第34話 うちの娘は意外と食いしん坊だったようだ


「もぅ、キララは大げさね。ウフフ、でもその気持ちはママも分かるわ」

 

「ママも食べてー」


「うん、そうね。いただくとしようかしら。んふぅー。コレよ、コレ。あー、しあわせですわー」


 ミュースも一口、スプーンでスープ麺をすくうと口に運んだ。


 その美味そうに食べる姿にゴクリと喉が再び鳴った。


 そ、そんなに美味いのか……是非、俺も食べさせて欲しいぞ。


 俺は『動画保存ムービングメモリー』を撮りながら、無意識に口を開けていた。


「あら? パパも欲しいの? 今日は特別に食べさせてあげましょう。ほら、あーんして」


 ミュースが自分で使ったスプーンでスープ麺をすくうと、そのまま俺に差し出してきた。


 あー、ミュース君、それは間接――。


 って思う暇もなくスプーンは俺の口に収まっていた。


 トマトの酸っぱさと、懐かしい旨味が口に広がっていく。


 そして、もちもちの短い麺を噛むごとにさらにしみ出した旨味が広がっていた。


「う、うめぇ……これは、美味いなぁ……」


「でしょ? あっ!?」


 ミュースは自分が使ったスプーンで俺に食べさせたことに気付いたようで、顔を赤くして照れている。


 そうやって照れられると、こっちもこっぱずかしいんだがな……。


 俺は努めて冷静にスプーンを手にする。


「あ、あの。わざとじゃないですからねっ! ちょっと、間違えただけで」


「ああ、そうだな。でも、美味かったぞ」


 その言葉でミュースの顔の熱量が上がるのを感じていた。


 しまった!? これは裏目に出たか!? 美味いとか何が美味いって話だよっ! 俺は変態か!


 俺も相手の反応を見て自分の顔が火照っていくのが分かった。


「パパとママ、どうしたのーお互いに顔が真っ赤だよー」


 キララが自分のスプーンでスープ麺をすくって食べながら、真っ赤な顔で固まっている俺たちを覗き込んできていた。


「み~、み~、ふぁー」


 そして、ミーちゃんも自分の餌を食べ終えたようで、テーブルの上で耳の裏を掻きながらあくびをしていた。


「そそそ、そんなことないぞ。キララ」


「そそそ、そうですよ、キララ」


 俺たち二人はぎこちない笑みでキララの方を見た。


 気恥ずかしさで顔を合わせられない。


 って、俺は中学生かよっ! いい大人だろうが! 今のは事故だ、事故。


 アレは事故だったとしよう。


 俺はふぅと息を吐くと、高鳴った鼓動を抑えるため深呼吸をした。


「「ふぅうーー」」


 ミュースも同じく深呼吸をしていた。


 なんとか落ち着いたな……話を変えないと……再びやばい方向に行きそうだ。


 俺は微妙になった雰囲気を変えるべく別の話を振ることにした。


「でも、コレおいしいよな。ママはコレ作れるの?」


「え、ええ。作れますわ。今度作ってあげますよ」


「ほ、本当か。是非頼む。これは癖になる美味さだ」


「えへへ、わたしも気に入ったから作ってくれると嬉しいなぁ」


 キララはよほどスープ麺が気に入ったのか、結構な量をすでに一人で平らげている。


「キララ、パパにもそれを残して欲しいぞ」


「うぅ、じゃあ半分ずつねー。あー、うー、でも食べたいよぅ……」


 キララがスプーンですくって俺に差し出しているが、自分で食べたそうにしているのを見ていたら欲しいとは言えなくなった。


「あ、いや。そんなに食べたいならキララが食べていいぞ。パパはこっちのから揚げ食うから」


「あっ、でもこのから揚げをこうして……キララ、食べてみて」


 ミュースがから揚げをキララの持っていたスープ麺の中に沈めていく。


 少し粘度の高いスープがから揚げの衣に絡まっていた。


 味を想像すると、三度俺の喉が鳴っていた。


「う、うん。食べてみる」


 スープの絡まったから揚げをミュースがキララの口に放り込んだ。


 途端にカクカクとキララの足が震え出し、その震えが全身に広がっていく。


「お、おい。キララ、大丈夫か!?」


 震えを止めようとキララの肩に手を置くと、こちら側に倒れ込んできた。


 え? ええぇ!? どうしてこうなった!!


「キ、キララっ! 大丈夫ですか!? あ、ああ。どうしましょう、キララが、キララがぁ!」


 ミュースも急に俺へ倒れ込んだキララを見て狼狽している。


「お……お、美味しすぎるよ……こんな美味しい食べ物を食べたの初めて……あぁ、お口がしあわせすぎる~」


 俺の胸に倒れ込んだキララは、味を噛み締めるようにもきゅもきゅとから揚げを食べていた。


 キララよ、美味しい表現が過剰になってきている気がするぞ。


 急に倒れるとかパパの心臓に悪いから止めてくれるとありがたい。


 俺は喰ったものが美味すぎて倒れただけだと知って安堵した。


「ふぅ、大げさな……。ママは心臓が飛び出るかと思ったわ」


 ミュースが俺の胸に倒れ込んでいるキララの髪を撫でてホッと安堵していた。


 彼女もまたキララが突然倒れたことで、もしかしたら自分が何かをしでかしたのではと焦ったのだろう。


「ママ、パパ、おいひいよぉ。今日は色々とすごいこと起こり過ぎて日記にいっぱい書かないといけない。あー、しあわせー」


 キララは最近、文字の練習と称して日記を書くのを習慣にしていた。


 日本語かこっちの言葉か見せてくれないので分からないが、とにかく一日あったことを一生懸命に日記に付けているのだ。


「キララは大げさだな……」


「えーでも、パパも食べれば分かるよー。ほらー」


 キララがテーブルからから揚げを取るとスープに絡めて俺の口に押し込んだ。


 トマトソースがベースのスパイシーなスープが、から揚げの衣に絡んで噛み締めた鶏肉の脂と交わり――


 圧倒的な美味さ!! なんじゃこりゃあああぁ!!


 美味すぎる刺激に、俺もキララに向かって倒れ込んでしまった。


 思わず娘と美味さを分かち合うため抱擁していた。


「キララ、キララ……こっちにこんな美味い飯があるなんてパパも初めて知ったぞ」


「だよね。これは最高に美味しいご飯だよね、パパ」


 ビックリするくらい美味かった。


 これまでの人生で最高に美味い飯かもしれない。


 それくらい美味かった。


 思わず涙がこぼれ落ちていく。


「あ、ああ、ああぁ……」


「パ、パパ!? ど、どうしたんです? 急に泣き始められるとかされると、とても恥ずかしいのですけど!?」


 ミュースの困惑の顔が見えたが、このしあわせをずっと噛みしめておきたかった。


 それくらい美味い飯だ。


「ママ、ママはすごすぎるよ……はぁ、ママが居てよかった。わたし、ママが居てよかった」


 キララはミュースに対し五体投地でもしかねない勢いで抱き着いていく。


「そ、そう? まだまだいっぱい美味しいものはあるわよ。ママも若い時は色々と食べ歩きが趣味だったから、自分で作るようにもなってますしね」


「私もこのように美味いものは初めて食べたな」


 それにしてもミュースの飯が異様に美味いのも、この商店街で食べ歩きして舌が肥えた結果であろうか。


 アレフティナ王国おそるべしだな……。


 マッシュポテトとパンしかなかったゼペルギアの連中がここの飯食ったら、俺と同じリアクションするだろう。


 俺たちは美味い飯に舌鼓を打ちながら楽しんでいた。

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