第33話 家族で食うと美味さ100倍?


「うぅーー、アレ美味しそう……食べてみたいなあ……ミーちゃんはどれがいい?」


「みー、みー」


 手を繋いで歩くキララが、屋台で作られている串焼きを見て食べたそうにした。


 時刻はすでに昼を過ぎており、俺もいささか腹が減っている。


 ミーちゃんもお腹が減っているのか、キララの背負い袋から顔を出して周囲にキョロキョロと視線を動かしていた。


「そろそろ、お昼を過ぎますからね。屋台で食事を買って、どこかのベンチで昼食にしましょうか?」


「そうするとしよう。キララ、食べたい物を好きなだけ選んでいいぞ。今日はパパが全部奢ってやる」


「いいの!? パパ、お財布大丈夫? キララは我慢できるよ。無理しなくても……」


 キララが俺の財布の心配をしてくれている。


 だが、たかが屋台の食事代くらいでは財布が空になることはない。


 これでも、アレフティナ王国の重要な官職の一角である筆頭宮廷魔導師を拝命している。


 ミーちゃんの首輪では失態を見せたが、わりと俸給はもらっているのだ。


「キララ、パパはアドリー王からそれなりにお給料をもらっているから、お昼代くらいは奢らせてあげましょう。娘に奢れるならパパも喜ぶだろうし」


「いいの? 本当に大丈夫?」


「ああ、奢ってやるぞ。さぁ、何が食べたい?」


「じゃあっ! アレとアレとアレー。あー、アレも食べてみたいー」


 奢ってもらえると聞いたキララが、俺の手を引き自分の食べたい物が並ぶ屋台に走り出した。


 色々と我慢に我慢を重ねた生活をしてきたキララだからこそ、俺はこの世界で甘やかすと決めていた。


 屋台からキララがねだった串焼きとトマトスープベースの麺類、焼き菓子とから揚げを買ってきて、広場のベンチテーブルで遅めの昼食タイムにすることにした。


「ミーちゃんはこっちねー。雑貨屋で猫用の缶詰買ったから召し上がれー」


「みー、みー」


 ミュースが雑貨屋で購入したエサ入れに子猫用の猫缶を開けていた。


 キララの背負い袋から出たミーちゃんはエサ入れへまっしぐらに向かい、柔らかく煮込んだ魚の身に顔を突っ込んでいく。


 アレフティナ王国は裕福で工業レベルも高く、缶詰製造も自国で行えるほどの文化レベルに到達している。


 俺が呼ばれた貧乏で荒廃していたゼペルギアとは比べ物にならないほど、安全で裕福な国だった。


「うぅ、そっちも美味しそう……ミーちゃん、一口味見していい?」


「みー、みー」


 猫缶の中身である魚の身を見たキララが、物欲しそうにミーちゃんのエサ入れに顔を近づけていた。


 キララよ。それはミーちゃんの餌だから、君にはちゃんと買ってきただろうに……。


「あぅ、ごめんね。ミーちゃん、取らないよー」


「みー、みー」


 餌を取られると察知したミーちゃんが、キララの顔をペチペチと猫パンチして迎撃していた。


 そんなキララの様子を見ていたミュースがフフッと笑うと、買ってきた串焼きを皿にバラしてくれ食べやすくしてくれた。


「キララ、ミーちゃんの餌よりもこっちの串焼きの方が美味しいと思うわよ。ママも昔はココの屋台でよく買い食いしてたから……コレは一押しよ。ほら、アーンして」


「う、うん。アーン」


 ミュースが餌をねだる雛鳥と化したキララの口に串焼きの肉を放り込む。


 口に収まった肉をキララが咀嚼すると、目がキラキラとしていくのが見えた。


 美味いんだな。


 そうだろ? 美味いんだろ?


 キララが美味いもん食べた時に目の瞳孔が開いていくのをパパは知ってるんだぜ?


 ああ、そうだ、忘れる所だった。


 『動画保存ムービングメモリー』で『キララ、初めての買い食い編』を撮影せねばならなかった。


 俺は素早く『動画保存ムービングメモリー』を発動させると、二人の食事風景を収めていく。


「パパ―、パパも撮ってないで、これ食べてみてー。美味しいよー」


「ほら、パパは今キララのこと撮ってるから」


「じゃあ、食べさせてあげる。ほら、パパ、あーんして」


「あーん」


 水晶球に映る娘のキララが、フォークで刺した肉を俺に差し出してくる。


 俺はその差し出された肉を口に含んだ。


 串焼きは一人で食ったこともあったが、娘から差し出された肉はやたらと美味しい補正がかかっていた。


 この圧倒的幸福感……ちくしょう、生きてて良かったぜ……死にそうになりながら(実際は何百回も死んでたが)魔王討伐を頑張った甲斐があった。


 俺の目から思わず滴が零れ落ちていく。


「パパっ! 美味しくなかったの!? わたし何かしちゃった?」


 急に泣き出した俺を見て、キララが慌てふためいていた。


 そんな彼女を気遣い、ミュースがそっと耳打ちしているのが聞こえてきた。


「パパはキララにお肉を食べさせてもらって、嬉しくて泣いてるのですよ。ほら、もう一つ差し上げてみたらどう?』


 ミュースの言葉を聴いたキララの顔がニパーっと微笑んでいく。


 ちくしょう、ミュースのやつ、いらんこと……いや、いいこと言いやがって、最高かっ!!


「パパー、もう一つどうぞー。あーん」


「美味いっ! 美味いなぁ、そうだママにもお裾分けしてあげないと私が妬まれてしまうからな。キララ、ママにも頼む」


「はーい。ママー、ママもどうぞー。あーん」


「あら、わたくしにも。うーん、美味しいですわ。こっちの麺も食べてみる? これはねー、本当に美味しいのよ。病みつきになっちゃうわね。ママもたまに我慢できなくて食べに来ちゃうくらいだから。フー、フー」


 キララに差し出された肉を食べると、ミュースは代わりに短い麺が入った赤い濃いスープをスプーンですくい、息を吹きかけ冷ましながらキララに差し出していた。


「いい匂いー! んふぅーー!! ほいしひいーー!!」


「キララ、お口に入れたまま喋るのはマナー違反よー」


 ブンブンと顔を上下に振って頷いたキララが口に入れた麺を咀嚼し飲み下していく。


 どうやら、すこぶる美味いスープの麺らしい。


 その様子を見て、思わずゴクリと自分の喉が鳴っていた。


「あぁ、美味しいよぉお。わたし、しあわせー。ママ、ありがとう」


 あまりに美味しい物に出会ったのか、キララがマタタビを与えられた猫のように蕩けて、ミュースに抱き着いていた。


 その様子をミーちゃんも眺めていたようで、『み~』っと少し呆れているような鳴き声を出していた。


 くあぁああっ!! うちの娘はなんつう可愛いしぐさをしてくれんだぁあっ!! これは絶対に記録として納めなければっ!!


 俺は娘の超絶可愛い姿を『動画保存ムービングメモリー』に収録するため、キララに水晶玉を向けていた。

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