第6話 お前が『パパ』になるんだよっ!!


『わたしを呼ぶのはだあれ?』


 慌てる周囲の声とは違う幼い声が、俺の耳に届いていた。


 声は宝玉のあった位置にできた黒い穴の奥から聞こえている。


 この穴は、俺をこの世界に召喚した穴に酷似していた。


 目の前の穴を見て、俺は声の主に名を問うことにした。


「お前は誰だ?」


『名乗らない人には名前を教えちゃダメだって、ちょっとだけ通ってた保育園のせんせーが言ってた』


 日本の個人情報保護教育うぜえ。


 俺の居なくなった十数年で子供にまで徹底されてやがる。


 きっと、今は召喚門が日本に繋がって言葉が相手に届いている状態なんだろう。


 俺の時も、声に呼ばれて召喚に応じたらこの世界に来てたし、この声の主が今回の召喚勇者候補なんだろう……っていうか、声からして未成年だろっ!


 やばい、ヤバすぎる。ありったけの魔力を注ぎ込んで、召喚に応じそうな候補が未成年のしかも女の子とかありえねぇだろうが。


 魔力カウンター99999の召喚なら、超絶チート確定キャラが普通に出るだろ……。


 これだからこのクソゲーオブクソゲーな世界は……。


「キャンセルだ。チェンジ要求! 近くに居る大人に代われ」


『きゃんせる? ちぇんじ? なにそれ美味しいの? それにわたしの近くには誰もいないよ』


 未成年、女の子までは我慢できたが、『なにそれ美味しいの?』って言う子がきちゃったのには、オジさんブチ切れちまうぞ。


 こっちは日本への帰還がかかっているんだ。


「とにかく、誰か大人を呼べ! 長くは話していられないから早急にだ!」


『それは無理だよ。お母さんが帰ってくるまで、わたしの近くには誰もいないもん。外も出れないし……あー、おなかすいたなぁ……。お母さん、早く帰ってこないかなぁ……。もう、三日もご飯食べてないし……。お水じゃお腹ふくれないよぅ』


 待て! なんだ、その不穏な発言は!?


 一瞬で嫌な想像が脳裏によぎったぞ! 嘘だよな!? 育児放棄ネグレクトじゃないよな。


 嫌だぜ、最後に話したのが俺だとか言うのは。


「お、おい。もしかしてだが、飯をちゃんと食えてないのか?」


『食べてるよー。お母さんがお家に居ない日は食べられないけど……。居る日は一日一食ちゃんと食べてるよ』


 だぁあああ! おめーそれは完全に母親が育児放棄ネグレクトしてますけどもっ!!


 子供は三食キッチリと食わなきゃダメだって死んだお袋も言ってたんだ!


 一日一食なんてあり得ないっ! こいつの両親は何してんだっ! 子供が死んじまうだろが!


「お、親父さんは居ないのか!?」


『知らない。でも、たまにお母さんが知らないおじさん連れてくるけど、その時はわたしベランダに出されるから……。春とか秋ならいいんだけど、夏は暑いし、冬は寒いから嫌だけど言うとお母さんが怒るし、知らないおじさんも怒るんだよ』


 あかん! ダメだ……完全にアウトな案件ですけども!


 いかにもフツーですって感じに喋るのやめてくれますか!


 フツーの母親なら、知らないおじさん連れてきても娘を極寒酷暑なベランダに出すなんてことはしませんからっ!


 これでも正義感だけは異常に強い元勇者なんで、幼い子が困っていると聞いたら、思わず助けちゃう体質なんだぞ! こんちくしょうめっ!


 この子、このまま放っておくとヤバい匂いがプンプンする。


「そ、そうか。じゃあ、お母さんはいつ帰ってくると言って出ていったんだ」


『お母さんはおっきなカバンに服を詰め込んで、『ちょっと旅行に行くからお留守番しててね。バイバイ』って言って、キララのいる部屋の鍵とお家の鍵を締めて菓子パン一つ置いてってくれたよ。何日いないかは言わなかったけど……。行くときは知らないおじさんと一緒だったかな』


 あ、あかん……最悪すぎる……。外に出れないように部屋鍵まで付けてるし、どうみてもそれってお前のことが面倒になって男と逃げた気しかしないが……。


 マズい、非常にマズいやつのもとに召喚門が繋がっちまったぜ。


 悪い意味でのレアキャラに当たっちまったぞ。


 ここで俺がこっちの世界にこの子を召喚しないと……この子が絶対に餓死しちまう……よな。


 俺の脳裏には、半ば腐りかけて白骨化した子供の遺体が発見されたというニュース映像がチラついていた。



 このままだと、あの子がかなりヤバイ状況になるのは明白。


 俺が召喚でこっち側に呼び寄せれば、助けることはできるはずだが……。


 ああっ! クソっ! 聞き分けのいい勇者呼んで、魔王討伐の手助けをして恩を売り、日本に帰る俺の計画が脆くも崩れ去りそうだ……。


 だが、人としてここでこの子を見捨てるわけにはいかない。


 計画は破棄することになるかもしれんが背に腹は変えられん!


「おいっ! 私の名は美山大翔みやま やまとだ。お前の本当のお父さんだ。お母さんからお前のことを頼まれた。まずは名前を教えろ!」


 少女を助けるため、俺は本当の父親だと大嘘を吐いた。


 幼い子の命を助けるためなら、嘘くらいいくらでも吐ける。


『わたしにパパがいたの? お母さんからは聞いたことないけど……。へぇ、わたしにパパが居たんだ……』


「おい、しっかりしろ! 名前! 名前を教えてくれなきゃ助けられないんだ! 『パパ』が絶対に助けてやるから、名前を言え! 頼む!」


『眠たくなってきちゃったよ……。お腹空いたなぁ……』


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!! そのまま寝たら天国に逝っちまうぞ! 


「寝るな! 起きて、お前の名を言え!」


『……来桜きらら佐藤来桜さとう きらら……』


 見事なDQNキラキラネーム……。


 親の顔を見てみたい。って今はそんなことを言ってる場合じゃなかった。


 すぐに召喚の呼びかけをしないと。


佐藤来桜さとう きららよ。このユズシラドル世界で勇者として魔王から国を救ってくれ! 頼む! 『はい』と言えば、『パパ』が絶対にお前にはたらふく飯を食わせてやるし、きちんと教育もしてやるし、巨万の富も与えてやる! だから、『はい』と言えっ!!」


『……本当? おなかいっぱい食べれるの……? それに『パパ』はわたしに優しくしてくれるの?』


「ああ、約束する! お前がもう食べられないって言うまで喰わせてやるし、目一杯甘やかしてやる! だから『はい』と言え!」


『……でも、お母さんが……』


「悪いがお母さんはもう帰ってこない! そこにいたらお前が死ぬ! それだけはパパとして見過ごせない! だから、早く『はい』と言え」


 騙すような格好になるが、緊急事態であるため、この際人命が最優先だ。


『ほんとに? じゃあ、わたしはお母さんに嫌われたの?』


「ああ、そうだ。お母さんは来桜きららを捨ててどっかに行った。だから、お前も律儀にその部屋にいる必要はないんだ。だから『パパ』の呼びかけに『はい』と言え。『パパ』と一緒にこっちの世界で暮らそう!」


 本当はただの旅行かもしれないが、今のお前の状態で外に出歩く親はどのみちロクな親じゃない。


 他人の俺が親子の縁を切るのは、けして正常なことじゃないが、死なれるよりは、俺が嘘つきになった方がマシなんだよ。


 それに俺も相応の責任を負うつもりだ。


 キララの養育者として、こっちの世界では全ての力を使って守ってやる。


『……分かった。わたし、『パパ』のいるそっちに行くよ。だから、いっぱいご飯食べさせて。美山大翔みやま やまとさん……わたしのパパ……』


 来桜きららが俺の呼びかけに応じると、宝玉のあった場所にできた黒い穴から、ガリガリに痩せて、長く伸び放題の髪をしている薄汚れた小学校低学年くらいの少女が飛び出してきた。


 俺が来桜きららの差し出した手を掴む。


 その時、俺の脳裏に『お前がパパになるんだよっ!』って言葉が響いたような気がした。


 そして、子供特有の体温の高い温かい手に触れたことで、俺の中で何かが一気に変化していた。


 目の前の来桜きららが愛おしく、全てを投げ売ってでも守るべき存在だと感じている自分がいたのだ。


 きっと、これが『父性』というやつだろうか。


 異世界で散々な目に合わせられて、やさぐれていた俺の心を来桜きららの手の温もりが一気に解きほぐしてくれていた。


「始めまして、パパ。わたしが来桜きらら……だよ」


 疑うことを知らない来桜きららからの『パパ』という言葉で、俺の身体に電流が流れるのを感じ取っていた。


 これは、きっと家族を持った責任感とでもいうやつかもしれない。


 だが、悪い気はしない心地よさだった。


「あ、ああ。私の呼びかけに応じてくれてありがとう。私がキララの『パパ』だ。これからは『パパ』にいくらでも甘えなさい」


 生気もなく、薄汚れて爪や髪の毛も伸び放題の来桜きららだったが、俺にとってはこのクソゲーオブクソゲー世界で、唯一の安らぎを感じさせてくれる天使みたいな存在だと確信していた。


 ああ、この子を守るため、俺はこっちの世界で勇者として辛く苦しい日々を過ごしたんだな……。


 この瞬間、俺は日本に帰ることなど忘れ去って、頭の中は来桜きららの生活をどうやってより良いものにするかということで頭が一杯になっていた。


 そして、俺が来桜きららを抱き留めると、黒い穴が閉じる。


 同時に周囲の風景を消し去っていた強い白い光も消え去っていた。


 絶対にお前は俺が死なせない!!


「ミュース神官長! 至急、召喚された勇者様のための胃に優しい食事と飲み物を頼む!! このままだと死ぬぞ!」


 俺は抱き留めた少女に残り少ない魔力で回復魔法をかけ、なんとか命を繋ぐと、儀式の間から退避して外にいたミュースに食事の準備をするように大声で伝えていた。

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