第36話:隠策(かくさく)
この学園は大型統合を機に二学期制へ切り替えた。
4月から7月が一学期。
9月から3月が二学期。
12月と1月の学期切り替えを廃止している。
でも大型連休を挟むため、連休前に形式的な終業式は残している。
終業式の前は中間考査。
年間の試験が一つ減った分、一つ一つの試験にかかる成績のウェイトが増えた。
つまり、成績に高低差の波がある人は、低い時期に試験が重なってしまうと試験回数が少ない分だけ取り返すのが難しくなる。
でもあたしは普段から時間が余り気味で、その時間を勉強に充てているから、波が起きにくい。
「ねえ、試験勉強してる?」
「わたし全然やってないよ~。進級に響いてダブったらどうしよう~」
年末感が漂い始めている今、試験が近づいてきた時のお約束な会話が周囲で繰り広げられている。
「
「…前も言ったけど…遊ぶ相手が…少ない分…勉強してるから…」
「でも、来年からはどうかな?彼氏と遊び呆けたりして」
「…もう…そういうこと…言わないで…!」
頬を膨らませて小声で抗議する。
文化祭が終わってしばらくの間、あたしと
でも文化祭の余韻も薄れてくるに従って噂も耳に入らなくなった。
幸い、誰にも気づかれていないらしく、白須賀さんとの関係をあたしに直接聞いてくる人もすっかりいなくなった。
…とても言えない。その噂が消える前に付き合い始めたなんて。
あれからも時々白須賀さんがうちに来ては抱き締められて、二人だけの時間を過ごしていた。
まだ抱き締め合う以上のスキンシップは無いけど、それ以上踏み込まれるとますます彼へ熱視線を浴びせてしまい、周りに気づかれる恐れがある。
「…どうしたの…?」
不意に優愛ちゃんはスマートフォンの画面に目線を移していた。
「先輩からだ」
「…何て…?」
「試験休部前に練習試合を観戦しないかって」
「…それ…いいじゃない…」
優愛ちゃんと塔下先輩の関係はさほど進展が無く、友達の延長線上にいる。
「クラスどころか学年が違うと結構壁を感じちゃうわよ。かといってわざわざ教室まで行って目立つのもちょっと抵抗があるというか」
「…また…白須賀さんに…」
「それはもう願い下げよ」
白須賀さん嫌いも変わりはなく、平行線を辿っている。
学校帰りに、白須賀さんを自分の部屋に招き入れた。
「…あっ…そこ…違う…」
「ならこうか?」
「…んんっ…それはダメ…」
「何がダメなんだ?」
母の帰りはまだもう少し後。
「…この場合は…こうです…」
「おお、そっちだったか」
試験対策として白須賀さんの勉強を見ている。
前から彼の勉強に付き合っているけど、決して勉強ができないのではない。
基礎の地はできているけど、わずかな勘違いやミスが多いだけ。
そこを修正することで見違えるほどよくなる。
「頼もしい彼女を持って心強いよ」
「…そんな…あたしこそ…もったないくらい…素敵な彼氏です…」
白須賀は優愛同様に未だ敬語敬称を使う明梨の態度が気になっていた。
しかし今は付き合ってることを周囲に隠している事情があり、変に意識をさせるのはまずいと感じている。
「それじゃそろそろ帰るよ。お邪魔しました」
「…あの…一つ…相談が…」
あたしは思いついたけど、まだ具体的なことを何もしていないことを口に出す。
「わかった。それでやってみよう。けどいいのか?本人の意思と関係ないところで動くことになるが」
「…少しでも…何かしてあげたくて…これが…勝手なことだって…わかってます…」
「そうか。わかっているなら止める理由はない。進展があったらDirectアプリでメッセージする」
「…はい…お願いします…」
これで後は白須賀さんに任せればいい。あたしはあたしのやることを行動に移すだけ。
そして日曜日。
「お待たせ、明梨」
「…おはよう…優愛ちゃん…」
塔下先輩の練習試合は、優愛ちゃんがあまり乗り気じゃなさそうだったから二人で行くことにした。
一人だと心細いのか、見に行くかを聞くと言葉を濁された。
「屋内で助かるわね。屋外だと風が冷たくてかなわないわ」
「…うん…もう…年末だもんね…」
練習試合だから出入りは自由になっていて、場所も近くのスポーツセンターを借り切っている。
二階の観客席に二人で座る。
地区大会の前哨戦という位置づけだから、それなりに重要な試合ではあるけど、今日の結果が地区大会の勝敗を決するものではないためか、空席のほうがはるかに多い。
十席あたりに一人がいるかどうかのまばらな観客数になっている。
自校の卓球部員同士が台を囲んで軽く打ち合っている姿が見えるから、まだアップ中なのだろう。
「…先輩…いたよ…」
「どこ?」
「…あれ…」
あたしが指差す先の塔下先輩を優愛ちゃんが捉える。
「いた。ほんとだ」
一度見つけた優愛ちゃんの目線は釘付けとなっていた。
「…あ…先輩…手を振った…」
「うん、気づいたみたいね」
ずっと先輩を見つめ続けている優愛ちゃんを、隣で眺めている。
少なくとも白須賀さんのように嫌うタイプではない手応えを感じた。
その後、先輩はこっちを気にすることなく試合に集中していた。
「…優愛ちゃん…」
「何?」
「…結局…先輩は一度しか…こっちを気にしなかったけど…優愛ちゃんは…気にならなかった…?」
いることは意識したものの、まるでいないかのような姿勢で試合は終わった。
「むしろ安心したわ」
「…安心…?」
「今のところは知り合って間もない友達って程度だし、その友達を気にして目の前にあるやることを
優愛ちゃんはそういう考え方だったんだ。
でも今日の本命はここから。
「撤収を開始したし、そろそろ帰ろ」
「…うん…」
「塔下、この後の打ち上げ来るだろ?」
部員の一人が声をかけた。
「そのつもりだったけど、先約があるから残念だけど今回はパス」
「そうか。次は来いよ」
「ああ」
ひょいとバッグを肩に提げて部員とは別の方へ歩きだした。
「よう、待ってたぜ」
「こないだまでさっぱりだったのに、なぜか最近よく会うよな」
待ち合わせしていたその人と合流する。
会場を出て駅の方へ向かう。
「ほら明梨、彼氏が迎えに来てるよ。もしかしてこの後デート?」
道の途中で白須賀さんが手を振っている。
「…ってちょっと待った。なんで明梨がここに来てることを知ってるの?少なくとも会場にはいなかったはず」
「や」
街路樹の影から顔を出したのは塔下先輩。
うまくいった。
「と…塔下…先輩っ!?」
「さっきそこで合流したんだ。二人で食べに行くつもりだったけど、またこの四人で行こうと思ってね」
ガッ!
再び白須賀を壁に追いやり、足の間に足を差し込んで壁に足をかける優愛。
「どういうつもりよ?」
塔下先輩は先にファミレスへ入ってもらい、席で待っていてもらっている。
あたしと優愛ちゃんと白須賀さんが外にいる。
「何のことかな?」
「とぼけないで。あなたの手口はお見通しなのよ。どうせ用意周到に準備して仕組んだんでしょ?」
「…優愛ちゃん…これは」
「明梨は黙ってて。どうなの?」
ギッと鋭い視線を向けている。
「どうもこうも」
「…あたしが…頼んだの…」
「えっ、明梨が?」
優愛ちゃんが練習試合に誘われたことを知ったあたしは、白須賀さんに連絡して四人で会う場を作れるかを相談した。
快諾してくれた白須賀さんに全部任せて、あたしは会場入りしたことをDirectメッセージで伝え、塔下先輩より後に会場を出るよう時間稼ぎをした。
優愛ちゃんは足を引っ込めて向き直る。
「どうして?」
「…その…優愛ちゃん…なかなか距離を詰められないって…悩んでたから…」
「こんなの頼んでないわよ」
「…ごめん…でも…黙って見ていられなくて…つい…」
はふ…
小さくため息をつく優愛ちゃん。
「いつも明梨の面倒を見てきたわたしが、今度は明梨に面倒を見られる立場になる日が来るなんてね」
「俺をいくら嫌ってくれようとも構わない。だがこれも狙いのひとつなんだ」
「狙いって何よ?」
「二人の相互依存を適度なところまで薄めること。そのために別のところへ意識を傾ける何かが必要だ。趣味でも、勉強でもいい。あるいは…恋でも」
顔を赤くしている優愛ちゃんがどこか新鮮に思える。
「また掌の上で転がされてるような気がして気分悪いけど、あまり先輩を待たせたくないわ。行きましょう」
「何度でも言わせてもらう。君の恋を実らせるために努力は惜しまない。嫌いな奴に頼むのは癪だろうけど、手を借りたいなら遠慮なく言ってくれ」
「そうね、また明梨が裏で動かないようにする程度であてにさせてもらうわ。舵取りがうまいことはわかってるから心配はしてない」
「おまたせ。メニュー貸して」
「はいよ」
塔下先輩は先に入って4人席を取ってメニューを広げていた。
席についてメニューを受け取る。
「外で何してたんだ?」
「試験が近いからな。勉強会をいつどこでしようか相談してた。学年が違うから聞いても雑音になるだろ」
「それくらい別に構いはしないが」
さらっと誤魔化す白須賀さん。
先輩は奥の席にいた。
優愛ちゃんは先輩の前で、あたしは先輩の横。つまり白須賀さんと向かい合わせ。
もしかすると優愛ちゃんの視界に入らないよう配慮したのかもしれない。
「先輩はいつ頃から卓球を始めたんですか?」
「中学二年の終わりくらいだけど」
「卓球って見ていて地味な印象がありますけど、意外に激しいんですね」
「俺も最初はそう思ってたよ。いざやっていると筋肉痛になるくらいの激しさだったのは今でも覚えてる」
注文を済ませたあとで、優愛ちゃんと先輩は試合の感想を交換していた。
♪
不意にDirectのメッセージ着信通知が耳に飛び込んできた。
何だろ?
見るとSirasoccer(白須賀)からだった。
『先輩には付き合ってることを教えてある。明梨に絡んでくることはそれほど無いだろう』
すぐに画面を消してポケットにしまう。
ということは、ここの全員が知ってるんだ。
でも、それじゃこうして集まってる意図がすぐ分かっちゃうんじゃ…?
「あんな熱い試合を見せられちゃ、女の子も黙ってないだろ?」
「そうでもねえよ。そもそも興味を持って見に来る奴が少ないしな。モテたいならテニスかバスケだろ」
助け舟か泥舟化か、かなり際どいところへ切り込んでくる白須賀さん。
「そもそもなんで卓球を始めんだ?」
「やることは別に何でもよかったんだよ。体動かして頭ん中からっぽになるあの感覚があるならな。それが感じられなかったらいつでもやめてたさ。前みたいなやさぐれた日々はもうまっぴらだ」
「やさぐれた…って何ですか?」
優愛ちゃんが切り込んできた。
「ああ、先輩は中学の時…」
「やめろ。思い出したくもねえ。それはお前も同じだろ」
白須賀さんの言葉を先輩が遮る。
あたしはその昔話を知っている。付き合い始めてすぐの頃、直接聞いた。
ということは、あのきっかけになったのは塔下先輩だったんだ。
「…塔下先輩は…いつから白須賀さんと…知り合ったんですか…?」
ふと湧いた疑問をぶつけてみる。
「幼稚園の頃だったな。
「…そう…だったんですね…」
あたしの中で分裂していた、白須賀さんに関するパーツが一つにつながった。
魔学区。
頻繁に学区が再編成される厄介な地域のこと。
在学中に学区が変更されても、卒業までは入学時の学区扱いとなる。だからお隣同士でも別の学校へ行くこともある。
もちろんあまり人気の無い地域らしい。
白須賀さんと
「明梨は何か知ってそうな様子ね」
斜め向かいに座っているから、優愛ちゃんに気づかれてしまった。
「…優愛ちゃんには…関係ないこと…」
「そっか、彼氏絡みか」
「まあ深くは突っ込まないでくれ」
すかさず白須賀さんが止めに入る。
「そうね、嫌いな人の過去なんて興味がないどころか聞いただけで寒気がするわ」
「だそうだが、お前は構わないのか?」
「吹上さんのは口癖とでも思っているから気にならない。興味があるのは、目の前にいる俺の彼女だけだ」
「えっ!?それバラしていいの?」
「先輩はとっくに知ってるよ」
事もなげに言い捨てる。
「そういうこと。こうして集めているヤツの狙いは未だ見えてこないけどな」
ということは、優愛ちゃんと先輩をくっつけようとしてるのはまだ知らないんだ。
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