第20話 王城の風物詩がとんでもなかった

 リーファ王妃とミュースから振る舞われたおいしい食事とデザートをみんなで堪能した後は、午後のスケジュールであるキララの剣術の個人指導に入っていた。


「いっち、にー、さん、しー、ごー、はち、きゅー」


「ろくとななが抜けてるぞ、キララ」


「えへへ、まちがえちゃったー。もう一回最初からいくねー。いっち、にー、さん、しー、ごー、ろく、なな、はち、きゅー、じゅう」


 今は剣の素振りをしながら、数の数え方の復習をしている。


 こっちの世界の数え方は日本とは微妙に違うため、午後の個人練習中に小学校でならう四則演算や読み書きも剣の修行に並行して勉強をしていた。


 元々、親が育児放棄ネグレクトしていたため、キララは保育園や小学校に行っていなかったのだ。


 なので、今は足し算と引き算、それにひらがなとカタカナを練習中である。


 孤児院でこっちの読み書きを覚えながらであるため、ゆっくりとしたペースであるが徐々に覚えてきていた。


「じゃあ、5+5は? 素振りしながら答えて」


 途端に素振りが乱れて力ないものに変わる。


「うーんと、えーっと」


「キララ、素振りが乱れてるから集中して。あと5+5の答えは?」


「う、うん。えーっと、えーっと」


 素振りに集中し直したキララにもういちど計算をさせていく。


 我ながらちょっとスパルタ教育であるという自覚はある。


 けれど、これができないと剣と魔法を同時に使うことができないのだ。


 魔法は脳でイメージして発動させるため、剣と同時に使うには脳で別々の処理をできる訓練が必要になる。


 そのための練習として、暗算をしながらの素振りをキララにさせていた。


「えっと、じゅう!! 合ってる?」


「正解、じゃあ次は8-5は。素振りを乱さずに」


「えーっと、えーっと」


 キララは真剣に計算をしながら素振りを続けていた。


 勇者としての教育も必要だが、普通に暮らしていくためのスキルを習得することも大事だ。


 こっちの世界がキララにとって住みやすいとはいえ、一応選択肢として日本への帰還もある。


 そのため、読んだり書けたりするのが異世界文字だけとかだと大惨事になってしまうので、あちらの世界に必要な教育もしていた。


 まぁ、うちの娘は天才だからこれくらい朝飯前にこなしてくれてるがな。


「分かったー! さんだー!」


「よーし、次は7+8」


「うー、むずかしいよー」


「指は使えないぞー」


 キララは、今の時点では一〇を超えると計算のスピードが著しく遅くなる。


 原因としては、頭の中で指を折って数えて計算しているからであると思われた。


「じゅう、いち、にー、さん、し、ごー。分かったーじゅうごー」


「正解、キララも指を使わずに計算できるようになったな。偉いぞ」


「えへへー。孤児院でも指を使わずに計算できるのは、みんなにすごいねーって褒めてもらえるんだ」


 この世界で生活して一五年になるが、こっちの世界で計算をできる人はあまりいない。


 できるのは商人や貴族層などの一部に限られ、多くの者は読み書きすらも怪しい者が多いのだ。


 そんな世界でありながら、この国の王は孤児たちに読み書きと計算を教えて成人後、職に困らないようにしている。


 まったく俺が召喚された国の王とは大違いだぜ。


 思い出すだけでも吐き気がする、あのクソ王ムエン王は本当に人としてクズだったからな。


「キララは優秀だからな。私も父親として鼻が高い。だが、素振りはサボっちゃダメだぞ」


「はーい。勇者としても頑張らないとー」


「みー、みー」


 キララが素振りをしているのを見ていたら、どこからか変な鳴き声が聞こえてきた。


「パ、パパ。なんか、へんな鳴き声がするー。どこからだろう」


「みー、みー」


 この声……まさか、この声は……。


 まさか、だよな……。


 そんなわけが……。


 ここは王城の中だし。


 でも万が一に備え、一応生命感知ライフビジョンで周囲を探るか……。


 俺は周囲に生命感知ライフビジョンを発動させていった。


「みー、みー」


 中庭の端の草むらが光っているのが見えた。


 色は……赤!?敵性モンスター


 とっさにキララを守るように前に立つ。


「パ、パパ。どうしたの?」


「魔物だ! キララ、すぐに私の後ろに来なさい。王城内に魔物が出るなんて聞いてないぞ!?]


「魔物って、魔王の手下だ、だよね?」


「キララ様ぁー、ドーラス師。いちど休憩をされてはいかがでしょうか」


 ちょうどその時、中庭に飲み物を運んできたミュースが、俺たちに声をかけてきた。


 そのミュースのいる草むらの近くで敵性モンスターの反応を示している。


「ミュース殿! 来るな! そこに魔物がいる!」


 マジか……マジか……マジか! どうする、このままだとミュースが魔物に襲われちまう。


 ずっと平穏な生活が続いて油断しまくってたぜ……魔法が間に合うか……。


 こんな超安全地帯なはずの王城で敵性モンスターが居るなんて、油断も隙もなさすぎだろ。


 俺が居た危険地帯だらけのゼペルギアでも、王城だけは超安全地帯だったんだぞ。


 王城から一歩出れば、めちゃくちゃ強い魔物がウロウロしてたが、王城だけはあのクソ王ムエン王が非常に強力な結界を張ってた。


 安全な場所からニヤニヤした顔で、俺を魔王討伐に追いやったクソ王ムエン王の顔を思い出したら、国を捨てた際に封印したはずの怒りが再燃しそうだった。


 って、違う。今はミュースを助けるのが先決だ。


「ドーラス師!? 何をそのように怖い顔をされて、慌てておられるのです!?」


 お茶を持ってきたミュースが、こちらを見て首を傾げている。


「だから、そこに魔物が!!」


「みー、みー」


 草むらが揺れたかと思うと、ミュースの前に魔物と思われる物体が飛び出した。


「あら、こんなところにまで入り込んで……。二尾猫ツインテールキャットの子供ですね。産まれたてみたいだし親が子育てを放棄したのかしら?」


 ミュースが飛び出した物体を片手で摘まみ上げてこちらに見せていた。

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