第25話 陰険メガネ女の過去を知り、自らの浅はかさを知る

「あらー、ドーラス君。お帰りかしら? ミーちゃんは元気にしてる?」


「今しがた寝てしまいましたよ。キララもそろそろ寝る準備をしてるかと」


 キララの居室を出ると、通路の角でリーファ王妃に出会った。


「そうなの。じゃあ、今行ったら、キララちゃんが寝なくてミュースちゃんに怒られちゃうわね」


 ちょうど二人きりだったので、この前ミュースが言った『子殺し』の意味をこの機会に聞いてみることにした。


 あの一件以来、ミュースは表向き明るく振る舞っているが、どこか俺に対し隔意を感じていたからだ。


「そうですな。今行くとミュース殿に怒られるのは確定だと思いますぞ。ところで、リーファ王妃は今お時間ありますか? 少し聞きたいことがあるのですが……」


「あらー、ドーラス君のナンパかしら? 私、人妻よー」


「違います! 人聞きの悪いこと言わないでください。ミュース殿がこの前自分は『子殺し』だから母親の資格はないと言ったのです。彼女の過去に何があったのか知っていたら教えて欲しいんですが……」


 ミュースのことを教えて欲しいと言うと、リーファ王妃の顔に真剣さを帯びていた。


「もしかして、惚れた?」


「違います! キララの教育係として同僚なのでどういった人物なのか詳しく知っておく必要があると判断しただけです」


「なるほど、惚れたのね。うんうん、その気持ち分かるわ。美人、仕事もできる、気立てもいい、料理も美味い、おっぱいも大きいってなれば落ちない男はいないものねー」


 このおばさん、人の話を聞かなさすぎる。


 俺は『同僚』として知っておきたいと言っただけだ。


 あと、おっぱいの大きさを聞いてるわけじゃない。


「んんっ! リーファ王妃、私は『同僚』としてミュース殿のことを知りたいと申したはずですが……」


「もうー、隠さなくても大丈夫よ。キララちゃんとミュースちゃんと家族っぽい共同生活もどきしてて、適齢期過ぎちゃってたドーラス君も家庭が持ちたいなーって思ったんでしょ」


「ち、違いますからっ!」


「いいのよ、恥ずかしがって隠さなくてー。いいわ、貴方ならミュースちゃんのこと任せられると思うし、彼女の過去に何があったかを教えてあげる。アドリーの方が詳しく知っているから、居室に来なさい」


 そう言ったリーファ王妃は俺の手を引くと、アドリー王の居室に向かい歩き始めていた。



「ほぅ、ついにドーラス師がミュースの魅力に落ちたか。絶大な魔力を持つドーラス師がこの地に腰を据えてくれるなら、わしもミュースを嫁に出すこともやぶさかではないぞ」


 ミュースの過去を聞きたいとリーファ王妃に告げたら、アドリー王の居室に連れ込まれ、今は王と王妃と差し向かいで酒宴をするハメに陥っていた。


「違います! 『同僚』として、彼女のことを把握しておこうと思っただけですから!」


「あらー、ドーラス君。照れちゃって可愛いー! いいのよ。ミュースちゃんはうちの自慢の娘だから」


 ん? 娘? ミュースが? そういえば国王夫妻は子供がいなかったような気が……。


「娘と言っても、正式な娘ではないがな。わしが王太子時代にリーファの懇願に負けて建てた孤児院出身だということだ」


 俺が不思議そうな顔をしたのを見て、アドリー王が補足の説明をしてくれた。


「孤児院? って、キララが通っている孤児院ですか?」


「そうよ。ミュースはそこの最初の卒業生ね。だから、私の一番最初の娘よ。アドリーと結婚する前から私は子供が産めない身体だったの。だから、孤児たちを世話する孤児院を王宮内に作らないと結婚してあげないって言ったら、この人馬鹿だから本当に作っちゃったのよねー。普通そこまでされたら結婚しちゃうでしょ」


「王位などは他の王族の子の中から利発そうな子を養子にして与えれば良いしな。わしはリーファと何がなんでも結婚したかったのだ。父王には散々こっぴどく叱られたし、廃嫡されかけたが、そうなっていたら身分を気にせずにリーファとイチャイチャできるからそっちの方が良かったのぅ」


 キララの通う孤児院の成り立ちが、王と王妃の惚気話とともに明かされていた。


 王様に子供産めないから孤児院下さいと迫る王妃もアレだが、その要望を受け入れる王の方もかなりアレな気がする。


 だが、ミュースがそこの孤児院の出身だったとはまったく分からなかったぜ。


 どこかの貴族令嬢とか、キチンとした家の子だと思ってた。


「ミュース殿が孤児院出身でしたか……」


「あらー、うちの孤児院はそんじょそこらの下っ端貴族よりも厳しい教育と作法を仕込まれる立派な教育施設よ。うちの子たちは若いうちから読み書き、計算、剣の稽古に家事全般とあらゆることを仕込まれるの。成人しても自活できるようにね。騎士団に入った子や代官になった子、商人として大成した子もいるし、貴族の夫人になった子もいるんだからね」


 リーファが孤児院の子たちの教育に精魂を傾けているのは、キララが通っているため知っていた。


 計算や文字などに加え、年齢が上がるとアレフティナ王国の歴史や宮廷儀礼や作法なども躾られるそうだ。


 そして、あの王立の孤児院はこの国でも最優秀に近い教育機関であるとの認識を国民も持っているらしい。


「そ、そうなんですね。で、ミュース殿は最初から孤児院に居たのですか?」


「ええ、最初からね。親が捨てた子だったから……。私が王城の前の門で見つけたの。名づけも私がしたから、本当に娘みたいな子よ」


「ミュースは優秀な子だったし、わしらの養子にしたかったんだがな……。一五歳の時に同じ孤児院出身で同じ歳だった騎士見習いのアークライトに見初められてな。ミュースも好いておったから結婚を許したのだが……」


 アドリー王が嫌な記憶を思い出したのか、それまでとは顔色を暗くして喋っていた。


 ミュースが結婚していたのは知っていたが、相手が同じ孤児院出身の騎士見習いだったとは初耳である。


「ミュース殿が結婚していたのは、本人からも聞いていましたし、リーファ王妃よりも伺っておりましたが……。結構、早く結婚をされたのですね」


「おお、そうじゃ。ミュース本人も旦那となったアークライトも若かったが、王都で二人して慎ましい生活をしておった。子も一年後にはすぐに出来てな。わしらにとっては初孫みたいに思えた可愛い子だったぞ。ミュースもアークライトもわしに名付け親になって欲しいと言いおってな。名をミランダと付けた」


 ミュースの夭折したという子の名前か……。


 本当に若くして母親になっていたんだな。


「その子がキララに似ているとか……」


「ミランダか。ああ、そうじゃな。あのまま成長しておれば、キララ殿に似た子になっておったかもしれん。ただ、三歳になったその時、王都に蔓延した流行り病にかかって死んでしまったがのう」


「そうね。ミュースちゃんに落ち度はなかったはずなんだけど……。最初に流行り病に罹ったのは彼女だったからねぇ。自分がミランダにうつしてしまったと責めて見てられなかった……」


 ミュースが言っていた『子殺し』という言葉の意味は、自分が子供に流行り病をうつしてしまったということか。


 そんなのどうしたって、一緒に暮らしていたらうつるだろう。


 それをずっと自分のせいにして責めて暮らしてきたのか……。


 けど、普通は旦那とかが立ち直れるように励ましたりするんじゃないか……。


「悪いことは続いてな。子を失ったミュースに追い打ちをかけるよう、すぐに夫のアークライトも流行り病で倒れて帰らぬ人になってしまったからな。それで、ミュースは完全に自暴自棄になってしまったのだ」


 マジか……旦那と子供をほぼ同時期に失ったのか……。


 どんだけ重い過去を持ってやがったんだよ。ミュースのやつは……。


 そんな人に俺は『母親』としてとか説教してたのかよ……。


 最低だろ、俺。


 俺は二人に教えられたミュースの過去にあった出来事を知って、自分が酷いことをしたと思い知らされていた。

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