第39話 エルを養育するため、王に会いに行ったら結婚報告会になりかけた

「…………で、エルは魔王クラスの魔物というのは本当か?」


 王城に帰還したその足で、俺はエルを家族に迎え入れる相談をするため、アドリー王の私室を訪ねていた。


 そして、今、目の前のアドリー王が困惑の表情を浮かべていた。


「えっと、その魔法による判定では魔物ですが……非常に友好的です。うちのキララにも私たちにも懐いておりますし、暴れる様子もありません」


「だが、魔物であるのだろう? しかも、魔王クラスだ」


「はい、けれどまだ幼児です。善悪も判断できない歳の子です。このまま彼女を野に放つ方がかえってアレフティナ王国のためにならないと思われます。私とミュースに彼女の養育を任せていただけるなら国に害を為す魔王には絶対にさせません」


 俺は魔物であるエルを養育することをアドリー王に願い出ていた。


 普通の王なら魔物の養育などもっての外だと言ってとりつく島もないのだろうが、アドリー王が迷いの表情を見せている。


 なぜなら、隣室でミュースとキララとともにエルがリーファ王妃の饗応を受けていたからだ。


「しかし、いつ魔王として目覚めるか分らぬのであろう? もし、魔王として目覚めれば我が国はいきなり王都で魔王との決戦に陥るのだぞ。それは王として国を守る者として容認しかねる……しかねるが」


「その件につきましては私が責任を持って対処いたします。国に仇なす様子を見せたらエルを滅ぼしたあと、養育者として責任をとり私の首を差し出す覚悟を決めております。辞職とかではなく命を差し出すという意味での首です」


 俺はエルを育てると決めた以上、彼女が人に仇なす存在である魔王になったら、その時は……。


 その時は……滅ぼす……。


 最悪の事態を想定した覚悟を決めていた。


 が、本当にそんな事態に陥ったら、俺はエルを手にかけられるか自信は全くなかった。


「顔には『そんな事態には絶対にさせない』と書いてあるな……。ドーラス師ほどの男がそこまで言うのであれば、彼女の養育を許可してもいいが……」


「ほ、本当ですか! アドリー王!」


「そんなに驚くこともあるまい、リーファがあの子を見た瞬間、目の色が変わったからな。わしに拒否権はないとは思っておったところだ」


 確かにリーファ王妃がキララに引かれてきたエルの姿を見て、かなり気に入った様子を見せていた。


 結婚してかなり立つアドリー王だったが、リーファ王妃にぞっこんであるため、彼女がエルに対する決定権を握っていると言っても過言ではなかった。


 こんなんでよく国が治まるなと思うが、子供に対して激甘なところを除けば、政務をしっかりとこなし、不正もなく民の声をよく聞くいい王様という評価を頂いてる人ではある。


「ドーラス師、くれぐれも頼むぞ。もし、問題が起きればわしも首を並べなくてはならんからな」


 王とはいえ、国の安全保障に関する重要案件を独断で決裁したことを知られれば、重臣たちからの突き上げを喰らうことは必須であると思われる。


 そんな重大な決断を俺とともに背負ってくれたアドリー王の懐の深さに感謝の気持ちが溢れていた。


「ありがとうございます! 一生の恩に着ます!」


 その時、ドアが開き、エルが俺たちを呼んでいた。


「パッパ、ジッジ! マッマとバッバがよんでうー! はあくーきてー」


 そのエルの姿を見たアドリー王の眉がだらしないくらいに下がっていく。


「おぉお! そうか、エル! ジッジはすぐに行くぞ! ドーラス師、エルが呼んでいるから向こうに行くとしよう」


 ジッジと呼ばれデレデレのアドリー王は、入り口で俺たちを呼んでいたエルに手を引かれて、隣の部屋に移動していった。


 俺もそんな二人の後を追って隣室に移動することにした。


「ドーラス君、ついにミュースちゃんに告白したみたいじゃない。おめでとう! で、挙式はいつする? ミュースちゃんのドレスとか、キララちゃん、エルちゃんのドレスもあるし予定を早目に教えてくれると助かるわよ」


 リーファ王妃が俺の顔を見るや否や、開口一番で挙式の日取りを聞いてきていた。


 その言葉を聴いたアドリー王の目が点になっている。


「ち、ちが! 違います。まだ、お付き合いを申し込んだだけで! 挙式とかぜんぜん考えてなくて!」


 急な質問に動揺が顔に出てしまう。


 それはミュースも同じようであった。


「リーファ王妃。あ、あのドーラス師とは交際をし始めるということはお伝えしましたが、きょ、挙式などはまだ……」


「え!? そうなの!?」


「わしは何も聞いておらぬが、ミュースとは結婚前提のお付き合いということかね? ドーラス師! どうなのだ!」


「パパとママは『お付き合い』して『仲良く』するんだってー。アドリー王様」


「だってー、ジッジ」


「みー、みー」


 アドリー王の目がジロリと俺の方を向いていた。


 カオス! カオス過ぎる! どうしてこうなった!


 俺は内心で焦りつつも、ミュースの両親代わりである二人に結婚を前提にした交際の報告をすることにした。


「え、えーっと。はい! ミュース殿とは結婚を前提としたお付き合いをさせてもらうつもりです! お許し願えますでしょうか?」


「それはこの地に腰を落ち着けるということか?」


「はい、お許し願えればでございますが……」


「…………」


 エルを膝上に抱いたアドリー王の沈黙が、俺の心臓の鼓動を早くしていく。


 これでアドリー王にダメだと言われると、ミュースとのお付き合いは絶望的になる。


 とはいえ、元々二人とも俺とミュースが付き合うようにと応援してくれていたはずであった。


「で、挙式はいつするつもりなのだ。我が国の筆頭宮廷魔導師と元敏腕神官長の挙式となれば、大臣から貴族、はたまた有力商人まで呼んだ盛大な式をおこなわねばならぬからな。席次も決めねばならぬし、それにミュースを娶るとなれば、ドーラス師にどこぞの貴族家名を与えねばなるまいしな」


「そ、そのようなだいそれた挙式などは……考えておりませんぞ」


「それは困る。これから我が国を担う大事な重臣の挙式であるし、我が娘と思うミュースの挙式であるからな。盛大にやらせてもらうぞ」


 予想以上に大事になったことで背中から冷や汗が流れ落ちていた。


「あ、あの! わたくしとドーラス師の挙式は質素で……」


 え!? あ、あの、ミュースさん!? もう挙式とか考えてるんすか!? いや、俺もそういう気持ちはあるけどまだ早いかなって……思ってるんだけども。


「ミュースちゃん、ダメよ。そう言って前の挙式も質素にしたからね。今回は派手にやるわよ。そのためにちゃんと積み立てもしてあるから安心しなさい」


 ミュースは未亡人であるため、前夫との挙式をしていたのは知っていたが、質素にやったとは聞いていなかった。


 そのこともあり、リーファ王妃もアドリー王も派手な婚礼を望んでいるようだ。


「パパとママの結婚式するの!? ほんと!? キララも参加していいの? リーファ様」


「ええ、いいわよ。キララちゃんとエルちゃんもパパとママと一緒の席を準備してあげるからねー。これは、忙しくなりそうね」


「エルもいっしょー。パッパとマッマ、キララねーたんといっしょー」


「あ、あの待ってください。日取りとかの前にキチンとお付き合いしてから二人で決めますんで……」


 俺は話が勝手に進みそうなのを引き留めるためにミュースに助けを求める視線を送った。


「わ、わたくしはドーラス師の気持ちさえ固まっているならいつでも……」


 助けを求めたミュースが顔を赤くして顔を下に向けていた。


 え、ええっ!? ミュースさん、一気にキャラ変わり過ぎっ!? っていうか、デレ過ぎでしょ!? そんな可愛い反応する人でしたっけ!?


 俺はミュースの救援もなく孤立無援になったことを理解した。


 とはいえ、お付き合いの先を考えていない相手ではない。


「挙式は……いずれ正式にお伝えいたしますので……今はご容赦を」


 俺は決断することができず二人に頭を下げることしかできなかった。


「フフ、冗談よ。冗談。ミュースちゃんの本心を聞きたかっただけだから、本気にしちゃダメよ。きちんとお付き合いしてからしか結婚はダメよ」


「で、あるな。ミュースを嫁に出すまでには色々とドーラス師にも頑張ってもらわねばならぬしな」


 俺が答えに窮して頭を下げたのを見た二人が笑い合いながら、冗談であったことを伝えてきていた。


「ふぅー、焦った……」


「でも、ミュースちゃんはノリノリみたいだから、わりと早目に答えを出さないとねー」


「「ねー」」


 リーファ王妃の言葉にキララもエルも釣られていた。


 あまりの恥ずかしさで顔が火照っていくのが分かる。


 チラリと見たミュースは下を向いて、自分の服を弄ってモジモジしていた。


 ちくしょう、なんか告ってからミュースが可愛らしすぎて調子狂っちまうぜ。

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