第24話:妄創(もうそう)
「この感じ、懐かしいね。
「そうだな。統合されてしまったから、ここが実質母校なんだよな」
「ねーねーぼこーって何?」
仲睦まじい夫婦と女児が、招待状を片手に校門の前に立つ。
「お父さんとお母さんが通っていた学校のことよ」
「坊っちゃん、いい加減に軽率な行動はお控えいただきたいのですが…」
「この歳になって坊っちゃんはやめてくれ、
後ろからガッチリした黒服が追いついてくる。
「
「そのためにあなたがいるのでしょう?元軍人さん」
微笑みながら黒服をいなす。
「軍人ではなく特殊部隊なのですが」
頭痛を抑えるように手を顔に当て、やれやれと言いたげな顔をする。
「そうなの?違いがよくわからないわ」
家族三人の行く手を阻むでもなく猿楽と呼ばれた黒服は後ろをついていく。
これが、昼前の出来事だった。
強い風に煽られ、名残惜しさを感じつつも、
そうだ。聞かなきゃならないことがあった。
「…白須賀…くん…」
「何だい?」
「…あたしの…企画書は…どこにあるんですか…?」
「どこって、文化祭実行担当の先生が…」
「…訂正があったので…その先生から…受け取りました…」
たこ焼き器の台数変更があって、消費電力の欄を修正する必要があり、一度企画書を預かった時に見た筆跡は、あたしのものではなかった。
「………ああ、そうだったな。あれは失敗したよ」
「…あんな…あたしの…穴だらけな企画書とは…比べ物にならなくて…あれは…白須賀くんが…作ったんです…よね…?」
ガシャ、とあたしの背にもたれかかった柵が軋む。
「すまん。悪気はなかったんだ。締め切りが迫っていたから直している時間は取れなかった。保険として俺が作った企画書を出すべきと判断して、無断で勝手に差し替えた」
「…ほんとに…あたしって…見る目が無くて…どんくさくて…いくら…頑張っても…空回りしてばかり…」
「
「…あたし…もう…どうしていいか…わからない…」
「こんな話がある。あるところにガラス職人とレンガ職人がいました。その二人はとても仲が悪く、何かと喧嘩していました。そこに、最高の家を建てたいと裕福な男性がやってきました。職人二人の評判は町でも有名で、二人の協力を頼みましたが断られて、まずはレンガ職人が家を建てました。しかし得意なのはレンガを組み上げることで、できた家は窓が一つもありませんでした。それ見たことかと今度はガラス職人が家を建てました。できた家はすべてガラスで中がスケスケ。何もかも見えてしまい、とても生活できる状態ではありませんでした。裕福な男性は職人二人を呼び出してこのことを伝え、二人が協力しないなら無駄になった建物の分を含めてお金は一切出さないと言って怒ります。職人二人は渋々協力して建てた家は、男性が満足するとても快適なものになりました。それ以来、二人はいがみ合いながらも最高の家を建てるために1つの家を建てる時は協力しました」
「…それが…何ですか…?」
「人それぞれ、できることは限られているけど、その力を合わせればできることが増えるんだ。鐘ヶ江さんが全部をやろうとするのは、その職人みたいに無理ではないとしても、無謀かもしれない」
「…でも…あたし…ほとんど…何もできてない…むしろ…白須賀くん一人で…何もかも…やってる気がします…」
「そうかな?」
「…そう…です…」
「だったら、鐘ヶ江さんが委員会に立候補しなかったらどうなったと思う?」
ガシャ、と今度は白須賀くんも柵にもたれかかる。
二人横並びで同じ方向を見ている。
「…推薦で…決まった…かも…」
「だろうな。それは俺じゃないかもしれない。仮に俺が推薦で決まったとして、多分ここまでやる気は起きなかっただろうな」
「…どういう…ことですか…?」
「鐘ヶ江さんがいたから、やる気が出たんだ」
「…それって…あたしが…頼りないから…?」
「君は、自分を過小評価しすぎてないか?謙遜は美徳としても、自虐は
その自信を得るためにやってることが、こうも裏目に出ているから、より自信が無くなっていく。
ほんとにどうしていいのかわからない。
これじゃ、いつになったらまた告白できるのか。
いつまでもその場で足踏みしてるような気がして、先へ進めそうにない。
「そろそろ見回りを再開しよう」
白須賀くんが何を考えてるのか、全然わからない。
ポーッとしながら階段を降りていると、足の裏にあるはずの感触がなかった。
「…キャ…!」
「危ない!」
お腹にゴツゴツした腕が回され、グイッと引っ張り上げられる。
体中の毛穴が一気に開いたような感覚に襲われ、ハッハッと息が浅くなる。
「考え事しながら降りてたな?」
「…はい…ありがとう…」
お見舞いに来てくれた時も思ったけど、彼の体はやっぱりガシッとしていて、やっぱり男の子なんだと感じた。
「…あの…離して…ください…誰かに見られたら…」
「ほら、しっかり階段に足着けて。離すよ?」
「…はい…」
抱きとめられた時、このまま時間が止まってしまえばいいと思ってしまった。
降りていくと次第にガヤガヤした空気が色濃くなっていく。
さっき抱きとめられた時の感覚がまだ残っている。耳元で聞こえた声も、その時に浴びた吐息も。
誰かに対して、こんな風に思ったことはない。
一緒にいるほど、好きという気持ちが強くなる。
好きになるほど、一緒に時間を過ごしたくなる。
気持ちを伝える前は言いたくて仕方ないもどかしさがあったけど、取り消したとはいえ、一度伝えた今は少しだけ落ち着いている。
好きと知られてしまった気恥ずかしさと、こうして今も接してくれている嬉しさに挟まれて、切なく感じることが多くなった。
「まずはここに入ろうか」
そう言って指差したのは三年の喫茶店だった。
「…あの…見回り…」
「出展の申請と相違が無いことをチェックしておこう」
いたずらな子供みたいなその表情から読み取れるのは『そんなの建前』。
もともと見回りをするなんて話は一度も出ていないから、遊ぶつもり満々以外の意図があるなら誰でもいいから教えて欲しい。
「珈琲でいいか?」
「…紅茶の方が…」
「わかった。珈琲と紅茶1つ」
店員さん役の生徒へオーダーする。
そういえば校外でこうしてお店に入ることって優愛ちゃんとだけだったな。夏休みはサッチとミキチーも加わっていた。
白須賀くんはどこかの飲食店で店員さんに対する態度もいつもと変わらないのかな?
優愛ちゃんと一緒に行った時に、店員さんに憮然とした態度でオーダーする人がいたのは印象的だった。相席してる女性に対しては
「無事に開催できて安心したよ」
「…はい…うちのクラス…準備…遅れがち…だったから…」
「それを鐘ヶ江さんが遅くまで残って準備してくれたんだよね」
彼は回りを見回す。
衝立の後ろから店員さん役の生徒が出入りしているところで目が止まる。
「電源くらいは確認しておくか」
そう言って、白須賀くんは文化祭準備委員の腕章を取り出して腕に通す。
「すみません。文化祭準備委員です。簡単に点検させてくれませんか?一分程度で終わります」
あたしは席に居たまま、白須賀くんは衝立の後ろに消えた。
「電源は問題なかった」
一分ほどで戻ってきた白須賀くん。
「…本当に…見回り…なんですね…」
「中学の文化祭で頻繁にブレーカーが落ちたことがあってね、電源さえ問題なければ、度々発生する電源断は防げるんだ」
「…となると…回りきれるかな…」
「大電流や火器を使う調理系だけは抑えておきたいところだな」
クイッと珈琲を口に含む。
同じくあたしは紅茶を傾ける。
「申請書に書かれてる内容を全部点検するのは物理的に無理だ。要所だけ抑えれば無用なトラブルは防げる」
「…あたし…てっきり…遊ぶ気満々と…ばかり…」
「そうだよ」
あっさりと返されて、軽く混乱する。
「…どういう…ことですか…?」
「点検がついでってこと」
「…そうなのですね…」
あたしは腑に落ちてホッとする。
「…え…?ということは…企画書…全部頭に入って…るんですか…?」
「クラスごとの電源量だけは覚えてきた」
「…すごい…です…」
実はオンラインストレージに保存しておいたデータをスマートフォンで見ているというオチ。
「よし、次に行こう」
「…はい…」
もともと見回りするなんて予定自体が無かったし、見回りがついでなんて言ってたけど、本当に見回りするとは思わなかった。
やっぱり彼の考えてることはわからない。
「…あの…ここは…?」
さらっと通り過ぎる教室があり、疑問に思った。
「ここは明らかに大電源が必要ない出展だからいいんだ」
通り過ぎたのはクラスで演劇をするために教室が空くことになり、休憩所として椅子と机が向かい合わせで並べられている。
「…一日で…学園全部…見るの…?」
「高等部だけの予定だよ」
これだと午前中で見回りは終わりそう。
見回りとしては最後の出展教室に入る。
「ちょっと、そっちをお願い」
何か建て付けが悪かったのか、ペイントした大きな板を机の上に立って抑えている生徒がいた。
出展は焼きそば屋だったが、テーマの飛翔にちなんだのか、板には青空の絵が描いてある。
「どうした?不都合があったのか?文化祭実行委員だ」
白須賀くんはその様子をみかねて声をかける。
「あ、大丈夫です。すぐ済みますので」
机に立っている生徒が顔だけ振り向いて答える。
白須賀くんがこっちに向いて、板を押さえている生徒が板の方へ顔を向けた瞬間
「あっ!!」
立っている机から足を踏み外し、バランスを崩した。
「猿楽!抱き止めろ!」
無言で黒服が動き、鮮やかな手際で落下した生徒を受け止める。
指示をした男は板に向かっていき、倒れそうな板を抑える。
白須賀くんは板を背にする格好であたしを抱きしめて身をかがめる。
周囲がザワッと騒がしくなって、静まり返った。
「危なかった」
鮮やかな連携プレーで大事には至らなかった。
「助けていただきありがとうございました」
ガッシリした黒服は、落下した生徒を床に下ろす。
「礼には及ばん」
板を押さえた男は、出展クラスの生徒が抑えたのを確認して離れる。
「君は文化祭準備委員会の人か?」
「…あ…はい…今…見回りしてまして…」
板を抑えた男が声をかけてきた。
抱きしめたまま立ち上がる白須賀くん。
「全部を細かく点検するのは大変だと思うが、可能な限り危機管理はしておくべきだ。まだ初日だろう?あと二日を無事に乗り切らないとな」
「はい。もっとよく確認しておきます」
「あなた、この二人を見ていると思い出すわね。あの頃を」
一緒にいる大人の女性と女児が割り入ってくる。
「そうだな、茜」
「…あの…白須賀…くん…」
「どうした?」
「…その…恥ずかしい…です…」
「すまん、とっさのことだったからな」
そう言って抱きしめていた腕から開放される。
「それより、あなた方はもしかして…」
「しっ」
大人の女性が人差し指を口元に当てる。
「ああ、よく知ってるね君。私は
「ちょっと、お忍びなんだからあまり軽々しく…」
「別に隠すようなことでもないだろう。この脳筋猿楽もいることだし」
「坊っちゃん…口が過ぎますぞ」
何やら軽く内輪揉めをしているようだけど、見せている余裕の次元が違いすぎてついていけない。
「明先って、あの明先ですか?」
「ええ、その明先です。あたしは秘書の茜と申します。この子は娘の
「はじめまして。おにいちゃんとおねえちゃんってケッコンしてるの?」
け、結婚!?
突然のトンデモ発言に、あたしはギョッとなる。
「こら、藍花!ごめんなさい、覚えた言葉を口にしたくてしょうがない年頃なのよ」
慌てて藍花と呼ばれた娘さんの口を塞ぐ茜さんは、苦笑いしていた。
「それくらいの年だとそうでしょうね」
落ち着いて受け答えしている白須賀くん。
「名乗り遅れました。私は文化祭準備委員会、クラス副委員の
「それでは失礼します。白須賀さん」
娘の口を塞いだまま背を向ける茜さんを見送る。
結婚って…白須賀くんと…?
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