第14話 娘の手料理が食べられるチャンスが来た


 王たちの歓待を終えて居室に戻ってきたキララを、俺とミュースが出迎えていた。


「キララ、今日はよく頑張ったな。パパはキララがみんなから褒められて誇らしい気分だったぞ」


 戻ってきたキララは少し疲れた顔をしていたが、大役を果たした充実感からかいつにも増して顔が輝いて見えた。


「えへへー、今日は王様も王妃様も知らないおじさんたちも、みんなキララがすごいって褒めてくれたよー。わたしすごいのかなぁ……全然、そんなの分らないんだけど……」


 飛び込んできたキララを抱き留めると、頭をそっと撫でてやる。


 娘の喜ぶ顔を見ると、自分が褒められたこと以上に心が躍るのを感じていた。


 この笑顔が見えるなら、俺はなんだってできるだろうな……うちの子はクッソ可愛すぎるぜ……はぁ、幸せってこういうことを言ってんだな。


 ひょんなことから子持ちになったけど、これは色々とこの世界で虐げられた俺への神様からのご褒美だと思うことにしよう。


「キララ様はとーっても素晴らしい勇者様になれると思いますよ。わたくしが保証いたしますわ。なので、今日の夕食はお祝いも兼ねてキララ様が食べたいと申していた『ハンバーグ』にいたしました。我がアレフティナ王国も召喚勇者様たちの知識が流入しておりますので、きっと満足していただけるかと思います」


「うわーい! やったー! 『ハンバーグ』! ミュースさん、ありがとー。あ、でもパパーわたし食べていいの!」


 ミュースからのご褒美である『ハンバーグ』を食べていいかと、キララが俺の顔を見ていた。


「ああ、いいぞ。体調もだいぶ戻ってきたからな。これからはタップリと栄養を取って大きくならないと」


「わぁーーいっ! ハンバーグが食べれるよー! あー、夕ご飯が楽しみだなぁー、早く時間にならないかなー。パパとミュースさんも一緒に食べてくれるよね?」


「ああ、ミュース神官長は今日からキララ専属の教育係になったからな。一緒に生活して生活全般のマナーや家事なんかはミュース殿がすべて教えてくれるぞ」


「ええっ!? ほんと! ミュースさんと一緒に暮らせるの!?」


「ええ、そうですわ。キララ様がお嫌でなければ、このお部屋で一緒に生活をさせてもらいます。よろしいでしょうか?」


「え、えっと」


 キララがチラリと俺の顔色を窺っている。


 頭のいいキララは、ミュースに俺の正体がバレてはマズいのではと気を利かせてくれたのだろう。


 俺はコクンと了承を示す頷きを返した。


「その件はミュース殿とは話し合っているから大丈夫だ。私は自室があるので、今日から夜はミュース殿と一緒に寝てもらうがな」


「そうなんだ……。やったぁああー! ミュースさん、よろしくねー」


 俺に抱っこされていたキララが地面に下りたと思うと、ミュースに向かって抱き着いていた。


「あぁ、キララ様……。こちらこそ、よろしくお願いします」


「ミュースさんは優しかった頃のママと一緒の匂いがするー。えへへー、いい匂いだなあ」


 やはり、キララは甘えられる対象を探していたようだ。


 俺にも甘えてくれるが、それ以上に母を求めていたのかもしれない。


 そういった意味ではミュースの存在はキララにとって良い母親代わりになる可能性があった。


「ああ、そうですわ。どうせならキララ様の体調も戻ってきていますので、『ハンバーグ』作りのお手伝いをしてもらいましょう」


「おぉ、それはいいな。キララ、どうだやってみるか?」


「う、うん。やってみたい。失敗しないようにちゃんと頑張るから」


 ミュースからご飯作りのお手伝いを頼まれたキララが緊張していた。


 何事も経験が必要だ。


 それに失敗しても娘の作った物であれば、俺が全力で美味しくいただく所存であるので安心して欲しい。


「では、すぐにお召し物を着替えて夕食作りを始めましょう。さぁ、こちらへ」


「うんっ!」


 ミュースに手を引かれてキララは着替えのため奥の部屋に消えていった。


 これはまた『動画保存ムービングメモリー』で保存せねば……。


 タイトルは『キララ、初めてのお料理編』で決まりだな。


 着替えを終えて戻ってくる二人を、俺は水晶玉を持ちながらソワソワして待っていた。


 普段着に着替えて戻ってきた二人は料理用のエプロンを付け、髪が落ちないように三角巾をしていた。


 アレフティナ王国を始め、このユズシラドル世界各国は召喚勇者として地球人を呼ぶ歴史を繰り返してきたことにより、地球の文化、食事なども流入した世界となっていた。


 今二人が着ている三角巾やエプロンも召喚勇者によって持ち込まれた文化や知識から取り込まれた物である。


 俺はそんなことを考えつつ、下準備を始めた二人を『動画保存ムービングメモリー』に収めていた。


「まずはしっかりと手を綺麗にしてくださいね。料理を作る最初の基本です」


「はーい。ミュースさん、おててに石鹸つけるの?」


「そうですわね。しっかりと石鹸で菌を落としましょう」


 ミュースがキララの手を水瓶から取り出した水と石鹸で入念に洗っていた。


 そして、ミュース自身もやり過ぎではと思うくらいにゴシゴシと綺麗に手を洗っている。


 準備を終えた二人が料理を作り始めた。


「キララ様にはハンバーグのタネを作ってもらいましょう。手順としては器に挽き肉を入れ、塩を振って指で握り潰すようにこねる。ピンク色に変わり細い糸が引くようになれば大丈夫ですよ」


「う、うん。やってみるね」


 ミュースが用意した器には挽き肉が入られており、その肉をキララが一生懸命に指で握り潰していく。


「う~ん、いいねぇ。その表情いいよ。あー、最高だね」


「ドーラス師、 わたくしもあとでキチンとその『動画保存ムービングメモリー』を拝見させてくださいませ。キララ様の雄姿が収録されているか、確認せねばなりませんから」


「ああ、分かっている。『キララ、初めてのお料理編』はアレフティナ王国で大ヒット間違いなしの超大作になるぞ」


 俺は一生懸命に料理のお手伝いをするキララの姿を懸命に『動画保存ムービングメモリー』の水晶玉に収めていた。


 これは複製を作って、キララを孫のように思ってくれている王と王妃にも献上した方がいいな。


 きっと二人も喜ぶだろうし。


「パパ、ミュースさん、これでいいのかな……」


「んー、もう少し潰した方が美味しくなりますね。あと『美味しくなあれ』って言いながら作ると美味しくなりますよ」


「そ、そうなの! す、すぐに言うから『美味しくなあれ』『美味しくなあれ』『美味しくなあれ』。あー、これで美味しくなったかなぁ」


 うぉおおっ! うちの娘は最高に可愛いぞ! パパはもう萌え萌えキュンキュンやでー! ちくしょうめっ!


 おっといかん、あまりにも娘が可愛すぎたから取り乱したぜ。


 声には出てないよな……。


「ドーラス師……『萌え萌えキュンキュン』って何です? いかがわしい言葉に感じられますが」


 ミュースからの厳しい視線が俺に突き刺さった。


 しまった! 声に出ちまってた!


 思わず動揺が顔に出てしまう。


「ひぇ!? いや、これは古来日本に伝わる『美味しく食べるための作法』の一つでしてな……特にいかがわしい言葉ではありませんぞ」


「パパ、顔真っ赤ー! 照れてるのー?」


「ち、違うぞ! 照れてなんてないからっ! さぁ、私のことはいいから食事作りを進めて、進めて」


「何か腑に落ちませんが……まぁ、いいでしょう。ではキララ様、次は炒め玉ねぎ、牛乳、溶き卵、パン粉、こしょう、ナツメグを加えていきます。材料を入れるごとにしっかりこねて肉ダネに馴染ませてくださいね」


「はーい! 頑張るぞー!」


 何とか俺への追及を振り切って、二人は再びハンバーグの肉ダネ作りを始めていった。


 その二人が並んでいるのを見ると、完全に母娘としか見えない。


 一生懸命にお手伝いをするキララをミュースが優しく見つめ間違っていると、優しくお手本を見せてあげていたのだ。


 俺以外にはあまり甘えることをしないキララも、召喚されて以来世話をしてくれているミュースには甘えることを遠慮しないようだ。


 そんな仲睦まじい二人の姿を『動画保存ムービングメモリー』に収めていく。


「で、できたー! パパー、できたよー! あとはミュースさんが焼いてくれるってー。あー、疲れたけど楽しかったぁ」


 ハンバーグのタネを好きな形に成型し終えたキララが手を洗ってテーブルに戻ってきた。


 さすがに火を扱わせるのはまだ早いとミュースは判断したようで、焼き上げは彼女がしてくれることになったようだ。


「えらいぞ! さすが、パパの娘だな。初めてでこれだけ上手くやれるとは……。キララの料理している姿はバッチリ収めたから安心してくれ」


「えへへー、パパに褒めてもらえたー。嬉しいなぁ。頑張ってよかったー」


 キララが俺の身体にギュッと抱き着いてくる。


 その体温は俺の傷ついてやさぐれていた心を癒してくれる温かく安心できるものであった。


「パパは、キララみたいな娘を持てて最高に幸せだぞ」


「キララもパパと一緒に暮らせて幸せだよ」


「んんっ! お二人とも仲が良いのはよろしいですが、わたくしも仲間に入れてもらえますでしょうか?」


 焼き上がったハンバーグを器に盛りつけて持ってきたミュースが、俺たちを見て咳ばらいをした。


「うん、いいよー。ミュースさんはこっちー」


 キララがミュースに対し、俺の反対側の椅子に座るように手招きする。


 皿をテーブルに置いたミュースが俺の反対側の席に座ると、両方の間にキララが入り抱き着いてきた。


「二人とも大好きー。これからも仲良くしてね」


「まぁ、キララ様ったら……」


「ああ、仲良くはするつもりだぞ」


 俺は隣に座ったミュースに視線を合わせると、三人で笑い合っていた。


 この瞬間だけは誰一人血は繋がっていないけど『家族』だと思えた。


「やったぁ! これでわたしも安心だぁ。安心したらお腹すいたー。早く『ハンバーグ』食べようよー」


「まぁ、キララ様は食いしん坊になりそうですわね。すぐに他の準備を済ませますからお待ちくださいませ」


「私も運ぶ手伝いくらいはしよう。キララ、パパと競争だ」


「パパ、待って! ズルーい」


 その日の夕食は非常に美味しかったことだけは、生涯忘れない記憶に残ることとなった。

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