第5話 日本に帰るためなら、俺は全力を発揮する!
召喚勇者が国王によって送還されて数日が経った。
国王の厳命により、神官たちは数日間、寝る間も惜しんで働き、勇者召喚の儀式の準備を終わらせていた。
「ドーラス師、こたびの召喚には貴殿もお手伝いを頂けると王より窺っておりますが……」
王城内の一画に作られている巨大な魔法陣が描かれた召喚の間で、儀式の始まりを待っていた俺に、質素な黒の神官服に身を包んだ女性が話しかけてきた。
「これは、ミュース神官長殿。こたびは私もお手伝いさせてもらいますぞ。勇者召喚の儀式には多大な魔力が必要だと聞き及んでおります。幸い私にはあり余る魔力がありますので、この国の危難を救うためお使いください」
「おや? 前回のフミヒコ殿の時はあれほど冷淡な態度をとられたドーラス師のお言葉とは思えませんが……。心境の変化があったのでしょうか?」
ミュース神官長は質素な黒の神官服こそ着ているが、黒目黒髪の目鼻立ちの整った美女だ。
年齢は噂でだが三〇代らしいと聞いている。
王国の三大重要ポストの一つである神官長に若いながらも就任し、仕事のできる女性官僚ってイメージがピッタリと合う女性だ。
そんな整った顔立ちをしたできる女のミュース神官長が
その澄んだ黒い眼で『何か裏があるんじゃないのかしら?』的な視線を浴びせて、俺の内心を見透かすんじゃない。
そういう目で俺を常に見るから『陰険メガネ』って仇名を付けられるんだぜ。
誰だって低確率だとしても、元居た場所に帰れる方法が見つかれば、進んでお手伝いするだろうさ。
「私だって他国で生まれたとはいえ、今はこの国に仕えている宮廷魔導師。国家の危機を見過ごすというのは、国民としても王の家臣としても裏切り行為だというのを、勇者フミヒコ殿が送還されたことで気付かされたのですよ」
ミュース神官長の追及の視線を極めて冷静に正論を述べて受け流してやったぜ。
元々、アドリー王に見い出された俺が、筆頭宮廷魔導師になることを猛烈に反対した女性幹部が彼女だった。
なので、少しでも隙を見せれば今の俺の地位すらも危うくなりかねない。
この宮廷魔導師という職も万が一、自分が日本に帰れなかった時のことを思えば、生活の基盤として守らねばならないのだ。
「そう……ですか。そういった理由でならば、お手伝い頂けると助かります。ドーラス師ほどの魔力を持つ者の協力を得られれば、素質の高い召喚勇者を呼び出すこともできるはずです」
「お任せください。全力でお手伝いさせてもらいますぞ」
俺が日本に帰るためには、今回呼ばれてくる勇者の協力が必須だからな。
全力で魔力を注いで、いい人材を引き当ててやるさ。
「どうやら、王が見えられたみたいですぞ。ささ、ミュース神官長殿も儀式の配置につかれた方がよろしいですな」
アドリー王が儀式の間に入ってきたのに、儀式の準備をせずに俺に突っかかっていたら、あんたの評価が下がっちまうぞ。
ただでさえ、日本に送還された召喚勇者の件であんたの評価は下がっているはずだ。
今回こそ素質の高い勇者を召喚して、王の信頼を取り戻さないと、次の神官長を狙っているやつらに交代させられちまうぜ。
俺は何かと成り上がった自分へ突っかかってくる美人な神官長に、心の中で毒づきながらも入ってきたアドリー王に頭を下げた。
「ドーラス師、ミュース神官長、待たせたな。すでに準備は万全であろうか?」
儀式の間の上部に作られた観覧席にアドリー王が腰を下ろすと、召喚の儀式を始められるか聞いてきた。
「私はいつでも。ミュース神官長の合図で魔力を注ぎ込めます」
「こちらもすでに準備は終わっております。後は王からの勇者召喚システムの起動許可を頂ければすぐにでも発動は可能です」
「よろしい。では、勇者召喚システムの起動を承認する」
アドリー王が指輪をはめた方の手をあげると、俺たちが立っていた巨大な魔法陣が光を帯び始めていた。
「魔法陣の起動確認。ドーラス師、ありったけの魔力を魔法陣の中央にある宝玉に注ぎ込んでくださいませ。さぁ、皆もドーラス師に続いて魔力を宝玉へ」
「承知した。これより魔力を注ぎ込む」
アドリー王、それにミュース神官長、魔王を倒した勇者としての俺の魔力の膨大さを思い知るがよい。
ありったけの魔力を注ぎ込んで、召喚されてくる勇者の素質が少しでも高くなるようにしてやるぜ。
俺は筆頭宮廷魔導師としてアドリー王に任じられた際に送られた杖を通して、辛く厳しい勇者の戦いの中で得た膨大な魔力を宝玉に送り込んでやった。
「こ、これは……ドーラス師の魔力がすごいのは知っておったが、これほどの魔力を発するとは……。勇者召喚システムの魔力カウンターが一気に四桁まで跳ね上がったぞ」
「や、やはり、睨んでいた通りドーラス師はとんでもない魔力を隠しておられたようですね。宝玉に浮かんでいる魔力カウンターがもう2000を超えた……。3000、4000、5000……まだ上がるの……。皆の者、ドーラス師に負けてられませんよ。全ての魔力を注ぎ込むのです!」
悪いが、まだこれは序の口だ。
この勇者召喚の儀式は、失敗した場合の俺の宮廷魔導師としての価値を知らしめる機会でもある。
だから、中途半端な力じゃなくて全力だ。
さて、これからもう一段階、魔力の注入量をあげさせてもらうとしよう。
杖から放出する魔力の量を増やすと、発した光で部屋が更に明るくなる。
「おお、これは……すでに6000を超えた……。前回の勇者フミヒコ殿の時は6200だったので、今回はもっと上の数値が出そうであるな! 皆の者、もうひとふんばりだ」
「王よ。私の魔力はこの程度ではありませんぞ。では、本気を出させてもらいます」
俺は杖からの魔力注入だけでなく、もう片方の手からも同じように膨大な魔力の注入を行った。
「7000……8000…………嘘、宝玉の魔力カウンターが五桁に上がるなんて……」
ミュース神官長さんよ。俺の魔力はそんな程度じゃ収まらないぜ。
これでも喰らいやがれっ!
「おおぉ! 20000、30000、40000! なんだ、この数字の伸び! ドーラス師よ、やはりわしの眼に狂いはなかったな!」
それまで白い光を発していた巨大な魔法陣の色が、50000を超えたところで青く変化した。
「魔法陣の色が青色に変わった!? こんなのって……初めてだわ……。もう、60000、いや70000、まだ上がるの!? あっ、また魔法陣の色が変わった。今度は黄色!?」
魔法陣が黄色の光に変化すると、ミュース神官長やその他の神官たちは魔力を使い果たしたらしく、すでに魔力の注入をやめていた。
「さて、私もそろそろ底が見えてきたので、最後の仕上げとさせてもらいますっ!」
「なんと!? まだ魔力が残っておるのか!?」
最後の最後まで絞り出してやる。
そして、来い。最強の資質を持つ、物分かりの良い、お人よしの召喚勇者よっ!
「まだ、上がる……。80000、90000……。魔法陣の色が……赤くなった! 95000、96000、97000……虹色!? 99999!?」
虹色な光に変化した宝玉のカウンター数字が、99999を差すと同時に儀式の間は真っ白な光に包まれていた。
「うおぉ!? なんだ、コレは! 全く何も見えないぞ!」
「王よ! 許容限界以上の魔力が流れ込んで、勇者召喚システムが暴走しているのかもしれません! すぐに退避を!」
真っ白な光に包まれた召喚の間で、アドリー王の慌てる声やミュース神官長の退避を促す声が遠くに聞こえた。
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