第36話 魔王クラスの可愛さにうちの女性陣がメロメロ、そして俺も

「だったら、このリーシェーン食べる? 甘くて美味しいですわよ」


 エルの目線の位置まで腰を下ろしたミュースがそっと頭を撫でて、さきほど買ったリーシェーンを差し出していた。


「あむー、うま、うま、もっと」


 エルはミュースの差し出したリーシェーンを口に含むと恍惚の表情をしていた。


 そして、トトトとミュースに駆け寄ると抱き着く。


「しゅき、しゅき」


「あらー、美味しいの。もう一枚食べる? エル」


「ママー、キララもエルちゃんにあげたいー」


「ママもエルにあげたいけど、キララに譲ってあげようかしらね」


「マンマ、それしゅき、もう一枚ほちー。キララねーたん、それほちー」


 ミュースからリーシェーンを受け取ったキララが、エルにそれを差し出していた。


 この幼女さらっとミュースをママ呼ばわりして、うちのキララを姉呼ばわりしているだと!?


 魔物のくせに狡猾な手を……。


「はい、召し上がれー。エルちゃん」


「うま、うま。キララねーちゃん、優しい。しゅき」


 とはいうものの、俺も大き目のリーシェーンを小さな口で懸命にカリカリと食べるエルの姿を、優しく見守るキララとミュースの姿を『動画保存ムービングメモリー』で保存していた。


 くぅ! キララに餌付けされているエルも可愛いじゃねぇか……って待て待て、こいつは赤判定されてるから敵だろ!


 だ、だが、可愛い、可愛すぎる絵面だ。


 くぉおおっ! パパとしての使命感がこれを映像に残せと囁いている! 残さねば、人類としての損失だと囁き始めた!


 魔王クラスの魔物であるエルとキララたちの心温まるふれあいの様子を映像に収めようか、俺は葛藤していた。


「んんっ! パパ、何か良からぬことを考えてませんか?」


 キララによるエルの餌付けシーンを撮るべきか、『動画保存ムービングメモリー』の水晶玉を持って悩んでいた俺に、ミュースがジトリとした目でこっちを見ている。


「してないよっ!」


 ミュースの唐突な問いかけに思わず声が裏返りそうになったが、努めて冷静さを装い返答する。


「パパー、パパもエルちゃんにリーシェーンあげたらー?」


 餌付けを終えたキララが俺に一枚のリーシェーンを差し出してくる。


「え? お、おぅ」


 キララに差し出されたリーシェーンを受け取ると、それを見たエルが俺に向かってトトトッと駆け寄ってきた。


「ほちい、ほちい。それ、しゅき。パッパちょうだい!」


 エルが俺の足にしがみついて、リーシェーンをくれとねだっていた。


 くぉおおおっ!! なんという可愛らしさ! くっ、魅了の魔法でも発動しているのか!


 エルのおねだりする姿が可愛すぎて、思わず自分に魅了魔法がかかっていないか調べていた。


 が、しかし結果は魔法効果なしと判明した。


 しかも、隣で見守っていたキララまで、俺の腰にしがみついてきていた。


「パパ、エルちゃんお腹空いてるみたいだから、おねがい~」


「わ、分かった。分かったから、ほら、エル食べていいよ」


 俺が差し出したリーシェーンをエルがカリカリと小さな口に収めていく。


 それを見ていたキララの口元から涎が少し垂れていた。


 ちょと、キララ君。さっきお腹いっぱい食べてたよね?


「キララもどうぞ。お土産は買い直してきます」


 見かねたミュースが、キララにリーシェーンを差し出していた。


「え? いいの? みんなのお土産だよね、コレ?」


「新しく買い直してきますから食べていいですよ。けれど、戻ったらしっかりと歯磨きはしてもらいますからね。よろしいですか?」


「うんっ! 歯磨きちゃんとするー!! わあーい。ママ大好きー!!」


「パパ、わたくしは土産を買い直してきますから、その間三人でリーシェーンを食べてお待ちくださいね。ちゃんとわたくしの分も残していただけるとありがたいですが」


 そう言うと、ミュースは娘っ子二人に抱き着かれた俺にリーシェーンの入った紙袋を渡し、屋台の方へ駆け出していった。


「ああ、おいひい。甘いものはしあわせ~」


「しあわせ~、うま、うま」


 俺にしがみつきながら二人が恍惚の表情をしていた。


「しあわせ満喫中の二人には悪いが、あそこのベンチに戻るぞ。座って食べないと行儀悪いからな」


「はーい。エルちゃん、こっちで食べよう」


「うん、そっちいくー」


 キララがエルの小さな手を引いて、ベンチに向かって歩いていくのが見えた。


 まるっきり姉妹みたいだな……。


 とはいえ、相手は魔物……しかも魔王クラスの実力を持った魔物だ……どう対処するべきかな……。


 俺はリーシェーンの入った紙袋を持ちつつ、二人が座ったベンチに向かう中、エルの対処に苦慮をしていた。


 魔物と判定されている以上、勇者としては倒すべき相手ではある。


 だが、ミーちゃんの件もあり、この国の魔物は俺の召喚されたゼペルギアと違い友好的な魔物という存在が確認されていた。


 そう考えれば、エルは友好的な魔物という括りなのかもしれないという考えが頭の中を支配していたのだ。


 それに魔物だからとキララの前でエルをバッサリと切り捨てたら、俺の父親としての株が大暴落間違いなしなのも対応に苦慮している原因の一つである。


「パパー、エルちゃんがもう一枚欲しいってー」


「もう一枚、ほちー。パッパ、ちょうだい」


 今後の対応を考えながら歩いている俺に、キララとエルからリーシェーンの催促がかかった。


「ああ、すぐ行く」


 エルに関しても抑えられない強さではないから、手元に置いて監視しておいた方がいいか。


 下手に野に放って手の付けられない魔物になって暴れられるより、餌付けして懐いてもらった方が被害を免れそうだしな……。


 いちおう保護者のいないエルを保護して、ミュースに事情を話し、意見を聞いて対処を決めるとするか。


 俺はエルの処遇に関してミュースの意見を求めることに決めると、二人が待つベンチに向かった。

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