第16話 女子の不思議は甘い物は別腹だよねって言葉

 先ほどのことがあって、微妙な空気になるかと思った夕食だが、なぜかミュースの機嫌がとても良く豪勢な料理が並んでいた。


 そして、その豪勢な料理を俺たちは腹いっぱいにおさめていた。


「あー、お腹いっぱいだよー。ミュースさんのご飯おいしかったー。わたし、幸せー」


 心なしかキララのお腹がポッコリと膨らんでいる気がした。


 まぁ、俺の腹もはち切れんばかりに膨らんでいるが……。


「お粗末様でした。キララ様が喜んで頂けて光栄ですわ。でも、とっておきのデザートがあるんですが、お腹がいっぱいなら明日に取っておきましょうか?」


 ミュースはニコニコと今までに見せたことのないほどの笑顔で、デザートがあると申し出てきていた。


 よほど、キララから『ママ』と呼ばれたのが嬉しかったのだろうか。


 大盤振る舞いが過ぎる気がするが?


 俺はデザートと聞いて、自分の腹を思わず見てしまった。


「デザート!? 甘いやつかなー。た、食べるよー。デザートはおなかいっぱいでも食べられるんだよー」


 うちの娘は異次元の胃袋を持っているようだ……。


 君、今さっきお腹いっぱいとか言ってたよね?


「承知しました。では、今からお持ちしますのでお待ちください。ドーラス師も召し上がりますか?」


 ああ、ミュースも『娘が食べるって言ってるのに父親が食わないなんて言いませんよね?』的な視線はやめてくれ。


 食うから、ちゃんと食うから。


「ああ、頂こうか」


「やったー!」


「だいぶ体調も良くなったから、これからはどんどん食べた方がいい。キララはちょっと痩せすぎだからな。剣を振るにも体力はいっぱいいるし」


 キララの体調はほとんど元通りに回復しており、食事は通常のものにしてもらっているが、今まで食べてなかった分を取り戻すかのようにいっぱい食べてくれていた。


 それと、リーファ王妃が太鼓判を押した家事スキル万能であるミュースの作る飯が異様に美味い。


 キララの教育係を拝命してからは、俺も一緒に毒見係としてミュースの作る料理を食べているのだ。


 おかげで、俺とキララの舌は彼女の作る料理に慣らされてしまっている。


「お待たせしました。アップルの果肉をいっぱい使ったアップルパイです。さぁ、召し上がれ」


 目の前に置かれた皿には結構な量のデザートが乗っていた。


 ミュースがアップルパイだって言うから、切り分けた一切れかと思ったが、ホールできた、ホールで……。


 明らかに量がおかしいだろ、これ……。


「わぁーーー! アップルパイだぁー! いっぱいあるから作ってくれたミュースさんにもおすそ分けー。一口どうぞー。はい、あーん」


「あら、わたくしにも頂けるのですか!? では、失礼してあーん。うん、ちゃんとおいしくできておりますわ。お返しにキララ様にも食べさせてあげましょう。はい、あーん」


「あーん。んっーーーー!! あまーい! おいっしいぃーーー! ミュースさんのアップルパイ美味しいよー。いくらでも食べれる!」


 大きな皿に置かれたアップルパイが、どんどんとキララの小さな体に収納されていく。


 さっきまで腹いっぱい夕食を食ってたのに、どこにそのアップルパイが消えるんだ。


 やっぱ、デザートは別腹なのか! そうなのか!


「ドーラス師はお口に合いませんでしょうか? 一口も口をつけておられませんが?」


 ミュースの単眼鏡モノクルが、俺のもとに出されたアップルパイが減っていないのを見つめていた。


 『残しやがったら、次から飯抜きにすんぞ!』的な視線が俺に突き刺さる。


 分かってるさ。食えばいいんだろ、食えば。


 俺だってこれくらいならどうということはない。


「素晴らしい出来のアップルパイに魅了されていただけですよ。さて、私も頂くとしよう」


 パイ生地をナイフで切り分け、一口サイズにしたアップルパイをフォークで口へ運ぶ。


 甘いだけじゃなくて、アップルの甘味にレモンの酸味やラム酒漬けのレーズンがバランス良く調和しているな。


 甘い一辺倒のパイじゃないから、もたれることもなく次の一口を欲しがっちまう……。


 やべえ、この皿一つペロリといけるかもしれねぇぞ、これ。


「うん、美味い。ミュース殿、これは美味いぞ。たぶん、私が食べたアップルパイで一番美味いやつだ」


「褒めて頂きありがとうございます」


 人の秘密の詮索をするのが大好きな女ではあるが、料理の腕が超一流なのは認めてやってもいいぞ。


 間違いなくこの味なら現代日本でも人気店になれる味だと思う。


 ああ、フォークが止まらんぞ。


「パパ……」


 無心でミュースのアップルパイを食べていたら、隣に座るキララから袖を引かれた。


 気になったので、そちらを向くと、すでにアップルパイを食い終えたキララが、俺の分を物欲しそうに見て涎を垂らしていた。


 どうやらうちの娘の胃袋は成長期に入っていたようだ。


「ん? 一切れ欲しいか?」


「う、うん!! 欲しい!! 食べたい!! いいの!」


「しょうがない、一切れあげるから、まずは涎を拭くぞ」


 俺はひざ掛けにしていたナプキンでキララの口の端を拭うと、自分のアップルパイを大きめに切り分け、彼女の口に運ぶ。


「ほら、あーんして」


「あーん。んーっ!! やっぱおいしいー! わたししあわせすぎるよー。ミュースさんしあわせのお裾分けにギューってしてあげるー」


 アップルパイを食べながら、席を立ったキララがしあわせのお裾分けと称し、ミュースの身体に抱き着いて甘えていた。


 たかがアップルパイの一切れで大げさなと思ったが、キララの歩んできた人生だと、これがトンデモなく贅沢なことなんだろう。


「あらー、本当ならお口に入れて席を立つのはマナー違反ですけど今日は許してさしあげますわ。わたくしもキララ様にしあわせのお裾分けしてもらえて、しあわせですからね。では、こちらもお返しにギュー」


「ミュースさんにギューしてもらえた。わたし、しあわせだなー。これ夢じゃないといいなー」


 そういえばミュースの年齢は三〇代だと聞いているから、年齢からしてキララの母親と同じくらいになるのかな。


 キララに聞いたら向こうでは物心つくかつかないかくらいで育児放棄ネグレクトされたから、甘えられる存在に飢えているのは分かっていた。


 ミュースも髪色や目の色が日本人っぽいので、このまま母娘ですって言われれば、『さすがに似てますね』って答えが返ってきそうだった。


「さて、デザートも終わったし、後は寝るまで自由時間にしよう。キララは何かしたいことがあるか?」


「えーと、えーっと。そうだ! パパの膝枕で絵本読んで欲しいー!」


「いいぞ。今日は一日頑張ったからご褒美に絵本読んでやろう」


「わーい! やったー!」


「キララ様、ドーラス師に絵本を読んでもらう前にキチンと歯磨きと着替えを済ませておきましょう。そうしないときっとそのまま寝てしまいますからね」


「はーい。パパ、待っててね。すぐに戻ってくるから―!」


 ミュースがキララを連れて部屋の奥に消えていった。

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