第8話 娘の治療は最優先事項

「キララ、飯を食いながらでいいからそのまま座っててくれ。今から弱っている内臓関係に回復魔法をかけるぞ。手をこちらへ」


「ドーラス師、まだキララ様はお食事中ですよ。回復魔法は後でもよいではありませんか」


 食事の介助をしているミュースは、キララのことになると人一倍心配をしてくれる人物だと確信しているため、詳しく治療の意図を彼女に伝えることにした。


「いや、食べている最中にかけてやらないと、弱っている内臓では消化できない可能性がある。だから、食事中に回復魔法をかけてやった方がいいんだ」


「そ、そうですか。我が国最高の治療師であるドーラス師がそのように申されるなら仕方ありません」


「パパー、魔法が終わるまでちゃんとおててを握っててね」


「ああ、ちゃんと握っといてやるから安心しろ。キララは身体がだいぶ弱っているから、いっぱいご飯を食べないとダメだぞ。ただし、一度にいっぱい食べるのは無しだがな」


 ミュースによって、はちみつ入りパンがゆを食べさせてもらっていたキララが、ガリガリに痩せて骨ばった手を差し出す。


 俺はそんなキララの左手を握ると、ヒーリングの魔法を発動させた。


 この五日でキララの顔色は良くなってきたが、なにしろ栄養が行き渡っていない期間が長くて内臓機能がかなり低下している感じだ。


 消化にやさしい物を食べさせているが、内臓がまともに動かずに消化しきれない可能性もある。


 そのため、内臓に対して効果を発揮するヒーリングの魔法を今かけてやるのだ。


 魔力を帯びた緑の光がキララの身体を包み込む。


「パパの手、あったかーい。それに何だか元気になってくるよー。すごいね、パパ」


 キララがミュースの差し出すスプーンから、パンがゆを食べつつも、俺の握っている手を見て褒めてくれていた。


 パパか……こそばゆいけど、言ってもらえるとこれほどうれしい言葉はないな。


 意識が戻った時にキララには、俺が彼女に教えた美山大翔みやまやまとの名ではなく、この国ではドーラスと呼ばれていると伝えていた。


 俺が魔王を倒した召喚勇者だと知られると面倒が起きるので、日本人であることも黙っておいて欲しいとも言っていたのだ。


 キララは聞き分けのいい子で、俺の申し出に頷くとそれ以降『パパ』としか呼ばなくなっていた。


 ただ、俺がキララの本当の父親であるという嘘は訂正できなかった。


 というか、したくなかったと言うのが正解だろうか。


 俺はキララが親に育児放棄され無残に痩せ果てた姿を見て、嘘を貫き通すことに決めていたのだ。


 なので、アドリー王に申し出て召喚勇者キララの養育者として認めてもらい、キララが『パパ』と呼んでも周囲に違和感のない身分を手に入れていた。


「キララ様、ドーラス師とのおしゃべりはお食事の後です。今はわたくしのパンがゆをお召し上がりください。さぁ、あーんしてもらえますか」


「はーい。あーん」


 今までに見せたことのないほど穏やかな顔で、ミュース神官長がキララの口元にスプーンにすくったかゆを食べさせていく。


 疑り深くきつい冷徹女かと思ったが、ミュース神官長は案外いい母親になるのかもしれんな。


 おっと、いつまでも見てるとミュース神官長から、後でお小言が飛んでくるから、お仕事しますか……。


 俺はキララの手を握り直し、再びヒーリングの魔法を発動させると、ゆっくりと彼女の身体を癒していく。


「それにしても、ドーラス師の魔力は変幻自在ですね。キララ様みたいに年齢の若い身体で極度に弱られた方へかける回復魔法は、魔力の調整が難しいと思いますが……。それにキララ様を召喚した時に見せた魔力も普通の宮廷魔導師とは思えぬ量の魔力でしたし、どこでそのような魔力を身につけられたのか知りたいものです」


 キララにパンがゆを食べさせていたミュース神官長の単眼鏡モノクルが、キラリと光ってこちらを見ていた。


 やっべ、なんかこの女に俺の素性を疑われているかも。


 この女、ちょっと油断するとすぐに俺の素性を詮索しようとしやがって……。


 こっちの世界の人間である以上、ミュース神官長も俺の居た国のクソ王みたいなやつかもって警戒心を忘れるところだったぜ。


 クソ王のせいで俺は溜め込んだ金も装備もすべて捨てて、この国に逃げ出さなきゃいけなかったんだ。


 あの悔しさを忘れちゃいけねぇ……。


 それにこれからは、大事な大事なキララの面倒を見ていかないといけなくなったし、油断だけはしたらダメだ。


「独自で修行に修行を重ねた結果ですよ。誰かに教えてもらったこともないのですべて自己流ですがね。気が付いたらあんなに高い魔力になってました」


 俺はありきたりな答えをミュースに対し返した。


 世話になったミュース神官長には悪いが、俺の魔力が滅茶苦茶に強いのは、元召喚勇者で魔王倒すために何百回も死に戻りさせられた結果とは口が裂けても言えねえ。


 召喚勇者の力があったとはいえ、ゼペルギアを攻めていた魔王軍の魔物や魔王はやたらと強かった。


 そのおかげで魔王すら倒せる力を手に入れられたとも言える。


「へぇ、誰の教えも受けずに……独学ですか。ドーラス師はゼペルギア王国の出身だそうで、彼の国では皆、ドーラス師のようにお強いのでしょうか?」


 俺の答えを聞いたミュースの単眼鏡モノクルの下の瞳から猜疑の光が消えることはなかった。


 ミュース神官長さんよ。


 そういう人を疑う態度が相手の心に距離を作るんだぜ。


 せっかく美人な顔立ちなんだから、ニコって笑って『すごいです! さすが我が国一の治療師であらせられるドーラス師ですね! 独学でその魔力なんてスゴイ!』ってヨイショしとけば男なんてのは自由に操れると思うぞ。


「ミュースさん、おかゆちょうだい~。おなかすいたよー」


 俺の追及のため食事介助の手が止まったミュースに、キララがおかわりを要求した。


 ナイス、キララ! ミュース神官長の追及を打ち切ってくれるナイスアシストだ。


 父親の危機を敏感に察知してくれる、最高に親孝行の娘だぞ! ちゃんと褒めてあげなければっ!


「あ、はい! すみません、キララ様!」


 そうそう、俺のことばかり気にしてないで、重病のキララの食事を介護してくれたまえ。


「ミュース神官長、私とのおしゃべりはこの程度にしてキララの食事頼みますぞ。体調面は召喚勇者に正式に認定されるまでは外部からしか観察できませんからな。今しばらくはしっかりと栄養を取り、しっかりと寝てもらうことが先決ですぞ」


「そ、そのようなこと分かっております。さぁ、キララ様、あーん」


「あーん、ああ、おいしい~ミュースさんのお手製のおかゆおいひい~」


 キララのおかげでミュース神官長を黙らすことには成功したな。


 それにしても、我が娘となったキララに関しては体調的に現時点でバッドステータスとか付きまくりな気がする。


 まだ正式に召喚勇者に認定されたわけじゃないからステータスも見れないので、大きな病気とかにかかっていないといいんだが……。


 回復魔法は過剰気味にかけておいて、キララ自身の自己回復能力を高めておく必要があるな。


 俺はキララの治療を終えると、『頑張ったと褒める意味』で頭を撫でてやる。


「さて、ミュース殿。私の方の治療は終わったので、本日のキララの様子をアドリー王に伝えて参ります。キララ、また後で顔出すからな」


 アドリー王にはキララの体調が回復したら、正式に召喚勇者として認定を受けさせると伝えてあるが、城の方でも今までに前例のない未成年、しかも女性の召喚勇者の存在が議論を呼んでいるらしい。


 記録に残る限り、どの大陸の国家の召喚勇者には成人の男性が選ばれていたのだ。


 キララの身分を確定させるためにも、アドリー王には健康面の問題がないことを伝えておかねばならない。


「うん、パパ行ってらっしゃい。わたしはいい子にして待ってるね。ちゃんといい子にしてる。帰ってきたら、またご飯食べさせてね」


 ちょっとだけ寂しそうな顔をされるとめちゃくちゃ罪悪感を感じるんですけど!?


 くぅううう、後ろ髪引かれまくるぜ。


 もうちょっと居た方がいいのか……そうなのか……アドリー王への報告なんて放っておいてキララの食事風景をずっと観察していたいぞ。


 どうしても、キララがまだいて欲しいとか言ってくれるなら、居てもいいんだぞ……。


「んんっ! ドーラス師、キララ様の養育者とはいえ、ジロジロと女性の食事風景を見られるのは頂けません。早く王への報告を済ませて来てくださいませ。わたくしにキララ様の介護をお任せください」


 俺が治療をするために座っていた席から立ち上がらず、ずっとキララの食事風景に視線を向けていたらミュースに咳払いされた。


 も、もうちょっとだけ良くね?


 ほら、俺はキララのお父さんだし、天使のように可愛い娘がやっとご飯を食べるまで回復したんだ、もうちょっと見てたって罰は――


「アドリー王が報告を待っておられますよ」


 ミュースがキララに食事を食べさせるのは自分の仕事だと言わんばかりに、俺を早く報告に行かせようとさせてくる。


 くっ、陰険メガネ女めっ! ちょっと、食事を食べさせるのが上手いからって……。


 次は俺がちゃんと食べさせてみせるからなっ! お、覚えてろっ!


「ええ、ああっ!? あ、はい。では、私は報告に行ってくるのでキララのことをよろしくお願いします」


 俺は内心では後ろ髪を引かれながらも、キララに与えられた寝室を後にすると、アドリー王のもとへ向かった。

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