第37話 えーっとお付き合いを始めることになりました。

「ミーたん、待ってー」


「エルちゃん、ミーちゃんの抱っこはこうするんだよー」


「みー、みー」


 土産を買い直しに行ったミュースを待つ間、キララが背負い袋からミーちゃんを出して、エルと一緒に抱っこをして遊んでいる。


 わりとミーちゃんは大人しい二尾猫ツインテールキャットなので、逃げ出すことなくエルに抱っこされて、キララのモフリを受け入れていた。


「ミーたん、あったかい、しゅき。もふもふ、しゅき」


「でしょー、ミーちゃんは可愛いし、あったかいし、モフモフしてるんだ」


「みー、みー」


 お互いを気に入ったようで、エルが頭を撫でるのをミーちゃんも目を細めて気持ち良さそうにしていた。


「ミーたん、これ食べる?」


 エルが自分の食べかけのリーシェーンを差し出した。


「ミーちゃんはご飯終わってるから、エルちゃんが食べていいよ。キララの分もいる?」


 その様子を見たキララがエルの差し出していたリーシェーンを取ると、彼女の口元へ差し出し返した。


「うま、うま。キララねーたんの分、いいの?」


「いいよ。エルちゃん、お腹空いてるって言ってたし、わたしはご飯食べたからあげるー」


 キララが自分の分をエルに差し出して食べさせていく。


 もう、すっかりとお姉ちゃん気取りな感じがするぞ。


 俺は『動画保存ムービングメモリー』の水晶玉を二人に向けて、仲睦まじい姿を映像に残していた。


「遅くなりましたー。お土産買い直してきましたよ」


 そんな俺の背後から戻ってきたミュースが声をかけていた。


 とりあえず、二人にはあのままちょっと遊んでてもらって、エルをどうするかミュースと話し合うことにした。


「ママ、悪いが相談に乗って欲しいことができた。時間は取らせないから聞いてもらっていいか?」


「え? あ、はい。パパがわたくしに相談なんて珍しいですね」


「悪い、キララとエルの耳には入れたくないんで、耳を貸してくれ」


「え? あ、はい。こうですか?」


 ミュースが俺の近くに寄って耳を差し出す。


 優しい甘さを含んだ香水みたいな匂いが俺の鼻孔に届いていた。


 そ、そう言えばミュースとこの距離で話すのは初めてだった……やべえ、なんか緊張するわ。


 このまま、耳に息を吹きかけたら、鈍器で撲殺されるんだろうな……。


 ふと、思い立った悪戯の結末を想像して更に緊張が全身に広がっていた。


『じ、じつは』


「あっ、ちょっ……パパ、息が耳に……」


 内緒話しようと耳に近づけて喋ろうとすると、思わず息を吹きかけてしまっていた。


 鬼のような形相で問い詰められるかと、一瞬身構えたが、ミュースは顔を少し赤くして困った顔をしている。


 ちょ、ミュースさん、その顔卑怯っす!!


 キララのために夫婦役をしている間柄とはいえ、恋愛感情はないと思っていたのに、一瞬見せた困った表情に胸が高鳴っている自分がいた。


「う、すまない。失礼した」


「だ、大丈夫ですわ。我慢いたしますのでお気になさらず」


 ミュースがすぅっと息を吸うと、目を閉じて耳を差し出してくる。


 俺は息が吹きかからないように細心の注意を払い、エルのことをミュースに伝えていた。


『じつは、あのエルが魔王クラスの魔物だと判定されたんだ』


 俺の言葉を聴いたミュースの目が、キララとミーちゃんと遊んでいるエルに注がれていく。


「そ、それは間違いないんでしょうか?」


『多分……。ただ、私はゼペルギアでの魔物と魔王くらいしか知らないから判断しかねている。一つ確認したいんだが、友好的な魔王というのはこの国に存在しているとかあるか?』


「……そんな魔王聞いたことありませんよ。それにこの国では魔物こそ出ますが、かれこれ五〇年は魔王の姿は観測されていませんし……」


 アドリー王からチラリとは聞いていたし、巡回治療師をしていた時も聞いたことがあったが、このアレフティナ王国の統治する大陸がド平和だった。


 そんなド平和な地に魔王クラスの魔物が現れたというのは、何かの前兆なのだろうか……。


『エルはどうしよう……敵性魔物判定だが、キララが気に入っているみたいだし……。魔王クラスとはいえ私なら抑え込めるとは思うが……。どうしたらいいだろうか、知恵を貸してもらえるとありがたい』


 俺はエルの処遇を決めかねていることをミュースに伝えた。


 この国に来てミーちゃんという友好的な魔物の存在が、俺にエルを撃退させるのを躊躇させてもいる。


「……そんな……エルが魔王クラスの魔物なんて……あんなに可愛いのに……」


 ミュースが両手で頭を抱えて小刻みに震えていた。


 魔王クラスの魔物だという恐怖のために震えているのか、それともキララのことを考えて震えているのか、分からないが何か非常に悩んでいるようにも見えた。


 そして、チラリとミーちゃんと遊んでいる二人を見たミュースが、俺の手をギュッと握ってきていた。


「あ、あの!!」


 ミュースの声の大きさにこちらがビックリする。


 そして、俺の耳元に口を寄せると囁くような声を発した。


『あのエルって子、わたくしたちでキララと一緒に育てていきませんか。魔王クラスといってもとっても友好的みたいだし、キララも気に入っているし……あと……』


 手を握って耳元で囁いていたかと思ったら、急にミュースがテーブルに視線落としてモジモジしていた。


「あと? なに?」


「……たいです」


 声が小さくて聞こえない。


「え? なに?」


「……育てたいです。『わたしたち』の子として、そしてキララの妹としてエルを育てたいんですけどいいですか!」


 俺の手を握ったまま視線をテーブルに落としたミュースがモジモジしながら、エルをキララの妹として育てたいと言った。


 ちょ!? ちょっと、ミュースさん、貴方キャラが違ってますよね?


 ここは貴方が『魔王クラスの魔物をキララのそばに置くわけにー』って言って、俺が『キララが気に入ってるしダメかなー』ってくだりでしょ!


 なんで、そっちから『育てたい』って回答がくるのさ。


 し・か・も! 『わたしたち』ってなに!? 俺と一緒にってこと? いや、まぁあの……キララは一緒に育てるって言ったし、全部任せろとも言ったからプロポーズはしたかなーって意識はあるんだけども、俺でいいわけ?


 ミュースからの予想外の提案に思わず俺の頭もテンパっていた。


 動揺からかミュースの手を握っていた手に力が入ってしまう。


「あ、あの? パパ?」


 何かの魔法がかかったように、それまであまり意識してなかった照れながら上目遣いしているミュースの顔にキラキラのエフェクトがかかった。


 あ、あかん! 惚れてしまう……。


 そんなギャップ見せられたら、惚れてしまうだろうが……。


 俺の心臓が高鳴り、鼓動が相手に聞こえるのではと思うくらい大きくなっていた。


 高鳴った鼓動に翻弄されるように俺の口が勝手に動いていた。


「あ、あの……エルを一緒に育てたいって、そ、そ、それってーー私と結婚するって意味です?」


「え!? ええぇえええええええええええ!! あっ! いや、そういう意味じゃ……ああぁ、でもそういう意味でもありますよね……えええ、ちが、違うんです。でも、違わないけど、違うんです」


 ミュースが言葉の意味を理解したようで、目に見えるほどの狼狽した姿を見せ、しどろもどろの答弁をしていた。


 その姿は今まで見たミュースの姿の中で一番可愛くて、微笑ましくて、守ってあげたくなるような姿だった。


 こんな顔ができる人だったのか……ちくしょう、可愛すぎるだろ! この人なら結婚してえなって思っちまった。


 アドリー王たちが言っていた本当のミュースの姿が今、俺の前で狼狽えつつも必死に言い訳を考えて、焦っている笑顔が可愛い女性だと認識することができた。


「あ、あの! 結婚とか急すぎるし、キララのこともエルのこともあるんで、婚約を前提にお付き合いから始めませんか?」


 彼女の魅力の虜になった俺の口が勝手にお付き合いを正式に申し込んでいた。


「え!? あ、あの、わたくしは未亡人ですよ! それにほら、色々と問題ーー」


 ミュースは自分のことを理由に断ろうとしたが、完全に秤が傾いたことで、俺の口が止まらなくなっていた。


「関係ないです。私はこの国の筆頭宮廷魔導師なんで何の問題もない。貴方も、キララも、エルも、ミーちゃんも全部守るって決めました。なので、お付き合いから始めてもらっていいですか?」


 ミュースが俺の手を握ったまま項垂れていく。


 その姿に俺は自分が彼女の中に踏み込み過ぎてしまったのではとの思いがよぎる。


 しばらく、項垂れたまま無言の時が流れたが、ミュースが握っていた手を力強く握り返してきた。


 そして、顔を上げると俺の目をまっすぐに見据えて口を開く。


「承りました。お付き合いから始めましょう」


 ミュースの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。


 なんか、勢いでお付き合いしてくれって頼んだ気もするけど、これでよかったはずだ。

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