第32話 娘の服が派手過ぎて心配でならないのは、父親のさがなのだろうか。
「ふぅ、色々と誤解が誤解を招いているようですが……なんとか理解してもらえましたね」
俺の隣に来たミュースが手で真っ赤になった顔をパタパタと扇いでいた。
心なしか俺の顔も火照っている気がしている。
「あ、ああ。そうみたいだな。な、なんか暑くないかココ?」
「そ、そうですね。暑いですね」
俺も火照った顔を手で扇ぐ。
ただ、ちょっと気恥ずかしさもあったのは黙っておくことにした。
「みー、みー」
キララから預かったミーちゃんが、そんな俺とミュースを交互に見て鳴いていた。
ミーちゃん、俺たちは『まだ』そういう関係じゃないからな。
「パパ―、ママー。どっちの生地がいいかなぁー」
ヒラリーが採寸を終えたようで、キララの服を仕立てるための生地を棚から選び出してくれていた。
一つはミュースと同じ質素な紺色の生地で、もう一つはド派手なピンクの生地を手にしているのが見える。
「キララちゃんはどっちも似合いそうだねぇ。あたしゃ、ミュースと同じ大人しめの半袖ワンピースと、ピンクのストラップワンピースとかとっても似合うと思う」
「紺色の半袖ワンピースは大丈夫かと思いますけど、ピンクのストラップワンピースですか……ちょっと派手では」
いまいち服に関して俺は詳しくないので、ストラップワンピースがどういった形状なのか理解できないでいた。
そのため、ヒラリーとミュースにどういったものか尋ねてみる。
「あ、あの。ストラップワンピースとはいったい?」
ヒラリーが一枚のデザイン画を俺に見せてきた。
あの短時間でキララの服のデザインラフを仕上げていたようだ。
そのデザインラフを見た瞬間――
むぅ、これはいかんよ。
キララにはまだ早い、早すぎる。
胸元のところとか背中とかほらガバッと開き過ぎだし。
「あ、あの。これはちょっと……派手過ぎかと思うんですが……」
「なんだい? あんたはキララちゃんの魅力を独り占めしようってのかい? 本当に父親ってのは娘に対して馬鹿なんだからねぇ。アドリーもだけど」
いや、だって娘の魅力を外に伝えたいが、変な虫が沸くと困るし、沸いたら俺は全力で消し去るつもりだし……。
そうなると勇者の力を最大限使って街半分くらいは消し飛ばしちゃうんだぜ。
俺はきっとキララの身に危機が迫れば、容赦なく勇者の力を発揮することに抵抗はない。
「ま、まだこういった服はキララには早いと思うんですよ、私は」
「パパ、わたし、ヒラリーさんが仕立ててくれる服を着てみたいー。ダ、ダメかな……」
キララが目をキラキラさせて、ヒラリーのデザインラフを俺に突き付けていた。
キララ、そんな目で見られると断れないだろう……。
確かにその服を着たキララは見たいのだが……ああぁ、ちくしょうめっ! 王城限定でなら許すとするか……。
俺は期待を込めた目でこちらを見ているキララに抗うことを諦めた。
「わ、分かった。それで外出は認めないが、部屋着として着るのはいいと思うぞ」
「わぁーーい。やったーっ! ありがとーパパっ!」
「パパが許可されるのでしたら、わたくしは従いますわ。そっちもキララの魅力を存分にみんなに伝えられますからね。わたくしもお揃いのを作ってもらおうかしら」
思わずミュースがキララとお揃いのストラップワンピースを着た姿を想像してしまった。
むむ、君たち破壊力がちょっと高いのではないかね。
これは外に出せない気がするぞ。
「パパ―、なんか鼻の下が伸びてるよー」
「みーみー」
ちょっと楽しい妄想をしていたら、キララとミーちゃんからツッコミが入ってしまった。
たちまち表情を引き締めて何事も無いように振る舞う。
だが、ミュースの視線がザクザクと俺の顔に突き刺さっていた。
「キララ、完成してもパパには見せないでおきましょうねー」
ミュースに対してもキララに対しても不謹慎な気持ちはないぞ……きっとない……ないよ。ないともさ。
娘に鼻の下が伸びていると指摘されたので、精いっぱいの精神力を動員してキリリと顔を引き締める。
「えー、パパに見てもらいたいよー。ママもお揃いのを着てー」
キララが甘えるようにミュースに抱き着いていた。
「んー、それはパパの努力次第としておきましょうか。では、ヒラリーさんキララの分二着とわたくしの分のストラップワンピースも一つ仕立てていただけますか?」
「はいよ。支払いの銀貨五枚はあの男にツケとくからね」
ヒラリーが俺に代金を支払うようにと言っている。
生地代、仕立て代込みで銀貨五枚だとそれなりに高級仕様な気がするが……。
えっと、普段着として使う服を買いに来たんだよね? まぁ、二人が喜んでるからいいけどさ。
「文句ないだろ?」
ヒラリーの視線が少し厳しくなったので、俺は思わず頷いていた。
まぁ、それくらいの値段なら俸給で賄えるので、特に問題はない。
「あ、はい。お支払いします」
俺は財布から銀貨を差し出すとヒラリーに多めに手渡しておいた。
「あんた額が多いよ。計算もできないのかい?」
「いえ、今後ともキララの服を仕立ててもらう意味も込めたお礼の代金も入ってます。どうぞ、お収めください」
腕の良さはミュースの服を見ているため、今後ともこのヒラリーにミュースの様々な服を仕立ててもらうつもりであった。
「ふん、まぁまぁ世間的な知恵は回るようだね。キララちゃんの服はあたしに任せておきな。必要になったらすぐに使いを寄越しておくれ。すぐに駆け付けてやろう」
「それはありがたい。貴方のような腕のいい仕立て屋がキララの衣服を作ってくれるなら安心して任せられる。今後ともよろしくお願い致します」
「ヒラリーさん! よろしくねー。あー、そうだ! 今度、時間があるときでいいからママと一緒にお裁縫教えて欲しいなぁ」
ちょっと癖のあるヒラリーであるが、キララもいたく彼女が気に入ったようで、裁縫を教えて欲しいとねだっていた。
「キララ、このヒラリーさんはリーファ王妃の師匠ですから、わたくしの大師匠になります。人気の仕立て屋さんでお忙しい――」
「いいよ。キララちゃんが暇な時間を教えといてくれれば、あたしが出向いて仕込んでやろう。ちょうどリーファからも頼まれてたからね。ミュースも再度の嫁入り前にもう一回修行し直すよ」
再度の嫁入りと聞こえた気がするが……それって俺じゃないよな?
このおばあさんがリーファ王妃と絡むと、なんだかもっと面倒な気がするんだが……。
「わぁーい!! やったー、ママと一緒にお裁縫を教えてもらえるー! パパ―、お裁縫教えてもらったらパパのお仕事で着る外套を繕ってあげるー」
うぬっ! そ、それはしてもらえるとパパは喜んでお仕事に励んで、重病者を何百人も鼻血がでるまで癒しまくっちまうぞ……。
ああぁっ!! でも、失敗とかして手に針を突き刺したりして怪我しないだろうか……。
うぉおおお、心配過ぎる。
キララ、裁縫の練習する時はパパも一緒に見学させてもらうからな。
俺はキララが裁縫の練習をして怪我をしないか想像し、アワアワとしていた。
「ふぅ、あの男。大丈夫かねぇ……。キララちゃんとミュースを任せて良いものか……じっくりと見極めさせてもらわないとね」
アワアワしている俺をヒラリーの鋭い視線が捉えているのを感じていた。
その後、ヒラリーには仕立てを頼み、完成品を届ける際に裁縫の指導をしてもらう約束を取り付けると、俺たちは外の食堂で昼飯を食べることにした。
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