第17話 絵本の読み聞かせたら、自分の辛い過去思い出した
絵本か、何を読んでやるかな……。
俺は書棚にしまわれていた本の中から、キララが所望した絵本を物色していく。
この世界に来てすでに一五年が過ぎた俺は、この世界の読み書きもバッチリと習得済みである。
『囚われ姫と落ちこぼれ勇者』にしとくか。
これならそんなに難しくないし、短いからな。
そうして読んでやる絵本を選んでいると、歯磨きと着替えを終えたキララがミュースとともに戻ってきて、部屋のソファーに座った。
「パパ準備できたよー。さぁ、絵本読んでー」
「キララ様、わたくしは食事の後片付けをしてまいります。もし、眠くなったらドーラス師にベッドに運んでもらってくださいませ」
「はーい」
そう言ったミュースは、俺に『後はお任せしますね』的視線を送ってくる。
きっと、腹もいっぱいだし、運動もいっぱいしたからすぐに寝てしまうだろうしな。
キララが寝たら、飯のお礼にベッドくらいまでなら運んで寝かしつけてやる。
「眠ってしまったら私に任せておけ。じゃあ今日は『囚われ姫と落ちこぼれ勇者』ってお話を読んでやろう。そこで絵が見えるか?」
ソファーに横たわり、俺の膝に頭を乗せたキララに絵が見えるように本を開いてやる。
「うん! 見えるよー。『囚われ姫と落ちこぼれ勇者』かー。どんな話かなー。楽しみー」
「じゃあいくぞ。むかし、むかしあるところに勇者とは名ばかりの病弱な少年が一人いました」
この話を選んだ理由は、主人公の勇者が、俺みたいに才能がなく弱くて、みんなから馬鹿にされていた少年だったからだ。
でもこの勇者は弱くても馬鹿にされても、囚われた姫との約束したどんな時も勇気を失わず行動することを実践した。
何度負けても魔物に戦いを挑み、ついには魔王に囚われた姫を助ける話なんだ。
俺はこの主人公と同じく才能も与えられず、ゼペルギアの国民からも馬鹿にされた苦い記憶がある。
なのであまり好きな話ではないが、キララには立派な勇者になって欲しいので読んで聞かせることにした。
「頑張ってー勇者さんー。負けちゃダメだよー。頑張ったら、絶対に勝てるからぁ!」
今は勇者が魔王軍の猛攻の前に、戦う意欲を失いかけている場面である。
圧倒的な魔王軍の前に勇者の主人公は村を守り切れずに心が折れかけているのだ。
昔、俺もこれと同じような場面に遭遇した。
ゼペルギア国内の寒村に魔王軍が大挙して襲ってきて、戦うのは俺一人。
圧倒的な戦力差で囲まれ奮戦虚しく、俺は倒れ、村は壊滅したことがある。
幸い村人たちは先に逃がせていたので、人的被害は軽微だった。
だが、その後村人からは村を壊されたと非難が殺到し、俺は傷ついたのを覚えている。
そんな苦い記憶を思い出しながら、俺は絵本を読み進めていく。
「勇者はその時、お姫様とした『どんな時も勇気を持って行動する』という約束を思い出していた」
「んー! 負けないでー勇者さん! 魔王軍なんかやっつけちゃえー!」
「すると、姫様との約束を思い出した勇者に、勇気が宿り新たな力を授けました。勇者は真の勇者となり、多くの魔物たちを退け、村を助けることに成功しました」
「やったー! すごい! すごいよ! 勇者さん! 魔王軍に勝った!」
せっかく楽しんでくれているし、お話しだから勝たなきゃ話が進まないってことは言わないでおこう。
実際の勇者の成長は地道なLVアップのための戦闘でしか強くなれないが、キララの素質は歴代最高だった。
俺がしっかりとサポートすれば、問題なく勇者として大成長できるはずだ。
「村を救ったことで勢いに乗った勇者は、単身魔王の城に挑み、ついに魔王との直接対決をすることになりました」
「魔王って強いのかなー。あー、気になるよ。勇者さんどうなっちゃうのー」
俺が倒した魔王は超回復とか、範囲魔法攻撃、魔物召喚、物理魔法防御を上げる障壁って揃ってた魔王だったな。
固いし、すぐに回復するし、味方を呼ぶし、面倒臭い魔王だったぞ。
LV99まで上げた俺じゃなきゃ、きっと倒せなかった魔王だと断言できる。
「ついに勇者の剣は魔王の身体をとらえると、勇気の力をすべて注ぎ込んで魔王を倒すことに成功しました。こうして、勇者は囚われていた姫を助け出し、その後姫を娶り王として長く国民に愛されることとなりました。おしまい」
「うあぁああ!! やったー! 勇者さん、魔王に勝ったー! やったー! やったー! すごいねー勇者さん」
絵本を読んでいる内に眠ってしまうかと思ったキララだったが、ことのほか絵本が面白かったようで、元気にはしゃいだままであった。
「ああ、勇者っていうのは最後の最後まで勇気ある行動を忘れない者って意味だからな。この勇者は負けそうになっても逃げださずに頑張ったやつだ」
「キララもそんな勇者になれるかなー?」
「ああ、きっとなれるさ。パパが教育係だからな。きっとこの世界一の勇者になれるさ」
俺は喜ぶキララの頭をそっと撫でてやる。
こっちにきて一五年も経ってるし、三八歳の俺にだって日本で子供がいてもおかしくない歳だ。
そう思うと、この世界でキララと出会えたのは、意地悪しかしてこなかったこの世界の神が罪滅ぼしに俺に与えてくれたご褒美かもしれない。
「あらあら、まだ起きていらしたのですか。キララ様、そろそろベッドに参りましょう」
「はーい。パパの選んでくれた絵本が面白かったんだー。あー、しあわせー!」
台所の片づけを終え、お揃いの寝巻に着替えたミュースがキララを迎えに来ていた。
体調が戻ってもキララが一人寝を怖がるので、ずっとミュースに頼んで一緒に寝ていてもらったのだ。
寝巻姿のミュースも神官服とはまた違った趣があるな……。
とってもキララのお母さんっぽいぞ。
悪くはない、悪くはないんだが……。
その『変な目で見たらぶっ殺すぞ』的な視線が怖いんですけども。
今俺が、キララの『ママ』になってくれと申し出たら、視線だけで殺されてしまうかもしれなかった。
「んんっ! ドーラス師、キララ様もわたくしもこれから寝ますので、そろそろ退散をしていただけますでしょうか!」
「あ、ああ。そうしよう。さぁ、キララ今日はこれまでだ」
「うん、お休みー! また明日!」
キララがミュースに手を引かれて寝室に向かったので、俺も自分の居室に戻ることにした。
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