第7話 娘にご飯を食べさせるのって幸せすぎる
独身のはずの俺に子供ができた勇者召喚の儀式から五日が過ぎた。
「パパ、起きて。パパ、朝だよ」
誰かが俺のほっぺたをツンツンと突いてくる。
昨日までずっとほぼ徹夜でキララの看病をしていたので、もう少しだけ寝かせて欲しい。
「パパ、起きてー。もう、朝みたいだよー」
ほっぺに子供特有の体温の高い両手が当てられて、なんだかほっこりとしてくるのを俺は感じていた。
どうやらキララの方が先に起きていたようだ。
やっと回復魔法の効果が発揮され、昨日から容体が安定しキララもぐっすりと寝られていたので、俺も安心して寝落ちしていたらしい。
「おはようさん。キララは早起きだな。偉いぞ」
「えへへ、パパに褒められちゃった」
はにかむように照れたキララの顔を見つめているだけで、それまでの徹夜の疲れが一気に吹っ飛んでいく。
この子のためなら、自分の時間を削っても不思議と怒りが湧いてこないのだ。
「んんっ! ドーラス師、お目覚めになられましたか?」
娘の顔を見てニンマリと呆けていた俺に、背後からミュースが声をかけてきていた。
「おわっ! ミュース殿、居たのか」
「ええ、居ました。わたくしはキララ様の世話係を王様より拝命しておりますので、今からキララ様のお食事をお持ちするところです。お疲れのドーラス師には悪いのですが早急にベッドにテーブルをセットしていただけますか?」
「あ、はいっ! すぐに準備する」
キララと戯れていたところを、ミュースに見られていた恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
「パパ、顔真っ赤ー」
少しだけ元気になったキララが、慌ててテーブルを準備する俺の顔を見てケラケラと笑っている。
この五日の間にミュースに頼んで、伸び放題だった髪の毛を綺麗に切り揃えてもらい、垢だらけだった顔や体も綺麗に拭いてもらっていた。
そのため、最初にあった時の浮浪児のようなイメージから、いいところのご令嬢かと思うくらいに変わってきている。
うーん、さすが俺の娘だ。
笑った顔は最強に魅力的過ぎて眩しいぜ。
召喚門が繋がるまで、顔も名前も知らず血の繋がりすらもないが、彼女には俺が父であると伝えてある。
もちろん、それは彼女の命を助けるための方便であった。
だが、俺は彼女がこの異世界で幸せに生きられるように全力でサポートするつもりである。
それがキララを騙し、父と名乗った俺の責任だ。
ただ、子育て以前に結婚すらもしたことないのが不安材料ではあるが……。
「朝食をお持ちしました。ドーラス師から消化に良い物をとのことでしたので、はちみつ入りのパンがゆとさせてもらいました。お熱くなっておりますので気を付けてください」
テーブルの準備を終えた俺たちの前に、ミュースが支度してくれたキララ用の朝食が並べられていく。
昨日までは体調も安定しておらず果物を潰した汁を布に浸して、ひたすら口に含ませて栄養を取らせていたが、今日からは消化の良さそうな流動食にしてもらっていた。
「美味しそうな匂いがするー。パパ、あーん」
キララが餌をねだる雛のように口を開けていた。
俺に全幅の信頼を寄せ、最大限に甘えてくれる姿に心がキュンキュンしてしまう。
恋愛に近い感情だが、それよりももっと心の深くを突いてくる感情の動きであった。
これが愛情というやつだろうか……。
「お、おぅ。ふぅふぅした方がいいか、熱くない?」
口を開けて待っていたキララが、俺の差し出すスプーンからパンがゆを美味しそうに食べていく。
その姿を見ているだけでほっこりと心の奥が温かくなっていた。
「うん、熱くないよ。甘くておいしい~」
「ほら、もう一口どうだ? ちょっと多いか?」
くっ、人に食べさせるのがこんなに難しいとは……予想外だが……。
でもでも、食事する姿も可愛いなキララは……。
俺が差し出すパンがゆを夢中で食べていくキララの姿を見てたら、こっちの頬が思わず緩んじまうぜ。
こんな天使みたいなかわいい子をどうして親は
俺だったら、こんな天使みたいな子を持ったら全力で育て上げたいぞ。
いや、これから育て上げるんだった。
美味しそうにパンがゆを食べるキララを見ていた俺に背後から声がかかった。
「ドーラス師! そのような食べさせ方では、キララ様のお召し物が汚れてしまいます! 食事の介助はわたくしにお任せください」
俺の食べさせ方に注意をしてきたのは、陰険メガネのキャリアウーマンであるミュースであった。
キララ召喚後、彼女の姿を見て、すぐに世話係に立候補してきためんどくさい女だ。
「そ、そうか……。すまんな。私は治療専門で介助はまだ慣れてなくてなぁ。ミュース神官長が手本を見せてくれるとありがたい」
人に食べさせるのは、慣れていないから、見て覚えるため慣れているミュースにここは譲るか。
でも、本当は自分で食べさせたい気持ちもあるんだ。
あー、この気持ちもどかしいぜ! ちくしょうめっ!
「では、わたくしが……。キララ様、あーんしてください」
「はぁい。あーん」
神官長になる前に救護院で働いていたこともあると聞いていたため、ミュースの食べさせ方は堂に入っていた。
ふむ、そうやって食べさせてやればこぼれずにすむのか。
これはメモっておかないとな。
今の俺は、召喚勇者としてこのアレフティナ王国に呼ばれたキララのパパだからな。
「ドーラス師もキララ様の養育者となられたのですから、きちんと教育の方もよろしくお願いいたしますよ。わたくしも世話係としてできる限りのご協力はするつもりでいますので」
ミュースには、キララがこちらに来てからずっと俺の出来ないことに関して世話になっている。
ただの陰険メガネキャリアウーマンだと思っていたが、意外なことに家事スキルが完璧だったことに驚愕させられていた。
普通、仕事ができる女性って家事全般が不得意ってのがテンプレだと思ったんだが、ミュースは規格外だったようだ。
ミュースが俺に説教しようと、キララにかゆを食べさせる手を止め、こちらを見てきた。
「分かっている。だが、今キララに必要なのは静養だ。しっかりと栄養と睡眠をとることが成長を促してくれる」
キララは親からの
今、無茶をさせるべき時ではないと思う。
ベッドで食事をとっているキララの姿を見ると明らかに栄養が足りてない。
七歳という本人の自己申告に対して、明らかに身体の発育が遅れているのだ。
「ミュースさん、わたしお腹すいたよぉ……。もう少し食べたいなぁ」
「ああ、キララ様。すみません、お待たせをしてしまいました。パンがゆをお召し上がりください。少し熱いのでわたくしが冷まさせてもらいますね」
ミュースが湯気を上げている熱々のパンがゆに息を吹きかけて冷ましていた。
『フン、子供の勇者なんて絶対に認められませんわ』って冷徹に言いそうだったミュースに母性本能があったとはな……。
まるで本当の母親のように、熱いかゆをフーフーして献身的にキララへ食べさせるとは……世の中は不思議なものだ。
二人の睦まじい食事姿に、キララへの食事介助という楽しみを奪われても少しも怒りは湧いてこなかった。
なので、俺は本来の仕事である治療師として、キララの身体を魔法で癒すことにした。
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