第3話 虐げられた勇者は逃亡先の国で成り上がった


 ゼペルギア王国の召喚勇者ミヤマ・ヤマトだった俺は、苦労の末に魔王軍の壊滅と魔王の討伐に成功すると、用済みとばかりにムエン王への反逆者としてお尋ね者とされた。


 そんな俺は船倉に隠れ潜んだ二週間の船旅を終え、別大陸のアレフティナ王国に到着していた。


 だが、逃げる時に一切の所持金を使い果たしていたため、食料を買えず道で行き倒れた俺を救ったのは、この国の王様が運営する救護院の職員だった。


 今は港町の救護院で温かいスープとパンを施してもらい、職員に話を聞いて貰っている。


「へー、ドーラスさんはゼペルギア出身なんですかー。それは難儀でしたね。あの国は色々と大変でしょ」


「ええ、まぁ。色々と大変過ぎて国を出てきましたよ」


「それはいい判断でしたね。このアレフティナ王国は豊かで他国の人間にも平等に門戸を開いていますし、何か特技とかあります? 一芸に秀でた方だとすぐに身分証を発行してもらえると思いますよ」


 職員の男が言っている『身分証』は、どこの国でも必要な物だ。


 どこの国に帰属している者かを明確にする物であり、国民か他国民かを識別するために各国で発行される物であった。


 俺がいたゼペルギア王国でも国民は等しく『身分証』の携帯を義務付けられていた。


 ちなみに、俺は召喚勇者ということでゼペルギア王国の『身分証』は一回も発行してもらったことはない。


「確かに身分証がないと困ることも多いですからね。この国に腰を据えるとなると必要になるでしょうな……」


 でも、さすがに魔王を倒した元召喚勇者ヤマト・ミヤマとは言えないよな……。


 一応、職員にも偽名でドーラスと名乗ったし。


 勇者の力のおかげで魔法は結構色々と使えるが、回復魔法はかなり優遇されていたはず。だから『治療師』だと申告しておくか。


 ゼペルギアでも回復魔法が使える人材は、色々と便宜を図っていたみたいだからな。


 俺は職員の男に対し、魔法が使えると申告すれば『身分証』が発行してもらえるか聞くことにした。


「私はゼペルギアで修行に励み魔法が少々使え、特に回復魔法は結構使えると自負しております。この芸で『身分証』の発行はして頂けるでしょうか?」


「なっ、なんですと!? 回復魔法の使い手ですと!? これは一大事! すぐに王を呼びますので、しばらくこの救護院でお待ちください!」


 回復魔法が使えると知った職員が、俺の肩を掴んで鼻息荒く叫んでいた。


 え、王様を呼ぶとかって……結構困るんですけど……また、あのクソ王みたいな人とかだと……面倒だし。


「お、王様ですか……。そんな、恐れおおいですよ。私は普通に暮らしたいんで、身分証だけもらえればありがたいのですが」


「王より回復魔法の使い手を見つけたらすぐに連絡を寄越せと厳命されておりますので、貴方様の命を助けたわたしの顔を立てると思って、王と面会してください」


 命を助けてくれた人に土下座せんばかりに頼み込まれたら、断れないじゃないっすか。


 まぁ、王様も色々といるだろうし、それに今回は勇者という形での面会じゃないし、無茶なことを要求されることもないだろう。


 俺はその職員の顔を立てて、王に面会することになったんだが……。


 面会した王様に回復魔法が使えるのを見せたとはいえ、初対面の俺に『是非、うちの国専属の巡回治療師として働きたまえ』という信じられないことが起こった。


 国専属の巡回治療師の職は、俸給として月金貨一〇枚という破格の待遇で、王都で官舎も支給されるという信じられない提案をされていた。


 この世界、金貨一枚が日本での一〇万円ほどの価値。


 なので、アレフティナの王様は月給一〇〇万をポンと提示してくれていた。


 年で一二〇〇万という高給取り、しかも税は全額免除してくれるらしい。


 給料が丸々懐に入るうえ住宅まで提供とか、この王様太っ腹すぎでしょ。


 勇者として頑張ったゼペルギア王国で、ムエン王から与えられた資金や、魔物を倒して得た素材を売って、細々と貯めた金が金貨五〇枚(五〇〇万円)ほどだったのを思うと桁違いの好待遇を提示されていた。


 思わぬ好待遇に『なんかヤバい仕事でもさせられるのか』と思ったが、王から聞いた話だと巡回の治療師として各地の村々を回って欲しいとのことであった。


 回復魔法はこの世界では薬と同じように重宝されるため、この国の王は回復魔法を使える者を常時探しており、好待遇で採用していたのだ。


 国の事情を理解した俺は二つ返事で王の申し出を受けた。


 こうして俺はゼペルギア王国の召喚勇者ミヤマ・ヤマトから、アレフティナ王国の巡回治療師ドーラスとして転職を果たしたのだ。

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