第31話 誤解が誤解を読んでいる気がするのは気のせいだろうか
ミーちゃんの首輪とその他必要な物品を手に入れた俺たちは、キララの普段着を選びに再びシラリク商店街通りを歩いていた。
「可愛いキララには既製服でも似合うと思うけど、わたくしが行きつけにしている仕立て屋さんが、この辺にありますからそこで仕立ててもらいましょう」
「マ、ママの行きつけの店!? いいの!?」
「そ、そんな派手な服は断られるけど、丈夫で長持ちする服なら、そこがこの国一番だと思うわ。今着てるのもそこのお店で仕立ててもらったのですし」
ミュースは落ち着いたデザインでおしゃれなワンピースを着ていた。
生地の良し悪しや仕立ての出来はよく分からないが、落ち着いている雰囲気のミュースにはピッタリの服であると思えた。
「私はなかなかいい仕事をしてくれそうな仕立て屋さんだと思う。きっとキララにも似合いそうな服を作ってくれそうだ」
「そ、そう? ならその店に行きましょうか。この道を左に入ったところの突き当りです」
「やったぁあ! ママー! 早く行こうー! ママとお揃いの作ってもらいたい―!」
キララがミュースの手を引き、仕立て屋のある方へ駆け出していった。
「お、おい。待ってくれ。私を置いていくな」
俺はミーちゃん用の道具を入れた袋を抱え直すと、二人の後を急いで付いていった。
「おや、ミュース。久しぶりだねぇ。そう言えば神官長はクビになったらしいわね」
ミュースの行きつけの仕立て屋に入ると、六〇代の白髪の婦人が店の奥から巻き尺を手にしながら出てきた。
彼女の視線は、俺を値踏みするように鋭く突きつけられている。
「ヒラリーさん、わたくしはクビではなく責任を取って辞任ですわ。アドリー王には慰留されていましたが、一身上の都合と責任を取っての辞職ですから」
「ほぅ、その一身上の理由がこのキララちゃんかい。うーん、いい素材だねぇ。さすがミュースが入れあげる子だ」
言葉のきついヒラリーにちょっとだけ人見知りしたのか、キララがミュースの影に隠れて恥ずかしそうにしていた。
「キララ、この方がわたくしの服をいつもお願いしている仕立て屋のヒラリーさんよ。これでも元アドリー王付きの仕立て係をされてた方で腕は確かなの。ご挨拶して」
「は、初めまして。キララです」
ミュースに押し出されたキララが、ヒラリーにちょこんと頭を下げていた。
「まぁ、利口な子だねぇ。それにあの子が成長したらこんな可愛い子になってただろうね。うんうん」
ヒラリーの言うあの子とはミュースの亡くした子のことだろう。
ということはミュースとヒラリーの付き合いはかなり古いと思われた。
「ヒラリーさん、キララはキララですよ。あの子の代わりじゃないですから。それよりも、今日はキララの服を仕立ててもらえるとありがたいのですが」
キララはミュースとヒラリーの顔を交互に見ながら不思議そうに見ていた。
「この子の服かい? そりゃあ、いいけど……。払いはあの男かい?」
ヒラリーの視線が再び俺に向いた。
なんだか、非常に居心地の悪い視線に晒されている気がするが……。
一応、父親として娘の服代を出すくらいの甲斐性はあるぞ。
「え? あ、いや。あの方はキララの父親で……。仕立て代の支払いはわたくしが出すつもりですが……」
「あれは最近になってアドリーの側近に取り立てられた男だろ?」
「え、ええ、そうです。ドーラス師という方で筆頭宮廷魔導師ですが……」
「随分、しょぼくれた男だねぇ。噂じゃ、あんたが嫁入りする男らしいじゃないか」
ぶっほっ! いつの間にそんな話になっていたんだ。
聞いてねぇぞ。
俺はヒラリーからの厳しい視線の意味を知って噴き出していた。
「なっ!? 何をおっしゃられているのですかっ! だ、誰がそのようなことを!」
「この前頼まれた孤児たちの仕立て物を届けた時に、リーファがそうやって言ったからねぇ。ミュースにいい男ができたらしいと」
ミュースまでキッと目を吊り上げて俺を睨んでくる。
そんなのは俺が言った話ではなく、リーファ王妃のせいだろうが。
「パ、パパとママがけ、結婚するの!?」
キララが期待を込めた目で俺とミュースを交互に見ていた。
残念だが、そのご期待には沿えないと思われる。
「「ち、違う!!」」
キララの言葉に思わず、ミュースと言葉がハモっていた。
俺とミュースはまったくそういった関係ではなく、キララを無事に育て上げるための同志であるとの見解で一致を見ているはずだった。
「おや、これはリーファの早とちりかい……。あの子もそそっかしいのが治らないねぇ」
ヒラリーは俺をミュースの新たな婚約者だと勘違いして厳しい値踏みをしていたようだ。
「これは失礼したね。あんたがミュースの新しい旦那候補だと聞いててね」
「あ、そ、そうでしたか……。誤解は解けましたでしょうか?」
「ああ、解けた。解けた。あんたがミュースに釣り合うとは思えんからのぅ」
ヒラリーの言葉が思いのほか俺の胸に突き刺さっていた。
「ヒラリーさん、べ、別にパパ……あ、いえドーラス師は……」
「あー、ママの顔真っ赤―! ママはパパが好きなんだねー。わたしと一緒だー」
キララが照れた様子を見せたミュースに抱き着いて喜んでいた。
ミュ、ミュースそこで照れた顔とかされると非常に困るんだが……。
俺も一度は家庭というのを持ちたいという願望はまだ捨ててないんでな。
「おや、これは……そういうことかい。キララちゃん込みの話かい。そうかい、そうかい。なら、アレでも仕方あるまいて……」
なんだかヒラリーが、俺とキララを見て納得していた。
むむ、子供込みならアリなのか……よく分からん理屈だぞ。
「んんっ! とにかく! 今日はキララの服の仕立てを頼みに来ただけで、わたくしの旦那の披露ではありませんからっ!」
「ひょ、ひょ、ひょ。なら、これ以上はミュースが可哀想だからそういうことにしておいてやろうか。さぁ、じゃあキララちゃんの採寸をしようかねぇ」
ヒラリーはそう言うと、キララを手招きする。
そして、巻き尺を手にするとキララの採寸を始めていった。
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