第28話 ふとしたことで謝罪大会が始まっていた
「うわぁああっ! ミーちゃん、街だよー。人がいっぱいいるー」
「み~、み~」
ミュースが作った外出用の背負い袋から顔を出したミーちゃんと一緒に、キララは街を見回していた。
行き交う人は新たな召喚勇者になったキララを知っているらしく、物珍しそうにこちらをチラチラと見ている。
少しでも行動に不審な者がいれば、即座に俺が魔法で拘束できるように準備は怠っていない。
そんな俺の気配を察したのか、ミュースも周りに注意を放っているようだ。
「ここはシラリク商店街通りと言い、王都で一番品物が揃うマーケットです。その分、人も多いですからキララ様ははぐれないようにわたくしと手を繋いでおいてくださいませ」
「う、うん。ミュースさんとおてて繋ぐー」
アレフティナ王国は裕福で、王都には多く人が住んでいる。
人が多ければ、彼らに商品を売るための商店などもたくさん軒を連ねていた。
その中でもこのシラリク商店街は、外国からの商人たちも集まる一番の繁華街であるのだ。
新たな召喚勇者だと国王より布告されたキララに、害意を持つ者がいないとも限らないので、警戒とともに『
パパとしては娘にへんな虫を寄せ付けるわけにはいかないので、勇者の力を全力で使って排除させてもらう。
神様、あんたがくれた勇者の力は娘を守るために最大限使わせてもらうぜ。
「ドーラス師も、そんなきょろきょろとしてないで、キララ様と手を繋いでください」
まるで俺が不審者とでも言いたげな視線を向けているミュースが、キララと手を繋ぐようにと言った。
俺は父親として娘に近づく不貞の輩を全力排除しようと……。
「ミュースさん、今日はなんかいつもより綺麗な恰好してる。パパとのお出かけだからなのー?」
「なっ!? べ、別にそういうわけではありません。わたくしはすでに神官長を辞した者ですので、外を歩くのに、あの神官服は着られないという理由だけです」
俺もキララの指摘の前から気になっていたが、いつもの神官服やエプロン姿とは違い、ミュースはおしゃれ着に着替えて印象をガラリと変えていた。
キララと二人、手を繋いで歩いていると仲の良い母娘と言っても誰も疑わないであろう。
「パパも、おてて出してー」
キララが隣を歩いていた俺に向けて笑顔で手を出していた。
王城の外に初めて出られて嬉しい気持ちが笑顔を弾ませているのだろう。
やっぱり、キララは笑っていた方がいい。
こちらへ来た当時の虚ろな目をした顔にだけは戻らないように頑張って面倒見ないとな。
「んんっ! ドーラス師、早くキララ様とお手を繋ぎください」
「ん? ああ、そうだな」
「やったー。二人とおてて繋いだー。えへへー」
俺は手を繋いで喜んでいるキララの顔を見て思わず頬が綻んでいた。
って、俺は今、ものすごく父親っぽい顔してるんだろうな……。
自分が手をかけて成長していく娘の姿って最高に可愛いすぎだろ!
「パパ―、ミュースさん、早く行こう!」
キララが俺たち二人の手を引っ張って、シラリク商店街通りに向かって走っていく。
「キララ様、走ったら危ないですよ」
「えへへ、ミュースさんとパパとおてて繋いでお買い物~♪ ミーちゃんの首輪を買いに行こう~♪」
「みー、みー」
えらくご機嫌なキララが節をつけて歌いながら、俺とミュースの顔を交互に見て走っていた。
すると、道の角から道化師のような化粧をした飴売りが不意に現われた。
「おや、これはこれは可愛い勇者のお嬢ちゃん、美味しい飴はいらんかね~。お父さんもお母さんも一緒にどうだい? 飴一個、銅貨三つだよ」
飴売りの飴は動物の姿をデフォルメした可愛らしいもので、その飴を見たキララの顔がパッと輝きを帯びた。
「パパぁ……」
ああ、キララのやつ、飴が欲しいんだな。
飴一個に銅貨三つはちょっとお高いが、初めての外出だし買い食いくらいはさせてやってもいいか……。
「分かった、分かった。買ってやるから安心しろ。その代わりキララが三つ選んでくれよ」
「わたしが選んでいいのっ!?」
「ああ、いいぞ」
「わたくしのもよろしくお願いしますね。キララ様」
俺は財布から飴売りに銅貨九枚を支払うと、飴を差した箱からキララに選ばせてやった。
「あー、迷っちゃうなぁー。わんちゃんと、とりさんと、ねこちゃん。うぅん、うさぎさんもいいなぁ」
真剣に飴を選ぶキララであったが、やがてうさぎと犬と鳥の飴を選んでいた。
「勇者のお嬢ちゃん毎度ありー。優しいお父さんと、綺麗なお母さんと一緒でうらやましいよ」
「えへへ、おじさん、いいでしょー。これからミーちゃんの首輪を買いに行くんだ」
飴売りから飴を受け取ったキララが、ニコニコと笑っていた。
どうやら、自分の父親と母親代わりの人を褒められて嬉しかったようだ。
それにしても知らない人でもあまり人見知りしないのは、キララのいいところだが、世の中いい大人だけじゃないからパパは心配で魔法が暴発しそうだぞ。
キララが無事飴を受け取ったことで、少しでも不穏な動きをしたら吹き飛ばすため、用意しておいた『
「おおぉ、そうかい。それは楽しみだね。ここは人も多いし気を付けていきなよ、勇者のお嬢ちゃん」
「うん、ありがとね。おじさん」
飴を受け取ったキララは上機嫌で飴売りに別れを告げると、黙って見ていたミュースが口を開いた。
「あ、あの。もしかして今、わたくしたちは家族と間違えられてませんでしたか?」
「あのおじさん、ミュースさんのこと『綺麗なお母さん』だってー。わたしもそう思うよ。ミュースさん、綺麗だもん」
「で、でも、わたくしはキララ様の教育係なだけでして……。けして、お母さんでは……」
ミュースの過去の事情を知った今、彼女の言葉の重さの意味を改めて感じている。
自分のうつした病気で我が子と夫を亡くした彼女には、再び自分の子に似たキララの母親になることへの恐怖があるのだと思う。
それは俺がこの前、抉った傷でもあった。
戸惑っているミュースの姿を見て、機会を狙って謝罪しようとしていた気持ちが一気に膨らみ言葉となって自分の口から溢れていた。
「ミュ、ミュース殿。この前の件は全面的に私が悪かった。だ、だから君が気にすることはない。君は素晴らしい母親だと思うぞ」
「ド、ドーラス師? 何を突然急に……」
「あ、いや。謝罪せねばと思っていたのだが、時を失してしまっていたのだ。君の事情はアドリー王とリーファ王妃から詳しく聞かせてもらった」
「え!? そ、そんな!」
「君は私を誤解している。私はキララが懐いている君を解任する気などさらさらないとだけ伝えさせてくれ」
キララは突然、俺が話し始めたことの意味が理解できてないようで、二人の間で視線をキョロキョロさせていた。
「ド、ドーラス師! そのような話はこのような場所でするような……」
「いや、今謝っておきたいと思ったのだ。無思慮な私の言葉がミュース殿の心を傷つけたことに変わりはない。すまなかった、許してくれ」
俺はミュースに頭を下げていた。
「ドーラス師! 頭を上げてください! わたくしが詳しい事情を説明せずにいたのも悪いのです。ドーラス師が謝る必要は何らありませんから」
「ミュ、ミュースさん。パパが何か悪いことしたの? だったら、わたしも一緒に謝るから許してあげて、お願い。お願いだからいい子にするから」
急に俺がミュースに頭を下げて謝罪したことで、キララはどうやら俺が彼女に対し悪いことをしたのだと思ったらしい。
ミュースに抱き着くと、俺を許してと謝ってくれていたのだ。
「ち、違います。キララ様、わたくしがドーラス師に隠し事をしたのが悪いのです。わたくしがキチンとしてれば……」
「いや、私の配慮が足らなかったんだ」
「違うよ。わたしがいい子にしてなかったのが悪いんだから……」
三人が三人とも『自分が悪い』とお互いに謝っていた。
その空気を察したのか、キララの背負い袋に入っていたミーちゃんが一声鳴いた。
「みー、みー」
途端にみんなが顔を見合わせる。
自然とみんなの顔が微笑んでいた。
「みんなで謝り合って、何だかおかしいですわね。ふふ」
「そ、そうだな。ふふふ」
「みんな一緒だぁ」
そんな俺たちを眺めていた街の人たちにも笑いの渦が拡がっていた。
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