第29話:勇機(ゆうき)
「ええっ!?
「…うん…今の君では、その気持ちに応えられない…って…」
夜になってもショックから立ち直れていないけど、涙声になったまま
「明梨に絶対脈アリだと思ってたのに、何で!?」
「…やっぱり…これが当然の結果…だったんだと思う…」
「他には何か言ってなかった!?」
興奮気味に電話口の向こうから声が響いている。
今の君では、その気持ちに応えられないって言葉を聞いてから、聞こえてたし記憶してたけど、考えることができなくなっていた。
「…そういえば…自分を…取り戻せ…って…」
夕方のこと。
「今の君では、その気持ちに応えられない」
「…っ!?」
断られた。
わかってた。
あたしじゃ釣り合いが取れないってことくらい。
随分長く片思いを続けてきたと思うけど、
「…そう…ですよね…」
顔は一気に曇り、目線を下に落とす。
「…とても…釣り合い…取れません…よね…」
「そうじゃない」
?
何を言ってるのか、何を求めているのかわからない。
「自分を見失っている君と一緒にいることは、辛い」
どういうこと?言ってる意味が全く理解できない。
頭の中が真っ白になっている今は、何も考えられないでいる。
「だから、自分を取り戻せ」
彼は踵を返して歩を進め始める。
「今日のことは無かったものとする。今度こそ返事をする、という約束を破ったことは謝る。ごめん」
言われたことの意味がわからないあたしは、その背中を見えなくなるまで呆然と見送っていた。
姿が見えなくなってから、呆然とした顔のままで涙がとめどなく流れていた。
「明梨、それフラれてないって!」
「…そう…なの…?」
「だって噂だけど、彼にフラれた子たちって判を押したように『ごめん。君の気持ちには応えられない』って言われてそれっきりだって話だもん!無かったことにするなんて、明梨が初めてだと思うよ!?それと気になるのは『今の君』と限定してきたことだよ!」
そうだとしても、あたしの気持ちは届かなかった。
彼に釣り合うよう頑張ってきたけど、もうどうしていいのかわからない。
「明梨、この件はちょっとわたしに預からせて」
「…え…?」
「彼に確かめたいことがあるから。ね?」
「…うん…好きにして…」
これでやっと諦められる。
できることは全部やった。そのうえで断られたんだから、たぶん最初から無理だったんだ。
思わせぶりなことはたくさんあった。でもそれはクラスメイトとして気まずくならないための距離感を保つためだったと考えれば辻褄はあう。
いくら優愛ちゃんが動いたところでもうこれ以上、状況は変わらない。
状況はもう変わることがない。これ以上かき回されることはないから、優愛ちゃんの意思に任せた。
電話を切った優愛は、再び別の番号にダイアルする。
「もしもし、白須賀くん?」
『そうだけど、もう話を聞いたんだ?まあ遅かれ早かれ吹上さんには詰め寄られると思ったけどね』
「そうよ。どういうつもりよ!?何度も何度も明梨の告白を無かったことにして!」
『そのうち一回は彼女自身が取り消したんだけどな』
「そんなことはどうでもいいのよ!あなたは明梨に何を求めてるのよ!?」
『自分で気づかなければ意味はない。教えて気づいても、時間の流れと共に意識が薄れるだけだ。それより、君は俺のことを嫌っているんじゃないのか?』
「そうよ!嫌いよ!けどね、わたしがあなたを嫌いなことと明梨の恋を応援することとは全く別のことじゃない!あなたを嫌いはわたしの気持ちで、あなたを好きは明梨の気持ちよ!そのどっちつかずの煮えきらなさも本当に嫌い!先回りして余裕ぶってるのは本当に頭くるわ!」
『やっと鐘ヶ江さんの意思を尊重できるようになったな。まだ少しだけ依存している感じではあるが、かなり改善したようだ。辛抱強く鐘ヶ江さんに関わってきた甲斐がある』
「ということは、明梨と付き合いたいって思ってるってことね?」
『答える義理はない。たとえ幼少の頃から彼女を守ってきた君でもね』
「冗談じゃないわよ!はっきり断らず先延ばしにしてる時点であんたの気持ちはバレバレなんだからね!今日こそは腹の内を聞かせてもらうわよ!?」
絶対に引き下がらない。そう決意して電話した優愛は強い口調で白須賀に迫る。
はあ、と受話器越しにため息を聞き取った優愛。
「なら、これから言うことを俺から聞いたと鐘ヶ江さんに伝えないって約束できるか?」
何もわからないままよりは、分かれば動くことができる。
そう考えた優愛は
「するわよ!もし破ったらわたしとの約束も無かったことにしていいから!考えただけでも寒気がするけどスキンシップされても逃げないしやめさせないし抗議しないわ!文句は言わせてもらうけど!」
やけくそ気味に吐き出した。
「文句は言うのか」
「文句一つも言わずに溜め込んだら爆発するわよ!」
「そんなことだったの!?」
電話口から聞こえてくる本音を聞き終えた優愛は、苛ついた様子で噛み付いた。
『重要なことだ。これに自分で気づくことがね。今話したことをそのまま彼女に伝えるのは禁止だ。いいね?』
「わかってるわよ。それを気づかせればいいんでしょ?」
『どう動くか、楽しみにしてるよ』
「それと、明梨が好きならどうして自分から告白しないわけ!?プライドが許さないとか負けた気がするなんて思ってるわけじゃないでしょうね!?そもそも仮と言えども明梨と付き合った場合の話をしてるんだから、もうその気なんでしょうけど!」
『そんな下らない理由ではない。お互いが…特に鐘ヶ江さんの心が落ち着いてからじゃないと、人の気持ちは受け止めきれないと考えてるだけだ』
「自分から告白しないことと、付き合うことを否定しなかった。つまり、認めたよね?明梨を好きって、認めたよね?」
『好きか嫌いかは本人同士の問題だ。他人が干渉すべきところではない』
PI
終話ボタンを押して電話を切る。
「何よ、やっぱり明梨のこと好きなんじゃない」
フッと光を失った画面を見つめながらつぶやく。
「明梨自身に…気づかせる、ね。やってやろうじゃないの」
いつものとおり、優愛ちゃんと一緒に登校する。
でも彼のことはもう話題にしない。
あたしは諦める努力をする。
白須賀くんは、あたしをここまで変えてくれた。
それは感謝したい。
でも、それ以上の関係にはなれないと思い知ったのが昨日のこと。
昇降口で下駄箱を開けると、一通の封筒が置かれていた。
後で見ようと思ってカバンにしまう。
優愛ちゃんに見られると横やりが入りそうだったから、後で。
「…おはよう…」
教室に入り、いつもの挨拶を済ませる。
もう白須賀くんは来ていたけど、こうなると席が離れていたのは幸いに思えてくる。
受け取った手紙をポケットに仕舞ってお手洗いへ足を運ぶ。まだ誰もいないのは幸いというべきか。
手紙を見ると、たまに受け取るあたしへの思いを寄せることを綴った内容だった。
「…諦める努力…しなきゃ…」
林間学校から向こう、これまで何人も好意を持たれてきたけど、彼への気持ちを優先したからみんな断ってきた。
どんな人か分からないけど、まだ白須賀くんへの想いはまだ断ち切れそうにないけど、その一歩を踏み出そう。
好きな人に想いを伝えて断られて、気持ちの問題としてすぐ次の人というわけにはいかないけど、その場で断らずしっかりと考えてみることから始めよう。
「明梨」
ドア越しで突然かかった声に、あたしは目を見開いた。
「…優愛…ちゃん…?」
「諦める努力って何?」
「…それは…」
「受け答えはいい。そこから出てきて」
ポケットに手紙を忍ばせて個室のドアを開ける。
「今の、どういうこと?」
「………」
答えずにいると、優愛ちゃんはあたしの腰に手を回してきた。
離れた優愛ちゃんの手には、手紙が握りしめられている。
「…それは…」
「やっぱり。彼の件は任せてって言ったでしょ」
「…どうして…気づいたの…?」
「昇降口で何かをカバンに隠すような動きを見たからよ」
手紙をしまうところ、見られてたんだ。
他の人がお手洗いに入ってきて、その場では話をしにくくなり、ひとけのないところまで移動した。
「明梨の気持ちとして聞かせて。本当に彼を諦めるつもりなの?」
「…もう…多分…だめだから…」
「それは聞いてることの答えになってない。明梨の気持ちとして、もう諦めたの?諦めたくないの?」
(その答え次第ではわたしが動くべきどうか、が変わるんだから)
誰にも聞こえないほど小さな声で続けた。
「…諦め…られるわけ…ないよ…」
あたしはずっと堪えてたけど、涙声になりながら絞り出した。
「この件はわたしに任せてって言ったでしょ?もう少し待ってて。それとこの返事、明梨がしにくいならわたしが代わりに…」
「…それは…あたしが…やらなきゃ…勇気を出してくれた相手に…悪いよ…」
「そう。強くなったね。それで、明梨は白須賀くんのことをどう思ってるの?」
「…どうって…あたしなんかじゃ…とても…」
「質問に答えて。白須賀くんはどんな人?明梨の意見として聞かせて」
どうしてそんなことを聞いてくるのかがわからない。
けどこうもまっすぐ聞かれると、中途半端な答えじゃいけない気がしてきた。
「…かっこよくて…なんでもスマートに…平気な顔でこなして…女の子に人気で…万能な人…」
「万能、ね。本当にそうかしら?」
「…どういう…こと…?」
「明梨は白須賀くんに何をしてあげたか覚えてる?」
「…あたしは…何もしてない…してもらってる…ばかりで…」
「試験前はどうしたっけ?」
「…勉強を…教えた…」
「どうして勉強を教えたの?どういうきっかけだっけ?」
「…試験の点数が…あっ…」
そういえば前期の通知表を渡されるとき、彼の成績は進級できるか微妙なところって言われてたような。
「彼はなんでもスマートに平気な顔でこなす万能な人なの?」
「…そういえば…スポーツも…そんなに得意じゃない…」
優愛ちゃんは一瞬口元をニッと笑みに歪めるけど、あたしはそれに気づけない。
「彼は本当に万能な人?」
「…ちょっと…思い出させて…」
「わたしは明梨が白須賀くんと不釣り合いとは思わないわ。自分でよく考えて」
優愛は踵を返して数歩踏み出してから
「もし考えがまとまらないなら、紙に書き出してみるといいわ。ごちゃごちゃしてる頭の中がすっきりと整理できるから」
そのまま進んで角を曲がる。
「ということよ。後は明梨自身の問題ね。明梨が答えを出すまで、もう口を出すつもりはないわ」
そこにいた人へ吐き捨てるようにこぼして、歩みを止めず立ち去った。
「今のやりとりをわざわざ聞かせるためにここへ呼んだのか」
返事をする人はいないが、それが彼の口から出た言葉だった。
「さて、どんな答えを出すか。しかし律儀なやつだな。聞かれたくない話だってあっただろうに」
そうこぼして、姿を見せないままそこから立ち去った。
その日のうちにもらった手紙の返事は断り、優愛ちゃんと一緒に何事もなく下校して、部屋で一息ついたあたしは、優愛ちゃんに言われたとおり白須賀くんのことを紙に書き出してみた。
さらに比較するため、自分のことも書き出してみる。
気づきがあったから自分のことも客観的に見ることができている。
「…これって…」
白須賀くんのことを左側に、自分のことを右側に縦一列で書き出してみたら、今まで見えなかったことが見えてきた。
「…だから…あたしは…こんなにも惹かれたんだ…」
一人では埋められない欠点も、二人を合わせるとその欠点を大きく埋められる。
全部とは言えないまでも、欠点を補い合える。
数学の公式みたいに見えてきたあたしは、その比較表にのめり込んでいった。
「…もうこんな時間…」
用意されていた夕食を途中で食べたものの、時計はまもなく日付変更を迎えようとしている。
母はもう帰ってるはずだけど、疲れて寝ている時間だった。
あたしを今の学校に通わせるため、働き詰めの母とはほとんど会話していない。
父が出ていった頃から、あたしは口を閉ざしていたこともあって、
起こさないようお風呂に入ってベッドへ潜り込む。
奨学金のお知らせは見てくれたはず。けど考える余力があったかは疑問。
なぜ今頃になってなのかわからないけど、少しでも負担が減れば…。
あたしなりの一緒にいる意味を見つけた。
それをもう一度、彼に投げかけてみよう。
これでダメなら今度こそ諦める。本当のラストチャンス。
明日、また白須賀くんと話をする。最後の告白をする!
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