ミュースがナイフで切り分けてフォークに刺した鶏肉をエルが俺の口元に差し出してくれた。
その肉を口におさめると、咀嚼を始める。
あぁ、やっぱ誰かと食卓を囲んで喰う飯って美味いよな……ゼペルギアじゃあ、いつも一人で食ってたからな……おおぉ、うめえ、うめぇ。
ぼっちで勇者業を十五年続けていたことで、誰かと食事をともにする機会がほとんどなかった。
そして、このアレフティナに来てからも、キララが召喚されるまでは一人でのぼっち飯だったのを思い出していた。
「美味いなぁ!! ママの料理が美味いのもあるけど、エルに食べさせてもらったらもっと美味しくなったぞ!」
「じゃあ、次はわたしだよー。パパー、あーん」
キララも俺に食べさせようと、自分で切り分けた肉をフォークで差し出してくれた。
その味はあまりに美味くて、心がほっこりして思わず涙が滲んできていた。
「パパは泣き虫ですね。泣くほど美味しかったのですか?」
「ああ、ママの料理の腕とキララやエルの愛情が入って涙が出るくらい美味しいぞ」
「あらー、愛情ならわたくしも二人には負けてませんよ」
そういったミュースが俺に向けて鶏肉を差し出してくれた。
俺はその鶏肉を食べると、涙腺が崩壊して涙が止まらなくなっていた。
幸せってこういう日々の積み重ねをしていくことなんだろうな……。
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