第27話 見知らぬ天井で目覚めたら、大惨事だった


「パパー、起きて―! 朝だよー! 今日はみんなでミーちゃんの首輪を街に買いに行くんだよねー!」


「みー、みー」


 ミーちゃん、ほっぺたに肉球パンチはやめて。


 キララも朝から元気いっぱいだな……。


 きっと初めて王城の外に出られるのが楽しみなんだろう。


 昨夜はちゃんと寝れたのだろうか。


 でも今俺は二日酔いで頭がガンガンと痛みを発しているんだ。


 アドリー王が前祝いとか意味不明な理由を付けて始めた酒宴に、深夜まで付き合って酒を飲まされた。


 酒だけは嫌なことを忘れられるようにと、常時発動させてる状態異常無効化魔法から除外してあるのだ。


 こんなことなら、酒酔いも除外しておくべきだった。


 おー、イテテ……。


「あ、ああ。今起きる……。キララ、悪いが水を一杯ほど所望したい」


「ご用意してありますわ。どうせ、アドリー王と楽しく飲んでいらしたのでしょう」


 薄っすらと朝日の差し込む俺の部屋にキララだけでなく、寝巻姿のままのミュースがいて、少し困ったような顔で水を注いだコップを持っていた。


「ひゃぁ!? ミュ、ミュース殿!? なんでここに! って、いうかここ何処?」


「キララ様のお部屋ですわ。アドリー王の衛兵が深夜に連れてこられました。わたくしは床で十分と申しましたが、キララ様がベッドで寝かせるようにと言いましたのでこちらに寝かせました」


 ミュースの指摘に慌てて周囲を見渡すと、見覚えのあるキララの寝室だった。


 や、やっちまったー!! なんでキララの寝室で寝てるのさ、俺は!?


「それで、ドーラス師。お水はいるのですか?」


 想像外の場所で寝ていたことで挙動不審になった俺に、ミュースがコップを差し出していた。


「あ、あの……あ、あの……」


「なんです? わたくしの顔に何か付いてますか?」


 ミュースの顔を見て、一瞬、この前のことを謝らねばと思ったが、キララがいるため口にするのを躊躇してしまった。


 魔王を倒した勇者である俺だが、自分でも呆れるほどの不甲斐なさだった。


 萎んだ気持ちに押し込められて、彼女への謝罪の言葉が出ずにいた。


 タイミングを失ったことで、謝罪の件は再び機会を見て切り出すことにした。


「パパ、お酒くさーい! はやくお水飲んでー」


「みー、みー」


 キララとミーちゃんが、俺の顔に鼻を近づけて手であおいでいた。


「安心してください。わたくしたちはきちんと別の居室で寝ましたので」


「あ、はい。ありがとうございます」


 『この男は真面目そうに見えて、酒にだらしないのね』的なミュースの視線が痛いほど俺に突き刺さる。


 いや、酒を勧めたのはアドリー王とリーファ王妃だし、それに上司のお誘いを断るのは失礼に当たるでしょ。


 俺はミュースに差し出されたコップの水を受け取ると、恐る恐る飲んでいく。


 昨日、聞いた二人の話が嘘なんじゃないかと思えるくらい、ミュースの冷たい視線が俺に突き刺さっていた。


「パパー! わたしとミーちゃんとミュースさんは今から準備始めるから、パパも早くー!」


「みー、みー」


「わたくしは酒にだらしないドーラス師のためにスープを温め直しますから、一旦自室で着替えをして身支度を整えてきてください。それまでに朝食の準備はしておきますから。ほら、早く起きて」


 空になったコップを受け取ったミュースが着替えを済ませるようにと俺に促していた。


 それまでの冷たい視線を緩め、不意に見せた素のミュースの優しい表情に思わずドキリとしてしまう。


 俺の脳内に昨日のアドリー王とリーファ王妃の言葉が再生されていた。


 俺ももう三八歳……普通に日本にいたら家庭の一つでも持って、仕事をバリバリしたり、こうやって朝に奥さんに起こしてもらって、休日は子供と遊んだりしてたんだろうな。


 召喚され異世界で失った一五年は俺の人生設計を大いに狂わせてくれたぜ……。


「ドーラス師、わたくしの話を聞いてます?」


「あ、ああ。すまない、すぐに着替えてくる」


 真っ赤に照れた顔をミュースに見られるわけにはいかず、俺はそそくさとベッドから立ち上がる。


 そんな俺をキララが後ろから押してきた。


 どうやら俺に早く朝食を食べてもらい、王城の外に出たくてしょうがないらしい。


「パパ、早く、早くー。わたしが着替えのお手伝いしようかー」


「私はキララじゃないから、自分で着替えられるぞ」


「ぶー、キララもちゃんと自分で着替えられるもん! ミュースさんにもちゃんとお着替えできたって褒められたんだよ!」


「あー、すまん。そうだな、キララはやればできる子だった」


 少しむくれたキララの頭を撫でるとすぐに機嫌を直してくれた。


 俺はまだ酒が残る足取りで自室に戻り、新しい外出着に着替えミュースが準備してくれた朝食をすませると、ミーちゃんの首輪や買い物をするために外出することにした。

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