第4話 え? 日本に帰れるなんて聞いてない!?

 この国に来て一年があっという間に過ぎた。


 虐げられ続けたゼペルギアでの召喚勇者の生活とは、この一年で環境が一変していた。


 なんせ今の俺は巡回治療師から、アレフティナ王国の重要ポストの一角である筆頭宮廷魔導師にまで昇格している。


 王から巡回治療師として雇われ、アレフティナ各地の救護院や村々の病人などを回り人々を癒しまくった成果が今の地位だった。


 勇者として魔王軍との戦いで鍛え上げた膨大な魔力で、重病の者に次々に回復魔法をかけ癒したことをたいそう王様から評価され、外国人でありながら異例の大抜擢の昇進を果たしていた。


 給金も筆頭宮廷魔導師となったことで三倍にまで増えて、アレフティナ王国での生活の基盤を整えられるくらいもらえていた。


 なので今は王城に居室を与えられ、他の癒し手が見放した重病者の癒しと、この国が召喚した勇者の体力回復役を担当している。


 そして今、この国の召喚勇者が日本に帰りたいと言いだし、アドリー王がその願いを了承し送還させている場面に直面していた。


「え、えぇええええ!!」


「どうしたのだ? ドーラス師? 急に変な声を出しおって、これで我が国は勇者不在となってしまった。近日中に新たな勇者召喚の儀式をせねばならんので、こたびはそなたに期待しておるぞ。フミヒコの時はお主が勇者召喚に懐疑的だったから無理強いはしなかったが、お主の膨大な魔力には期待しておるのだ」


 ちょ、ちょ、待てよ! 帰れるなら、まず俺からじゃね!? 俺、魔王倒してますけど!?


 アドリー王……にこやかな笑顔をして、俺の肩を叩くんじゃねぇ……。


 貴方にはとっても恩義があるけど、それとこれは別の問題なんだ。


 帰れるなんて、今まで誰一人俺に教えてくれなかったじゃねえか……。


 俺だって帰れるなら、この世界から帰還して日本で普通に家庭を持って人並みの生活がしたいんだ。


 綺麗な嫁をもらって子供作って、子供は娘と息子一人ずつで、娘から『パパと結婚するー』って言われつつ、息子とキャッチボールをしてだなー!


 って、妄想全開駄々洩れだけども、帰れるんならそういう目標を持ちたいのだよっ!


 俺は目の前で消え去った同じ日本人の召喚勇者に対し羨望を覚えていた。


「え!? え、ええ……いや、初めて勇者送還を見ましたので、驚いてしまいました。私の故国では召喚した勇者が元の世界に帰ることなどなかったことなので……。驚いてしまいました」


「そうなのか? 勇者召喚システムには送還の権限も持ち合わせておるが、そなたの国の王は使わなかったと見えるな。昨今では、無理に召喚勇者を拘束すると『人権侵害』だとか言われ各国から非難が殺到するからのぅ」


 俺を召喚したクソ王は、その『人権侵害』をしまくってたぞ。


 各国から非難が殺到する『人権侵害』をした、クソ王の治めるあの国が滅ぼされねえんだ。


「そう言えば、ドーラス師はゼペルギア王国の出身だったな。あの国だけは各国からの『人権侵害の非難決議』を無視して魔王討伐を果たしたらしいが……」


「ええ、そのようです。私も故国を出て修行の旅をしておりましたので、詳しくは知りませんでしたが……。風の噂によれば、魔王を討ち果たした勇者を国から追い出したとか……」


「そのように実力のある勇者を追い出すとは……。まことにもったいな……。いや、不義理なことをする」


 アドリー王……今、ちょっと本音が出たでしょ。


 他の大陸の魔王を倒した勇者が、うちの国にきてくれねぇかなって思ったでしょ。


 実は目の前にいるんだけど、俺はアドリー王に召喚されたわけじゃねえから送還できねぇでしょ。


 でも、万が一出来るんだったら魔王討伐をしてもいいが……。


 一応、身元バレしない程度に確認してみるか……。


 万が一、帰れるならこの国の魔王くらい全力で葬ってやる。


「アドリー王、興味本位での質問ですが、よろしいでしょうか?」


「ふむ、我がアレフティナ王国一の回復魔法の達人であるドーラス師の質問であれば答えてもよかろう」


「仮にその魔王を倒した他国の勇者を、アドリー王が元の世界に送還させるということは可能でしょうか?」


「質問の答えだが、他国の勇者を送還するのは無理だろうな……。わしらは自国の勇者の送還権しか持っておらぬからなぁ」


 マジかー。やっぱり無理かー。


 もしかして帰れるかと、ちょっとだけ期待してたのに、やっぱりこの世界はそんなに俺に甘くできてないようだ。


 このクソゲーオブクソゲー世界はマジでむかつくぜ!


 くっそ、このまま異世界で一生生活するのか……。


「やはりそうですか。もしかして帰れるなら、その勇者を探し出して我が国の魔王を倒してもらおうと考えておりましたが……。そうですか、無理ですか……」


「おお、そのような発想はわしにはなかったな! ただ、ひとつだけその勇者を故国へ送還できる手段はないこともないが……」


 帰れる手段があるだって!? そんなのがあるなら、是非教えて欲しい!!


 今の俺はその方法を知るためなら、魔王とだって取引するかもしれない状態だ。


「な、なんですとっ! 他国の勇者を送還できる手段があるのですか?」


「ああ、ただ成功する可能性は非常に低いのだが……」


 成功の可能性が低かろうが、ゼロでない限りは試させて欲しいぞ。


「少しでも成功の可能性があれば、魔王を倒した勇者を説得する材料になるかもしれませんぞ!」


「おお、ドーラス師! そなたはわが国のことをそこまで気にかけてくれているのか。そなたを宮廷魔導師として抜擢したわしの眼に狂いはなかったぞ」


 アドリー王、たしかにあんたの眼に狂いはなかったぞ。


 なにせ、俺がそのお探しの魔王を倒した他国の勇者だからな。


 焦らさずに早く、その送還できる手段を教えて欲しいぞ。


「して、他国の勇者を送還する手段とはいったい……」


「おお、そうであったな。他国の勇者を送還する方法は、我が国の召喚勇者が魔王討伐した褒賞として、『他国の勇者を一緒に送還して欲しい』と望めば、システムの優先度が高い討伐褒賞が実施され、その勇者も一緒に元の世界に送還されるはずだ」


「……なるほど……。勇者召喚システムの中に魔王討伐褒賞などというものが存在していたのですね……」


 あのクソ王は、俺に対し魔王を倒しても元の世界に帰れないと言った上に、討伐褒賞の存在すら隠してやがった。


 元居た国のクソ王に送還を頼んでも、俺のことを殺そうと思っているから拒絶するだろうし、あの国にいけば人の軍隊と戦わなければならんからな……。


 それなら、いっそアドリー王の言った通り確率は低そうだが、この国が次に召喚する勇者に取り入って魔王討伐に手を貸し、討伐褒賞で俺を一緒に送還させてもらうのを頼む方が、人を殺さずにすむ。


 ただ、この方法を選んで俺が魔王を倒した元勇者だとバレると、アドリー王もあのクソ王と同じように変心しかねないから用心に用心を重ねておかないと。


 俺を拾って、好待遇を与えてくれたアドリー王であるが、異世界人で、特に王族であることが警戒感を強める原因になっていた。


「ですが、アドリー王よ。やはりその方法では魔王を倒した勇者を説得するのは無理でしょう。我が国が召喚した勇者が、討伐褒賞で一緒の送還を選択せねばならないというのは、不確定要素が多すぎです」


 質問の内容から俺が元勇者だと推察されないように、他国の勇者を口説くのは無理だという結論をアドリーに伝えておいた。


 だが、元召喚勇者の俺は日本に帰るため、あえてその低確率を選ぶがな。


 ただし、アドリー王に変心されないようドーラスという仮の姿のままでやらせてもらうつもりだ。


「やはり、そう思うか……。我が国は自前の勇者に頑張って魔王を倒してもらうしかあるまいな……」


「そのようですね。このドーラスも次に召喚される勇者殿には助力を惜しまず手伝いをさせてもらいますので、早急に勇者フミヒコ殿の代わりを呼んだ方がよろしいかと思います」


「ドーラス師の言うとおりであるな。すぐに神官たちにも声をかけ、勇者召喚の儀式を行わなければなるまい」


 そうしてもらえると助かる。


 次に召喚される勇者には申し訳ないが、たとえ召喚されたとしても元勇者で魔王を倒したことのある俺が全力サポート役に徹するからきっと楽勝だ。


 俺は玉座の間から居室に向かうアドリー王を見送りながら、早く次に召喚されてくる勇者が来ないかと待ち遠しさを感じていた。

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