第29話 謝罪のつもりが、気が付いたらプロポーズになってたかもしれない事件

「キララ様は良い両親に恵まれそうだな」


「ちげえねぇ、うちのガキもあれくらい可愛いこと言ってくれるといいんだがなぁ」


「何言ってんだい。うちの子もキララ様に引けを取らないくらいいい子だって知らないのかい?」


 そんな街の人の声が耳に入ってくると、三人とも恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。


「あのね。あのね。一生のお願いなんだけど、今だけミュースさんのこと『ママ』って呼んでいい? この前は間違っちゃったからミュースさんのこと困らせちゃったけど……いいかな?」


 真っ赤になったキララが、もじもじとしながらミュースに甘えるように腰に抱き着いていた。


 きっと、これまでかいがいしく世話をしてくれてきたミュースに親近感を感じ、自分が甘えても大丈夫な人だと判断した結果のお願いだろう。


 物心ついた時には親に邪険に扱われてた思われるキララとしては、大人に対して最大限の甘えを見せていた。


「あ、ああ、あのわたくしがキララ様の『ママ』などと、お、恐れ多いことで」


 それまで微笑んでいたミュースが慌てふためいている。


 きっとキララから『ママ』と呼んでいいかなんて言われるとは思ってなかったのだろう。


「ずっといい子になるから。今日だけ、今だけでいいから……ミュースさん」


「あ、あの。えっと、その……」


 そこで二の足を踏むと、キララが傷つくし、キララが傷つくとそれでミュース自身も傷つくであろうことは簡単に予見できた。


 だから俺はミュースの事情も一切合切全部背負い込む覚悟を決めた。


「おっけー、分かった。普段、一生懸命に頑張ってるキララに免じて、今日からミュース殿のことは『ママ』と呼んでいいぞ。私が許可する。遠慮なく呼んで甘えていいぞ」


「ほ、ほんと!? ほんとにいいのパパ!! ミュースさんをママって呼んでいいの!?」


「あ、あの! なんでドーラス師が勝手に決めてるんですか!」


「全部責任は私が取るから大丈夫だ! 存分にキララから『ママ』と呼ばれたまえ」


「も、もうっ! ドーラス師は勝手ですねっ!」


 ミュースも口では困っている様子だったが、表情は『お口添えありがとうございます』と言いたげであった。


 人間正直が一番いいぞ。


 ミュースが、キララのことを大事に思ってるのは傍から見てる俺も分かるからな。


 剣術の練習中にキララ自身から聞いたが、物心つく前には親から育児放棄ネグレクトされ、自分は甘えたらダメな存在だと思っていたそうだ。


 そんな遠慮深いキララだから、ミュースは遠慮なく甘やかしてやって欲しい。


 激甘設定でよろしく頼む。


 俺もキララには激甘設定でいくつもりなんで。


「ほんとにいいの? パパ?」


「ああ、いいぞ。キララの教育係の私が許す。今日は甘えていい日だ。でも、明日からはまた勉強に剣術に頑張らないといけないからな」


「う、うんっ! 頑張る! やったー、『ママ』早くお買い物行こうー!」


「あ、はい。で、ではわたくしも今日はキララ様ではなく『キララ』と呼んでよろしいですか?」


 ミュースの申し出をきいたキララの顔がしまりなく緩んでいく。


 どうやら『様』付けがなくなり、距離が近づいたと感じてとても嬉しそうだ。


 キララの表情が緩み過ぎて、別生物になっているが、それはそれで可愛いと思うぞ。


 キララが嬉しそうにしているのを見ると、つい俺の顔も緩んじまうな。


 まぁ、関係を知らない人が見れば、ミュースとキララが母娘だと思うだろう。


 それほど、二人の様子は似通っているのだ。


「う、うん! いいよー! えへへ」


「それと、わたくしだけ『ママ』と呼ばれるのは不公平なので、そこで顔の表情が緩んでおられるドーラス師をわたくしが『パパ』と呼ぶ許可を求めますが……。どうです、キララ?」


 いつもの表情に近づいたミュースが、いかにも悪だくみを考えたとばかりにこちらを見ていた。


「え!? いいの!? ほんとにほんと? パパのこと『ママ』も『パパ』って呼んでくれるの!?」


「ええ、キララの許可があればしますわ。よろしいかしら?」


「ぶっほっ!? 私がミュース殿に『パパ』と呼ばれるだって!? そんなこと……」


 キララがジッーと期待を込めた熱視線を俺に向けていた。


 そんなめちゃくちゃ期待を込めた視線を向けられると、ダメだと突っぱねられなくなるだろうが……。


 いや、だが俺がミュースから『パパ』とか呼ばれると、その色々と支障が……って、全部責任は俺が負うって言っちまってたな。


 うっは、聞きようによっては俺のあの言葉はプロポーズと取られたとか。


 まじで恥ずかしすぎて死にてぇ……。


「あ、あの。パパ! ダ、ダメかな? ほら、ミーちゃんも一緒にお願いしてるし」


「みー、みー」


 ミーちゃんと一緒に上目遣いで、お願いするなんて威力半端ねぇだろ……。


 あーくそ、意識してたつもりのないミュースから、『パパ』なんて呼ばれるとこそばゆいけど、悪い気持ちはしねえからいいか……。


「わ、分かった。『特別』に許可する。いつも、キララは一生懸命だしな。頑張ったご褒美だ」


 俺は可愛い娘からのお願いに負け、ミュースから『パパ』と呼ばれることに同意した。


 喜ぶキララの頭をワシワシと撫でてやると、俺の手とミュースの手を取ったキララが先頭を切って歩いて行った。


「やったー! 今日は『パパ』と『ママ』と一緒にミーちゃんのおっかいもの~♪」


「キララ、飴を持って走ったら危ないわ。店は逃げないからゆっくりいきましょう。それと、飴は『ママ』が持ってあげる。お買い物のあとにみんなで一緒に食べましょうね」


「うん! じゃあ、『ママ』が預かっておいてね。『パパ』勝手に食べたらダメだよ」


「はいはい。分かってるさ。さぁ、ミーちゃんの首輪を買いに行くぞ」


 喜ぶキララの姿を見て、俺たちは『家族』として行動することにした。

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