第2話 プロローグ2


「勇者ヤマト様、お傍について世話をせよと、王より言付かっております」


 メイドに連れられて来た部屋に入ると、綺麗な女性たちが俺を出迎えてくれていた。


 これが、王の言う『上等な部屋』ということなのだろう。


 聞いた話だが、ムエン王は国民から美女や美少女を集めたハーレムを作っているらしい。


 ここに居る子たちは、そのハーレムのお気に入りから漏れた子たちだろうと思われた。


「どうせ一晩寝るだけだから、世話はしなくていいよ。朝になれば出ていくし」


 召喚勇者として王城の者たちには、邪険に扱われたことは多々あった。


 こちらに来た当初は、死に戻りするたびに無駄飯の勇者とまで言われたこともある。


 そんな異世界人たちの冷たい言葉にも負けず、勇者としての仕事に邁進したのは、亡くなっていた親からの教えを守りたい意志と、ゼペルギアの王国民たち笑顔を守りたいからだった。


 けれど、その思いも先ほどのムエン王の言葉で急速に萎んでいる。


「そのようにつれないことをおっしゃらないでください。王より心づくしの接待をせよと申しつかっていますし、私たちも魔王を討った勇者ヤマト様の武勲を聞かせてもらいたく思っていますわ。ささ、こちらのテーブルへどうぞ。お酒も食事もすでに準備を終えています」


 集団の中で年長っぽい女性が俺を誘導して、豪華なソファーへいざなう。


 今回俺の接待に選ばれたのは、一〇人ほどの一〇代~二〇代の女性たちであった。


 彼女たちの積極的な行動は、きっと俺を上手くもてなしてやる気にさせれば、王から褒賞かなにかが出るのだろうなぁ。


 そんな相手の下心が透けて見えると、綺麗な女性からとはいえ酒を勧められても飲みたくはない。


「酒はそこまで強くないんで……薄めで頼む」


 飲みたくないと断ると相手にも角が立つため、最低限の饗応をしてもらい、早々に寝床に入って自分の棲家へ引き返そうと考えた。


「承知いたしました。薄めでお作りしますわ。さぁ、まずはいっぱい。勇者ヤマト様の話す魔王討伐のお話し楽しみですわ。夜も長いことですしね。うふ」


 年長の女性が意味深な視線を送ってくれるが、とりあえず飯と酒だけで十分だ。


 あの王に借りを作ると、あとでどえらい額の請求書がきそうだしな。


 俺は数杯の酒と食事を早々に終えると、女性たちと分かれベッドに倒れ込んだ。



「…………よくぞ。やった。お前らはあとで褒賞を与えてやる。こいつは満座の面々の中でワシに恥をかかせた奴だ。魔王とその配下の強力な魔物が討ち滅ぼされたことで、勇者召喚システムの死に戻りもできなくなったから生かしておく必要はない。きちんと食事と酒に痺れ薬を仕込んでおいたか?」


「はい、王様より頂きました強力な痺れ薬を50人分たっぷりと仕込んだ酒と食事を提供いたしましたわ。あのクズ勇者は私たちをエロい目で見てて、気持ち悪かったんですが、これも王様からのご命令ですのでしっかりと遂行させてもらいました」


「お前らを巻き込んでしまい、すまなかった。ただ、それも今回で終わりだ。勇者ヤマト・ミヤマを反逆者として討てれば残りの魔王軍残党なぞ我がゼぺルギア王国軍の精鋭に蹴散らかされるであろうしな」


「さすがムエン王様です。早いところ、あの叛逆者を討って頂きたいですわ」


 ベッドで目覚め、扉の外で聞こえてきたのは俺に酒を勧めてきた年長の女性とムエン王の声だった。


 予想した通りの展開だったな。


 痺れ薬入りとは思わなかったが、生憎と鍛え上げた勇者の能力として、状態異常など酒酔い以外は全て無効化できるので痺れ効果は受けていない。


 とはいえ、聞こえてきた話は不穏過ぎる内容だな。


 それと魔王が倒れた現時点、俺は以前ならできた死に戻りが不可能になっているらしい。


 ただ、LV99になった今の俺は、魔王以上の力を持った人でないと倒せないと思うが……。


 それにしても、あの王は俺を使い捨てにするつもりのようだ。


 日本から勝手に召喚して、文句も言わずずっと真面目に勇者をやってきた俺を、『魔王を倒したら用済みだ』とばかりに叛逆者として処分するらしい。


 呼ばれたばかりの時にこんな話を聞いたら焦ってたかもしれないが、異世界在住歴十数年となれば、あの王が狭量な独裁者なのは重々承知していた。


 ふぅ、さてどうしたものか……。


 無抵抗で殺されるのも馬鹿らしいが、かといって王城の者たちを皆殺しにして生き延びるのも寝覚めが悪い。


 となれば、どこか身を隠して暮らした方がよさそうか。


 どうせ、やるべき仕事だった魔王討伐も済んでいるし、俺が消えてもこの国で困る人もいないだろうし、潮時か……。


 廊下での会話を聞いた俺は、すぐに隠蔽の魔法で姿を隠し王城より姿を消した。



 王城から勇者の俺が姿を消したことで、事態は急変していた。


 逃亡した俺の首に『叛逆者』としての懸賞金がかけられ、装備や貯めた資金を蓄えておいた棲家は王国軍の手が入っていた。


「まじか……ここまで手が早いとはな」


 視線の先では、俺の棲家が王国軍の略奪を受けているのが見える。


 魔物討伐の時は、その重い腰を上げずに見ているか、待機してた連中だったのに、お宝があると聞けば動きの速さが段違いだった。


 棲家には十数年かけて細々と貯めた金と装備があるが、今行くと王国軍とガチでやりあうことになってしまう。


 俺のいた現代日本では『盗賊に人権はない』と言い切ったアニメキャラがいた。


 だが、同じようなファンタジー世界に生きているとはいえ、俺はそこまで冷酷になれるわけない。


「仕方ない。手持ちの金で何とか逃げ切るしかねぇか……」


 眼下では住み慣れた棲家が、王国軍の放った火で燃え上がっていた。


 火までかけることはないだろうに……王国軍のやつら、隣家に延焼したらどう責任取るつもりだよ。


 まさか、それも俺の責任にするつもりか。


 国を守るための軍隊のくせに、救いがたい馬鹿野郎たちだな……。


 あんな王とこんな軍隊が居る国に魔王が居なくなった今、もう俺の居場所はないな……。


 日本に帰れないとなれば、もう少しマシな国に移るとしよう。


 俺は長年暮した棲家にかけられたその火を見て、この国への未練を断ち切ると、港町で外国へ向かう船に忍び込み、十数年暮らしたゼぺルギアから脱出し、新たな名で新しい生活を始めることにした。

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