第9話 父親として最高の仕事をしたことに気付いた

 この五日間、お決まりになったキララの病状報告をするため、俺は玉座の間の奥にある王の私室を尋ねていた。


「よくきた、ドーラス師よ。キララ殿の様子はどうであった?」


「回復魔法の効果もあり、だいぶ体調も回復してきております。今日はついにミュース神官長が作ったパンがゆの食事を食べております。このまま後、二~三日静養に努めれば、任命式典には出席できるようになるかと思います」


「そうか……。だが、あのようなに惨い姿で召喚された幼い子を勇者として任命して良いものかと王妃と話しておってな……」


 俺の仕えているアドリー王は、極度の子供好きである。


なぜ、子供好きかと聞かれると元々子供好きだったが、輪をかけて助長したのは愛する王妃との間に子がないためだ。


そのため領内の孤児を集め、王城内の孤児院を自腹で運営している変わり者の王だった。


 なので、こちらに召喚されてきた当初のキララの惨い姿を見て、彼女のことをいたく気にしている。


 そんなんだから、お人よし王とか言われて俺が呼ばれた国のあのクソ王に舐められんだぞ。


 まぁ、でもあのクソ王よりは人間的に数百倍も信用できるし、我が娘となったキララのことをとっても心配してくれるいい人だからいいけどさ。


「リーファ、ドーラス師がみえられたぞ。茶をもて」


 俺が報告を終えると、アドリー王が居室の奥にいるリーファ王妃を呼んでいた。


「あらー、ドーラス君、いらしてたのねー。今、お茶とお菓子を持っていくから待っててねー」


 奥の部屋からこの国の王妃であるリーファの声が聞こえてきた。


 相変わらず、三〇代後半の俺を『君』呼びして、聞いてるこちらの毒気が抜ける声をしている人だよな……。


 孤児院の子供たちの世話も、進んで自らするほどの子供好きな王妃さんだから仕方ないかもしれんが。


 俺のイメージする王妃とかって、着飾って王城の奥に籠っているイメージなんだよな。


 ゼペルギアの王妃は、着飾るのが生きがいのような妖怪ババアだったし。


「リーファ王妃、私はキララの容態の報告に来ただけなのでお構いなく」


「あらー、もう準備しちゃったから、食べてってね。ほら、アドリー、そのテーブル片付けてくれるかしら」


「ドーラス師よ。遠慮は無用だ」


 って、もう準備して出てきたか……。


 茶と菓子を盆に載せて現れたリーファ王妃は、すでに四〇代半ばを過ぎているが、未だに若々しい美しさを保っている女性であった。


 キララを保護してくれている国王と王妃の招待を断って、心証を悪くするのは悪手だろうな……。


 しょうがない……いくつか消化によさそうなお菓子はキララのおやつに持っていってやるか。


 キララはどうも甘い物が好きそうだったしな……。


 クッキーとか持っていったら顔いっぱいに笑顔を浮かべてキララは喜んでくれるだろうか。


 あー、でも虫歯とか心配だなぁ。


 ちゃんと歯磨きさせないと……まだ、七歳だから乳歯があるとは思うけど、永久歯が虫歯になると非常に困るからな。


 歯ブラシは街でいいやつを買ってくるとしよう。


 キララがこちらの世界に来て以来、俺の思考の大半はキララのことで占められていたのだ。


「では、遠慮するのも失礼に当たるので頂くことにしましょう」


 俺がアドリー王に勧められたソファーに腰を下ろすと、リーファ王妃が給仕をしてくれていた。


 今年四八歳になるリーファ王妃だが、王都の下町で育ち、王太子だったアドリーに見初められて王太子妃となった女性だそうだ。


 歳を取っても美貌は衰えず、その飾らない人柄で王とともに国民に慕われている人物だ。


「それにしても、キララちゃんは回復に向かっているようで一安心ね。初めて見た時は孤児の子たちよりもひどい有様だったから驚いちゃったけど……。ただ、アドリーとも話し合っていたんだけど、あんな辛い思いをしていた幼い子に大人でも音を上げる魔王討伐を託して良いのか悩んでしまうわ。そこのところ養育者としてドーラス君はどう思っているの?」


 リーファの問いかけには、俺の中で答えが出ている。


 俺はキララを勇者としてではなく、娘としてこちらの世界でキチンと育て上げ、成人を迎えたあと日本に帰るのか、こちらで暮らすのかを選ばせるつもりだ。


 キララが日本に帰りたいと言えば、俺が全力で魔王を討伐してやるし、こちらで暮らしたいと言っても勇者としての仕事は俺が肩代わりするつもりである。


 七歳という幼さに加え、栄養不足で発育の遅れた身体のキララに、あんな辛いことはさせたくない。


「確かにわしもあのように衰弱したキララ殿を我が国の召喚勇者にするには忍びない気がする。それに大臣どもが、未成年の女の勇者など前例がないとうるさく騒いでおってのう」


 まぁ、大人でも音を上げた召喚勇者の仕事は、あの状態のキララに絶対にさせるわけにはいかない。


 とは言っても、このまま日本に送還したらキララはまた同じように飢餓状態に陥って死んでしまうだろうし、なんとしても俺の娘としてこちらに残れるように算段をしなければならないな。


 勇者である振りをするためには、地味に面倒なLV上げもしないといけない。


 だが、その前に成長期の身体に不釣り合いな健康状態を改善せねばならないと思われる。


 任命云々の話はそれが達成されてからだと思う。


「でしょうな。私もキララには召喚勇者の仕事は荷が重いかと思います。それに女性のしかも未成年となれば、大臣たちが危惧を覚えるのも仕方ないことかと……。ですが、今はまだ様子を見た方が良い時期かと思慮いたします」


「ドーラス師もそう思うか……。だがのう……実はキララ殿を呼んだ際に勇者召喚システムにエラーが起きてな。神官たちからの報告では、現状では操作不可能になってしまっておるようなのだ。カウンター数値99999で、しかも虹色での勇者召喚など史上初らしいからのぅ」


 ちょ! ちょっと待て! 確かに本気出し過ぎたかもしれんが、勇者召喚システムが壊れたなんて誰からも聞いてねぇぞ!


 ……よっしゃぁああああああああああああああああああああっぁっ! 俺、いい仕事したっ!!


 キララっ! パパは最高の仕事を果たしたぞっ!


 俺はキララを唯一日本に送還できる勇者召喚システムが壊れたと聞いて、ガッツポーズをしたいのを精いっぱいガマンしていた。


 新たな勇者が呼べない状況であれば、キララの召喚勇者への就任に難色を示す大臣たちも強硬な態度に出られないはずだ。


 そうなれば、色々と時間を稼げる。


 その稼いだ時間で、俺が完全サポートしてキララに勇者としての実績を積ませれば、誰からも文句はでなくなるだろう。

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