第13話 陰険メガネ女に正体が露見して危機一髪

 キララの勇者認定式典は最高の結果で終了していた。


 なにせ、歴代最強の素質を持つ勇者様だったからだ。


 素質は最高。


地道にLVアップを繰り返せば、最強勇者はほぼ確定というのが、この世界で与えられたキララの勇者としての能力であった。


 とはいえ、アレフティナ王国は魔王軍の差し迫った脅威に晒されているわけでもない。


あまり強すぎる勇者は忌避されかねないため、年少であり成長に時間のかかるキララは、自国の安全保障要員として最高の人材を迎えられたと大臣たちも喜んでいた。


 おかげでキララの評価はうなぎのぼりとなって、就任に反対していた大臣たちも手のひらを返したようにキララを褒め称えていたのだ。


 まったく、現金なやつらだぜ。


 とはいえ、これでキララはゆっくりと時間をかけて勇者としても娘としても育てられる時間を与えられた。


 式典後、キララはリーファ王妃とアドリー王に連れられて正式な召喚勇者として歓待を受けることになった。


 その間に俺はキララの養育者兼教育係として、ミュース神官長と娘の今後について話し合いをしておくことにした。


 神殿にある神殿長室に入り、ミュース神官長が勧めるソファーに腰をかける。


「さて、お時間も限られているため、単刀直入に本題に入らせてもらいますよ、ドーラス師……。いや、魔王を倒した元ゼペルギア王国勇者のヤマト・ミヤマ殿と言った方がよろしいでしょうか?」


 執務をするために使っている椅子に腰かけたミュース神官長の単眼鏡モノクルが、ロウソクの光を反射して光って見えた。


 この陰険メガネ女、前々からこっちの素性を詮索していたが、ついに俺の正体を突き止めやがったか!


 しかし、こんなタイミングで俺が魔王を倒した召喚勇者だと、ミュース神官長に気付かれるとは想定外だぜ。


 ここは、しらばっくれておくしかないか……。


 そうしないと、色々とあらぬ詮索をされ、アドリー王へ告げ口をしてキララの養育権を取り上げられかねない。


 俺は平静を装いミュースの追及を逸らすことにした。


「ミュース神官長、私の名はドーラスですぞ。ゼぺルギア出身とはいえ、私は若くして国を出た身。彼の国が召喚した勇者のことなど知りもしない男です」


「そのように誤魔化されると思い、半年ほど前に人相書きを持たせた部下をゼぺルギア王国に派遣し、情報収集をさせておりました。その部下が今さっき帰還したところです。もたらされた情報からドーラス師、貴方がゼぺルギア王国から逃げ出した元召喚勇者ヤマト・ミヤマだという結論に達しております」


 机に肘を突き、組んだ手の上に顎を置いたミュース神官長の眼がスッと細くなる。


 俺が筆頭宮廷魔導師になった半年前から、ゼペルギアに部下を送っていただと!?


 俺がアドリー王に仕えるようになって一年、最初から素性の怪しい者として敵視されていたのは知っているが、そこまで調べられていたとは……。


 この陰険メガネ女……やっぱり侮れねぇな……。


 だが、ここで俺が元召喚勇者であることを認めるわけにはいかなかった。


「ミュース神官長、それは人違いですぞ。私はただのしがない治療師ですぞ」


「いえ、キララ様を召喚する際に見せた膨大な魔力。あれはこの世界の人では出せない量の魔力です。しかも、召喚された者の中でも、あの魔力は高レベルの勇者しか無理となれば、ドーラス師がヤマト・ミヤマ氏である証拠としては十分でしょう」


「そのようなことは……この魔力は修練の結果でして……」


 俺の心情を見透かしたようにミュース神官長の視線がこちらへ注がれた。


 くっそ、そこに気付かれたか!


 やはり、この陰険メガネ女の前で全力を使ったのがまずかったか……。


 帰還できる方法があると聞いて、張り切ったのが裏目に出た。


「そうそう、ゼペルギアではこのような手配書と『動画保存ムービングメモリー』の水晶玉が国内に配布されているようですよ」


 ミュース神官長が差し出した手配書には、俺の似顔絵が書かれ水晶玉には勇者だった頃の姿が映し出されていた。


 二つの証拠を突きつけられ正体を完全に見抜かれたと思い、俺の背中には冷たい汗が流れ落ちていた。


「くっ! 何が望みだ!」


 ミュース神官長の唇が悪魔のごとく吊り上がる。


 この陰険メガネ悪魔め……俺にどんな対価を求めるつもりだ。


「ふっ、簡単なことですわ。一つわたくしの願いを聞いて頂ければこの件は口を噤むつもりです。どうです、わたくしと取引いたしますか?」


「そんなこと言って俺に選択肢はないのだろう?」


「さすが虐げられた召喚勇者様であらせられる。理解が早くて助かりますわ。わたくしからの要求は一点。わたくしを『キララ様の専属教育係』にすることですわ。それさえ認めていただければ、ドーラス師の正体については口を噤みます。リーファ王妃から聞いた話ではドーラス師はわたくしが『キララ様の教育係』になることに難色を示されたようで……」


「は、はぁ!?」


 ミュース神官長の言っている意味が理解できなかった。


 この女は他国人である俺を王国の重職から排除したかったのではないのか……。


 それを『キララの専属教育係』になりたいだと……一体何を考えているんだ……。


「そのように怪訝な顔をされませんように、わたくしは今回のシステムの故障の責任を取って神官長は辞任いたします。無職の身になるわたくしを『キララ様の専属教育係』として雇っていただきたいだけですわ」


 アドリー王が大臣たちからの追及があったとは漏らしていたが、システムを故障させたとはいえ、ミュースは最強に至る可能性が高い召喚勇者を引き当てた人物でもある。


 責任を取って辞める謂れは無いように思えた。


「ミュース神官長は神官長の職を辞任されるのですか!?」


「ええ、わたくしは神官長の職よりも大切なことを見つけましたので……後任に職を譲ることに致しました」


「それが『キララの教育係』だと?」


「ええ、そうですわ。あの子はわたくしにとって命よりも大事な方となりました。この地であの子に会えたのは神の計らいだと思っております。ですので、なにとぞ『キララ様の教育係』に名を連ねさせて下さいませ」


 ミュースは神官長という重職を辞任してでも『キララの教育係』になりたいと申し出てきていた。


 その姿に俺はある一つの懸念を感じ取っている。


 そう、それはミュースのキララに対する態度があまりにも怪しいことだ。


 甲斐甲斐しく世話をしてくれているが、それが母性から来るものなのか、性的嗜好から来るものなのか判断がつかないのだ。


 もし、後者であれば大切な娘であるキララに近づけるわけにはいかない。


 自分の正体をバラされたとしても、それだけは阻止しなければならないのだ。


 俺はミュースに対し、真意を尋ねることにした。


「ミュース神官長、そこまでキララのことを思ってくれているのはありがたい。だが、悪いが私のたった一つの質問に答えてくれ。その答えによっては私の正体をバラされたとしても君を『キララの教育係』として迎え入れるわけにはいかない」


 俺の言葉に、ミュースの喉がゴクリとなる。


「君はキララをせ、性的な対象として見ているのか?」


 俺の質問を聞いたミュースの眼が点になったように見えた。


 そして、しばらくすると俺の質問の意図を察したのか真っ赤になって否定していた。


「ち、違いますわっ! わたくしはキララ様に対し、そのような不埒な思いは抱いておりませんっ! あの方は……亡くなったわたくしの子に似て――」


「は!? 亡くした子に似ているですと……。ミュ、ミュース神官長は結婚しておられたのか?」


 ミュースからの突然の告白に、俺の方がビックリしていた。


 冷徹陰険メガネだと思っていたミュースが、結婚していて子を産んでいた事実を知って驚きを感じていたのだ。


 こんな危ない女と結婚する男がいたとは……世の中は変なやつがいるもんだ……。


「わ、わたくしのことはどうでもいいんですっ! ですが、キララ様をそのような目では見ておりません! これは神に誓い宣言致します!」


 ミュースは俺の質問に対する答えを口にするとそれ以後は押し黙ってしまった。


 ということはミュースのキララに対する好意は純然たる母性の現れだったということか……。


 それに自分の亡くした子に似ているとも言っていた……。


 とりあえず、ミュースの好意が性的嗜好から来る好意ではないと判明した。


 ひとまず、キララに新たなトラウマを与える危険はないと判明し、俺はほっと胸をなでおろす。


 だが、ミュースに俺の正体がすでにバレている以上、『キララの世話係』として自分の近くに置いた方がいいと思われる。


 万が一にもアドリー王に、俺が召喚勇者だと告げ口されないようにしておかねば。


 お人よしのアドリー王が、俺を召喚したクソ王みたいになるとは思えないが、長く虐げられた記憶が、人を信じることを不安にさせてもいた。


「分かりました。それであれば、私の秘密を守るという条件と引き換えに『キララの教育係』になっていただくことに致しましょう。ただし、私の正体が露見した場合は即刻解任させてもらいますので」


 キララとの生活を守るため、俺の素性を漏らさないことを条件に、ミュースを『キララの世話係』として同志に迎え入れることにした。



 なんだかリーファ王妃の術中にはまった気がしないでもないが、家事スキルは完璧なのでマナー&家事全般の教育係としてミュースには頑張ってもらうことにしよう。


「承知いたしました。ドーラス師の英断に感謝を……正体につきましてはわたくしの命に代えてもお守りいたします」


 そう言ったミュースは深々と俺に頭を下げていた。

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