第30話 父として娘のおねだりには応えたいところ
ミュースが教えてくれたシラリク商店街にある動物専用の雑貨店に到着すると、早速ミュースとキララがミーちゃんの首輪探しを始めていた。
「ママー、ミーちゃんの首輪は何色がいいかな~。青? 赤? ピンクもあるよー」
「キララ、それよりもデザインを先に決めないと。ママはこっちのデザインがミーちゃんにいいと思うんだけどな」
「えーでも。こっちの形も可愛いと思う。それにキラキラしててきれいー」
「そっちはお値段がちょっとねー。ほら、ミーちゃんの首輪はパパのお財布からですし、あまりお高いのは――」
ガラスのショーケースを覗き込みながら話し合う二人はもう完全に母娘の会話である。
だが、一つ訂正させてもらいたい。
パパは意外とアドリー王から俸給をもらっているんだぞ。
たかが、子猫用の首輪の一つや二つなんて簡単に買え――。
ん? 何々、子猫の首輪が一つで金貨三〇枚(三百万円)だと!?
俸給三ヵ月分とかどんだけ高級な首輪なんだよ……ちょ、ちょっと財布と相談させてもらっていいかな……。
「ママー、金貨三〇枚って高いのー?」
「そうですね。きっと、パパのお給料の三ヵ月分くらいだと思いますよ。こっちのデザインと材質なら銀貨一枚(一万円)ですし、パパのお財布でも買えるはずです」
くっ、ミュースめっ!
俺のお財布事情まで把握しているとは……油断ならないやつ……。
だが、俺は娘の機嫌を取るためなら、金貨三〇枚(三百万円)はたいても悔いはない。
「そ、そっちの金貨三〇枚(三百万円)でもパパはどんとこいだぞ。今日はキララの頑張りに対するご褒美だからな。うん、大丈夫だ。大丈夫」
「キララ、パパの娘に対するやせ我慢に付き合っちゃダメよ。どうせ、ミーちゃんはすぐに大きくなるからね。ほどほどの物にしときましょう」
「う、うん。パパのお給料が無くなっちゃうの可哀想だもんね。ミーちゃん、ごめんね。こっちのやつから選ぶよ」
うっ、そんなことを娘に言わせるとは……なんか罪悪感を感じてしまう。
もっと、俺は稼がないとマズいな……。
パ、パパはもっと頑張って仕事するぞ。
「そうですよ。お金は大事ですからね。あまり贅沢はしてはいけませんよ。あら、ミーちゃん。こっちの色も似合うわね」
「みー、みー」
「うん、分かった。パパのお金大事だもんね。キララも早くいっぱい稼げるようになるから、ミーちゃん待っててね」
パパ、頼りなくてごめん。
俺、頑張るから。もっとお仕事頑張るから。
娘のキララにお金の心配をされたことで、俺は自分が思っていた以上の心的ダメージを受けていた。
現代日本でも異世界でも、世の父親たちが頑張って仕事をしていた意味が理解できた気がしている。
子供には父親のかっこいい姿を見せたいもんな……。
「お父さんも大変ですね。心中お察します」
二人のやりとりを見ていた女性店員が、俺を可哀想な物を見る目で見てきていた。
「が、頑張りますよ。ええ、娘のためですし」
「パパ! どっちがミーちゃんに似合うと思う? ママと一緒に二つまで選んだけど決められないよー。どっち?」
笑顔を浮かべたキララが、店員に出してもらった皮製の装飾が付いた首輪を二つ持って、俺の意見を聞いてきた。
うちの子はどこに出しても恥ずかしくないほど可愛い。
俺はキララのパパになれて死ぬほど誇らしいぞ。
真剣に悩みながらミーちゃんの首輪選びをしているキララの姿に、心の奥がポッと温かくなる。
ちくしょう、うちの子は最高かっ! そうだ、『初めてのお買い物編』を撮影せねばっ!
すぐさま『
「パパ、撮影してるところ悪いですが相当頬が緩んでますよ。キララが、どっちがいいと聞いているんですが、聞いてました?」
「あ、ああ。ママ、すまない。真剣に選んでるうちのキララを撮影してたら可愛すぎて呆けてた」
「その意見には同意ですわね。キララは誰でも虜にしてしまう天使様ですから」
さすがミュース。
キララの魅力に関して理解力は俺と同等だ。
この時ばかりは、普段はめんどくさいミュースのことも好ましく思える。
「パパもママもわたしのことを褒め過ぎー! でも、わたしはしあわせー」
俺もミュースもキララの頭を撫でてお互いに微笑んでいた。
「わたくしも幸せですわ」
「ああ、私もだな」
「んんっ! キララ様たちが仲の良いご家族様なのは重々承知いたしましたが、お買い上げの品はおきまりになりましたでしょうか?」
俺たちがお互いに微笑み合っているのを見て、痺れを切らした店員が咳ばらいをして購入品が決まったかを聞いてきていた。
「あ、ああ。すまない、キララどっちがいいか決まったか? パパはどっちもミーちゃんに似合うと思うぞ」
「うー、決められないよー」
「キララ、ミーちゃんに見てもらったら?」
「そうか! ミーちゃん、どれがいいのー」
キララが背負い袋から顔を出していたミーちゃんをカウンターの上に出し、二つの首輪を見せていた。
ミーちゃんはキララが目の前に出した二色の首輪を交互に見ている。
「みー、みー」
「赤? 赤の方がいいの? ミーちゃん」
「みー、みー」
ミーちゃんはキララが見せた赤い首輪をペチペチと手で叩いていた。
「ミーちゃんは天才猫かしらっ!? すごい、自分で選んでいるわ。キララ、ミーちゃんはすごい猫かも」
ミーちゃんにはうちの家族全員は甘々なのだが、でも自分で選ぶ子猫って地味にすごくない?
ミュースの言う通り天才猫かもしれない。
さすが、うちの天使様であるキララが助けた子だ。
「パパ、ママ、ミーちゃんの選んだ方でいいかな?」
「ああ、そうしてやった方がいいな」
「そうね! ミーちゃんが選んだ方にしましょう」
「じゃあ、赤いのください!」
キララがミーちゃんの選んだ赤い首輪を店員に差し出していた。
「承りました。いますぐここで着けていかれますか?」
「はーい。着けていきまーす」
「では、包装はなしにしておきますね。こちらの商品は銀貨一枚となっております」
俺は手早く支払いを済ませると、赤い首輪をキララに手渡す。
「うわぁー、ミーちゃん! かわいいよ。似合ってるー」
首輪を付けたミーちゃんの姿は、真っ白な毛並みに映えて可愛さが神がかっていた。
日本に居た時、『猫はかわいさで財産を潰す』と友達に言われたけど、その言葉の意味が分かる気もする。
天使級の可愛さの娘と、神がかった可愛さの猫を家族に持った俺は、破産宣告まっしぐらなのかもしれない。
「ミーちゃん、かわいいよ。キララもかわいい」
俺が娘と子猫に見惚れながら撮影している間に、ミュースが色々とミーちゃんの飼育に必要な品物を見て回っていた。
「トイレ用の砂と水入れ、エサ入れもいるし、あーそうそう。爪とぎと爪切りも必要ね」
孤児院時代に猫を飼っていたということもあり、ミュースは最低限必要な物を知っていたようだ。
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