第26話 知らぬ間に陰険メガネ女が婚約者にされそうだった件
「自暴自棄になられたのですか……。でも、ミュース殿は私がこの国に流れてきた時にはすでに神官長という重職を担っておりましたが」
「ああ、ミュースの憔悴ぶりを見るに見かねて、わしが神官の仕事を世話してやったら、仕事をすることで現実から逃避するようになってな。わしらも、無理に厳しい現実を突きつけるのはミュースのためにならんと思ってそのままにしておいた」
「元々優秀な子だったから、あっという間に神官長まで昇進しちゃったけどね。『冷徹無慈悲の陰険メガネミュース』ってみんなから恐れられる存在になっちゃったけど、仕事に逃避することでなんとか壊れずに生きてこれたわ」
アドリー王とリーファ王妃は、ミュースのことを本当の娘のように心配している表情をしていた。
「前の姿を知らないドーラス君はミュースちゃんのことを誤解してるかもしれないけど、本当に気立てのいい、可愛い子だったのよ。もちろん、今もね」
初めて俺が王城に連れてこられた時に、ミュースから向けられたあの冷たい視線は、自分の精神を守るために被った仮面だったのか。
キララの世話をしている時のミュースが本来の姿なのかも知れないな。
そういった事情があったとすると、俺が投げかけた言葉はかなりきつい言葉だった。
二人から事情を聴いて、この前の件について自分の言動をミュースにキチンと謝罪をしておくべきだと悟った。
彼女の事情を詳しく知らなかったとはいえ、こちらの思いを一方的に押し付けた格好だ。
それに対しては誠意ある謝罪をせねば、これからも同僚として上手くやっていける自信がない。
「ミュース殿の事情を教えていただきありがとうございました」
「どうせミュースちゃんもそのうちドーラス君には言うつもりだったようだしね。この前、半泣きで『ドーラス師にキララ様の教育係を解任されてしまう、どうしましょう』って私の部屋に来てたからね。ちゃんと、事情は説明しなさいと言っておいたんだけどねぇ。まだ、言ってなかったようね」
ちょ!? そんな話聞いてませんけど!?
あの後、普通に俺にもキララにも接していたから、そんなこと言ってたなんて思いもしなかった。
「聞いてませんが……。べ、別にキララも慕っているし、解任なんてする気はさらさらないんですが……」
「でも、ミュースが変わったのはやはりキララ殿のおかげだな。彼女がこの世界に来てくれてミュースは憑き物が落ちたように元の性格に戻りつつある」
アドリー王は昔のミュースの姿を懐かしんでいるのか、目尻に涙が浮かんでいた。
「それにドーラス師の影響も若干はあると思うぞ。ドーラス師が来てからというものの、それまで仕事以外に興味を持たなかったミュースが毎度、毎度『あんな怪しい男を重用するのは危ない』と騒いでいたからな」
おっさん、それはミュースが仕事の障壁になる者を排除する仕事に励んでいたんじゃないのか……。
少なくとも俺はそう思う。
「ドーラス君なら年齢的にもミュースを嫁に迎えても問題ないからね。ほら、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアレフティナ王国筆頭宮廷魔導師様だし、やり手の元神官長の嫁を迎えて可愛い娘のキララちゃんのために国を乗っ取る算段しつつ、三人で家族になってみたらどう?」
おばさん、いきなり話が飛躍しすぎでしょ。
それにさらりと俺に謀反を勧めるんじゃない。
歳とか、似合いとか言われても相手が俺を嫌っているんだし。
キララには母親が必要だとは思うが……。
「おお、それは妙案だ。我が国最高の魔力を持つ宮廷魔導師殿が、ミュースを娶ってくれるなら、これほど嬉しいことはない。キララ殿も父と母を新たに得られて健やかに成長するであろうしな」
二人の間で話が勝手にまずい方向に進んでいく。
このままだと、なし崩し的に俺とミュースが夫婦になる話が決まってしまう気がした。
「お、お待ちください! そのような話をミュース殿にされたら、私が殺されます!」
「そんなことないわよー。ミュースちゃんがツンケンするのはドーラス君に気があるからに決まっているわ」
絶対にそんなことないと思うぞ。
仮にリーファ王妃とアドリー王から、俺と結婚するようにとミュースが言われたら、『ぜってー殺す』的な視線に晒されることは確実なはずだ。
「アドリー王、リーファ王妃。私がミュース殿の過去を聞いたことは絶対に内密にしておいてください。ただ、『同僚』として上手くはやってみせますのでご安心を」
「ドーラス師はかたくなであるなぁ……。分かった、気が変わったらすぐに教えてくれ。婚礼は派手にやってくれるとわしもありがたいぞ。なぁ、リーファ」
「ドーラス君の気持ちが固まってないなら、しょうがない。ミュースちゃんの方をけしかけるとしましょうか。ウフフ」
おばさん、人の話聞いてます?
俺、黙っておいてねって言ったよね?
もしかして、人の話を全く聞かない人ですか?
リーファ王妃に一抹の不安を覚えながらも、俺はアドリー王たちと差し向かいで酒を酌み交わし酔い潰れてしまった。
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