第34話:逢拶(あいさつ)
「どういうことよ?」
これで彼は片足を上げて足をかわすか、優愛ちゃんが足を引っ込めるまでその場から動けない。
壁ドンならぬ壁股…?
「なんのことかな?」
あたしはどうしていいかわからず、おろおろするばかり。
「とぼけないで。どうして
「中学の馴染みだから、ついでに呼んだだけだ」
「あなたはこういう手口を得意にしてるのは把握してるつもりよ。だから嫌いなの。本当は
少し前。
イートインコーナーにあるコーヒーメーカーが不調だったため、行列までできていたことが響いて、席へ戻るまで20分くらいかかった。
その間、ずっと塔下先輩と優愛ちゃんは二人きり。
何を話していたのかわからないけど、黙るわけにもいかないから何か会話をしていたようだった。
みんな食べ終わり、塔下先輩と離れた後に優愛ちゃんは白須賀さんの襟を掴んでここに連れてきて今に至る。
「
「はぐらかさないで。質問に答えて」
「全部答えていいのか?本当にいいのかい?」
おどけた様子は消えて、まっすぐ優愛ちゃんの目を見て言う。
「はぁ…どうせ全部お見通しなんでしょうから、言いなさいよ。心の準備もしたわ」
「なら言うけど、君の恋を応援しようと思って仕掛けた」
「…やっぱりね。そんなところだろうとは思ったわ」
「俺はきっかけを与えた。この先どうしたいかは君次第だ。こうしてあいつと二人で会話する場を作った以上、もう知らない仲ではない。積極的に関わっても不自然なことは何もない。俺に協力できることはする。何ならまた別の形で出かけるように計画もしよう」
優愛ちゃんは足の間に差し込んでいた足を引っ込めた。
「もういいわ」
表情は穏やかになっている優愛ちゃんだけど、目線は厳しいまま。
「塔下先輩は俺と違ってかなりの
「そうみたいね。二人でコーヒーを淹れに行ってる時間がやたら長かったから、塔下先輩とは色々お話できたわ。少なくともわたしが嫌いなあなたとは全く正反対の考え方を持ってるみたいね」
「あれは偶然コーヒーメーカーが不調だったから、その間に待ってる人も増えて、時間がかかっただけだ」
「それも込みで狙ってやったんじゃないかと思ってるわよ」
肩を竦める白須賀さん。
「あれはさすがに予想外さ。そこまで未来を見通せるなら超能力者だ。ほんの数分程度、二人で話す機会を持たせようと思ったらああなっただけだよ」
「先回りしてこっち向いて『早くここまでおいで』と手招きしながら
すっかり元の優愛ちゃんに戻っている。
白須賀さんと離れて、帰る道を歩いている。
「…それで優愛ちゃん…」
「何?明梨」
「…塔下先輩は…どうだったの…?」
「あいつの思惑にまんまと乗ってしまったのは
「…それは…好きって…こと…?」
「その結論を出すのは早いわよ。けど、少なくとも嫌いなタイプじゃないことは確かね。それを確かめるために先輩と関わるの」
♪♪♪
白須賀がポケットに入れているスマートフォンが着信音で主張する。
「今日は来てくれてありがとう。先輩」
『驚いたよ。誰が来るかは来てのお楽しみって言われてたけど、あの有名な沈黙姫とお付きの人だったとは』
「もうその名は返上したけどな。沈黙姫と呼ばれた人はたどたどしいながらも、しっかり喋るようになっている。吹上さんは鐘ヶ江さんと少し距離を置き始めてるから、お付きの人ってのも過去のことだ」
『確かにな。しかしあの二人を見てると思い出すな。あの頃を』
「はは…先輩を病院送りにしたことは本当に申し訳なく思っている。今日のおごりはその意味もある」
『その話は中学の卒業時点で完全に終わってる話だろ』
「ほんの気持ちってことだ。そうそう、まだ黙っていてほしいけど、鐘ヶ江さんは俺の彼女になった。頼むからちょっかい出さないでくれよ。公表は年内にする」
『…お前、あの子にしたのか。それは意外だったな。いや、むしろお似合いか』
「最初は知らずに近づいたんだがな。彼女の過去を聞いて、一瞬頭が真っ白になったよ」
『それはそれとして、今日こうやって呼んだのは何か裏があるんだろ?おまえのことだからな、何を企んでるんだ?』
「さあて、何の話かわからないんだが。まあ初めてできた彼女のお披露目とでも思ってもらえばいい」
『はっ、言ってろ。どうせ聞いたところで正直に言うやつだとはハナっから思ってないからな。まあ企みは置いとくとしても、今日はごちそうさまだ』
「ああ、またな」
終話ボタンを押してスマートフォンをポケットにしまう白須賀。
「さて、吹上さんはどう出るかなっと」
ゾゾゾッ!
「…どうしたの…?優愛ちゃん…」
「なんか、すごい寒気がしたわ」
ヒュオッと冷たい風が吹き抜けたものの、優愛が背筋に感じた寒気とは全く関係ない寒さだった。
「…もしかして…風邪じゃ…?」
「ううん、多分わたしの嫌いな人がわたしのことを考えてたのよ」
「…まさか…それはさすがにないんじゃ…」
「まあ、あいつの思惑はともかくとして、わたしなりに塔下先輩とは関わってみる」
決意を新たにした優愛ちゃんは、見たことないほど澄んだ目線を向けてきた。
「…うん…あたしにできること…あったら言ってね…」
「ほんと、彼氏持ちは余裕ですなぁ。相手がアレってのは正直落ち着かないけど」
白須賀さんが彼氏になったとはいっても、優愛ちゃんがいなければ確実に諦めていた。
二人の間に何があったのか、あたしは知らない。
全部優愛ちゃんに任せると丸投げしたのはあたし。
その後すぐに付き合い始めたことで浮かれてしまい、聞くタイミングを完全に逃してしまった。
でも、他に聞きたいことがある。
「…優愛ちゃん…」
「何、明梨?」
「…彼女って…何をすれば…いいのかな…?」
これは彼を好きと自覚し始めた時から抱えていた疑問。
「今までと同じでいいんじゃない?わたしも彼氏なんていなかったから、どうしていいかなんてわからないけど」
「…同じで…いいの…?」
「それじゃ聞くけど、明梨は演じてる偽りの自分を好きになって欲しい?」
「…それは…」
そもそもただでさえいっぱいいっぱいの今、演じる余裕なんてあるはずもない。
「自分じゃない自分を見せて、それを気に入られたら、その自分を演じきれるの?」
「…無理…」
「でしょ?だから今までと同じでいいと思うわ。友達と違うのは、距離感かな。物理的にも心理的にも」
距離感…?
ぽかんとしてるあたしに気づくと、優愛ちゃんは続ける。
「恋人って手を繋いだり、キスしたり、それ以上のスキンシップをしてるでしょ。友達相手にそういうことする?よほど仲が良ければ手を繋ぐくらいはするかもしれないけど、やってもそこまでよね」
「…そうかも…」
「だから、本人同士がどうしたいか。そこに尽きると思うの。下手に自分を隠してよそよそしくなって、距離感が掴めなくて離れていかれるよりいいでしょ。自分を偽っても、自分が苦しくなるだけよ。だから、今までと同じでいいと思うの。距離感がグッと近くなるのは戸惑うかもしれないけど」
距離感。
それは確かにある。
付き合い始めた翌日に、白須賀さんはあたしを抱き締めに自宅へやってきた。
嫌なんて思いは全然なくて、むしろもっと抱きしめて欲しかった。
優愛ちゃん相手に、そんなことは多分思わない。
「わかった?」
「…なんとなく…」
「それじゃ、わたしはこっちだから」
「…うん…」
家のある場所が分かれるところで、あたしたちは別の道を進む。
優愛ちゃんの言ったことがよくわかった。
確かに友達と恋人は違う。
溶け合って一つになってしまいたいくらい、強く求める気持ちがある。
けれども、今は秘密の関係でいるから、人目を盗んで抱き合うかメッセージや電話で触れ合うことしかできていない。
年内に付き合ってることを広めると言ってたけど、怖いのはその後。
人気のある人と付き合ってると知られたら、状況はかなり悪くなる。
白須賀さんのことだから、その辺はよくわかってるはず。
あたしにできることは…思いつかない。
翌朝。
「それで明梨、いつ彼氏を紹介してくれるの?」
もはや「おはよう」の挨拶代わりになっている母のこの一言も結構鬱陶しく思い始めている。
奨学金の件で母は仕事を大幅に減らしているから、朝と夜はうちにいる。
顔色もだいぶ良くなっていて、相当無理させていたんだと実感した。
Directアプリで「母が会いたがってる」と彼氏にメッセージを送る。
返事は『そうだった。それがあったな。君の母は何時くらいに帰ってくる?』だった。
タシタシと文字を入力して「だいたい夜七時くらい」と返信する。
そうこうしているうちに登校の時間になって家を出る。
「おはよう、明梨」
「…おはよう…優愛ちゃん…」
あたしに彼氏ができて以来、優愛ちゃんと一緒の登校はバラつき始めた。
必ず待ち合わせていた前と違って、偶然居合わせた場合だけ一緒に行く。
彼氏に気を遣っているわけではないらしい。過度に共依存してることを自覚したから、ほんの少しだけ距離を置くようにしている。
いきなり離れると反動で元に戻ってしまうことを危惧して、これまでみたいな『いつでもべったり』をやめている。
「…あ…塔下先輩…だ…」
「どこ?」
「…あそこに…」
指さした先には、確かにその人がいた。
「ほんとだ。一人みたいね」
「…まず…あたしが声…かける…」
(ほんとに明梨、変わったな)
微笑ましくもあり、少し寂しくもある優愛の顔はやや複雑になった。
「…おはよう…ございます…塔下先輩…」
「ん?あぁ、おはよう」
「おはようございます」
微笑みながら優愛が挨拶を交わす。
「こないだの二人か。仲いいんだね」
「先日は誰が来るのかすら知らされずに引っ張り出されたらしく、ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ございません。代わりに謝らせてください」
「いや、あいつはいつもああなんだ。何か狙いがあるはずなんだけど、それが何かいまいちわからなくてね」
「そうなのですか?」
会話しつつ、さり気なく塔下先輩の隣を歩く優愛ちゃん。
「理由を言わずに仕掛ける時はだいたいな」
思い当たるフシはある。一番頭に残っているのは学園祭のテーマをあたしに押し付けてきた時のこと。
本当の狙いはまだわかってない。
「何か思い当たることがあるって顔だね」
後ろを歩くあたしに話を振ってきた。
「けど、悪い方向に導くことはまず無いから、安心するといい」
サッと話を切り上げる。
なんだろう、この感じ。
塔下先輩はあたしへあまり意識を向けてない。
というより、意識してあたしから気を逸している気がする。
もしかしてあたしが白須賀さんの彼女だって気づいてる!?
いや、まさかそんなことはないと思う。
しかしあたしは知らなかった。白須賀さん本人からすでに口止めしつつ教えていたことを。
校舎にたどり着いて別々の方向へ行くまで、優愛ちゃんは塔下先輩と楽しそうに会話をしていた。
「明梨」
「…何…?」
塔下先輩と分かれてから隣を歩きつつ声をかけてきた。
「先に挨拶してくれて助かったわ。実は声をかけるの、ちょっと緊張してたんだ」
「…そんな風に…見えなかった…」
「それはそうよ。もし気づかれたら気まずくなるもの。できるだけ自然にお話をしなきゃね」
「…そう…だよね…」
教室に入り
「…おはよう…ございます…」
いつもの挨拶がなぜか少し緊張してしまう。
優愛ちゃんの緊張があたしにも伝わってきたようだった。
今日は白須賀さんとあまり接点を持てないまま、誰もいない家に帰った。
「ただいま」
「…おかえり…」
夜になり、玄関にいる母の姿を確認して、自分の部屋に戻ろうと思った瞬間。
ピンポーン
呼び鈴が鳴る。
「…はい…」
台所へ向かった母の代わりに、あたしが玄関に行く。
遅れて台所から母が顔を出す。
ドアを開けたら…
「こんばんわ。ご挨拶に来ました」
「…しっ…白須賀…さんっ…!?」
「あらあら、まあまあ!」
台所から顔を出した母の顔がぱあっと
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