第23話:依告(よこく)
「何よ、全部お見通しだったってわけ?」
家でボイスレコーダーを再生した
優愛は、
安心したのは、玄関まで出てきた明梨がホッとしたような顔をしていたこと。
何があったのかその時は知らなかったけど、ボイスレコーダーを再生したことでその理由を知った。
何も心配はないと言われたけど、回収するまでずっと録音状態は続いていた。
「しかも仕掛けてるのを知っていながら、あえて止めもせずわたしに聞かせるため放っておくなんて…どんだけ余裕かましてるつもりよ!」
帰る時まで聞かなきゃと思い、再生を続ける。
『丁度いいからこの機会に言わせてもらう。鐘ヶ江さんが自分の足で歩いていくためには、吹上さんが最大の障害になることは春の大型連休前にはわかっていた。けど鐘ヶ江さんは喋り始めて、君の友達作りまでした。今度は、君が鐘ヶ江さんから適度な距離を取ることが課題だ。鐘ヶ江さんが自分の足で歩いていくために、君が邪魔してはダメなんだ』
「………何よ!知ったような口を!」
返事を期待してないものの、思わず声を荒げる。
『これを聞いた君は、多分怒るだろう』
聞いた優愛はハッと我に返る。
『でも考えてみて欲しい。確かに君は長いこと鐘ヶ江さんを側で守ってきただろう。それだけに、ある意味で親よりも心配な気持ちでいるはずだ。それでも、鐘ヶ江さんは鐘ヶ江さんで自分の意思を持って様々なことを決める場面が増えてくる。その度に君が介入してくるのか?』
痛いところを突いてきた。
『鐘ヶ江さんは自分の意思で歩き始めている。時には傷つき、時には涙を流すこともあるだろう。けれども今、傷つくことから遠ざければ遠ざけるほど、打たれ弱い人になってしまう。君が一生、彼女の側で守り続ける覚悟がないなら、これからは少し距離を持つべきだ。おっと、鐘ヶ江さんが戻ってきたようだ。今の君に伝えたいことはそれだけだ』
それを聞いた優愛は、黙って複雑な顔をしていた。
「わかってるわよ…そんなこと。だからって、明梨を放っておけるはずがないじゃないの。あんな、中身はよちよち歩きしてるような明梨を…」
『…あの…誰か…いましたか…?』
『いや、独り言だから気にしないでくれ。俺は用事が済んだし、もう帰るよ。お大事に。明日から三日連続の学園祭だ。悔いを残さないようやりきろう。それじゃ』
しばらく無音が続く。
『明梨、お休みのところに玄関までお出迎えありがとう』
自分がボイスレコーダーを回収した時の音を確認してから再生を止めた優愛は、悔しいとも悲しいとも取れる顔でそう呟いた。
「あんたに言われなくたって、そんなことはわかってるわよ。でも、わたしと明梨は親よりも強い絆で結ばれてるんだから…でも、あいつのこと、もう少し信頼してもいいのかな」
優愛はわかっていた。
明梨を除いて、他の誰よりもすでに信頼しきっていることを。
「あいつ、絶対に明梨の告白を受け入れるよね…誰に告白されても即答で振って、絶対に付き合わないって噂があるけど、明梨にだけは濁してるんだもの…」
けど強い絆のある明梨を獲られてしまうかもしれない喪失感が、彼への信頼を揺らがせている。
「明梨は、幸せになってほしい。あんなことがあって心を閉ざしてしまった分、誰よりも幸せに…けど…」
頭に白須賀の顔が浮かび、全体の姿が浮かんだ時に、明梨が幸せそうな顔で彼と手をつないでる姿を思い描いて、安堵感を覚えるものの、どうしようもない喪失感が襲いかかる。
「悔しいけど、
「よウ、花火以来だナ」
「そうだな。今日は彼女いないのか?」
明梨の家から帰る途中に
「いつも一緒にいるわけじゃねえヨ。それよりも元沈黙姫は攻略できそうカ?」
「攻略とは人聞きの悪い。単にクラスへ溶け込めるよう…」
「ならなんでてめえから花火に誘ったんダ?今まで誘われて行くことはあっても自分から女を誘うことなんて無かっただろうガ」
白須賀はスッと上を見上げる。
「吹上さんの出方を見る効果測定、のつもりだったが、少し思惑と違う方向に事態が進んでしまった」
「まさかとは思うが、元沈黙姫に告白されたんじゃあるまいナ?」
「………」
無言をもって応えた。
「マジかヨ」
当てずっぽうで言ったことが当たっていて、驚く司東。
「返事は一旦保留にしておいた。まずは吹上さんを彼女から引き剥がさないとな。あの相互依存関係を片方でも終わりにさせておかないと」
「てめえが言うかよって話だがナ」
「まったくだ」
言いつつ、自虐気味に笑う。
「しっかし、数々の女をその場で袖にしてきたお前にしちゃずいぶんわかりやすい返事したナ」
「振ったのは相手に興味がわかなかったからで、鐘ヶ江さんはここで避けられるわけにはいかないから返事を保留したに過ぎない。まずは吹上さんを何とかしないと、その先もない」
「それで、うまく引き剥がせたら遠慮なく
「お前の頭はそれしかないのか?」
呆れ顔で司東を見る。
「てめえには散々手ぇ焼かされたんダ。早いとこ女の一人も連れてるとこを見せてもらいたいんだヨ。そういう意味じゃ元沈黙姫なんてピッタリじゃないカ」
「お前はお前の幸せを追い求めていればいい。俺は俺の足で歩き始めている。もうお前の手を煩わせるつもりはない」
「だといいがナ」
司東は苦笑しながら返す。
未だにあたしの頭はポーッとしている。
絶対に断られると思っていた。
けど返事をするのは、あたし次第と言ってくれた。
どんなつもりで待つと言ったのか、それはわからないし、また告白した後で聞かせてくれるとも限らない。
そもそも一緒に居られる可能性があるかもわからない。
白須賀くんはたくさんの女の子から告白されているらしいけど、こんな怖い気持ちを乗り越えて言葉を伝えてるなんて、すごいと思う。
「…あ…」
そういえば、絶対にやると決めた文化祭の準備は、何一つできなかった。
ほんとに…委員長を買って出ておいて、こんな情けない結果じゃ委員長失格だよ。
クラスのみんなになんて申し開きすればいいのか、わからない。
♪
メッセージアプリ『Direct』の着信に気づく。
白須賀くんのハンドルネーム「shirasuccor」から新着メッセージのバッジが付いていた。
『見てないところで君が頑張っていたことはわかってる。あまり自分を責めないで文化祭を楽しもう』
どうして、あたしの考えてることがわかってるかのようなタイミングでメッセージをしてくれるのよ。
でも、あたしはまだ白須賀くんと釣り合うくらいまでのところには行けてない。
明日から三日間の文化祭。
当日になってしまえば、もうほとんどやることはない。
つまり委員長が委員長らしいことをできたことは何だと問われた時、答えられないまま今日を迎えてしまった。
「…ほんとに…何やってたん…だろ…」
できることは何でもやるって意気込んでたものの、白須賀くんが居なかったら多分、ろくにまとまらないまま当日を迎えていたのは想像に難くない。
こんなあたしじゃ、もう一度告白する資格すら…ない。
「…おはよう…ございます…」
すっかり飾り付けが終わっていて校内が賑わっている教室に入る。
教室外のノボリは『羽根つきたこ焼き』と書かれているものが飾られていた。
「明梨、大丈夫だった?」
真っ先に心配してきたのは優愛ちゃんだった。
「…うん…おかげで…すっかり…よくなった…よ…」
昨日の体調不良はどうやら疲れから来ていただけのようで、もう体は軽く感じる。
「…それより…みんな…ごめんなさい…」
「どうしたんだ?」
「…委員長なのに…準備の日に休んで…しまって…」
教室にいたみんなが、顔を見合わせる。
「委員長、ずいぶん頑張ってくれたんだよね。その頑張りに甘えてた部分があったと思う。こちらこそごめん」
謝ったつもりが逆に謝られてしまい、戸惑いを隠せない。
「それより、トップバッターは頼むよ。焼き係のね」
「…みんな…」
「すまんが、委員会の見回りがあるのを言い忘れてた。みんなで相談して代わりを決めてくれないか」
そう言って手を引いたのは白須賀くんだった。
「…え…見回りって…?」
「ほんとにごめんな」
あたしが言いかけたことをかき消すようにして、被せてくる。
教室の外へ引っ張り出されて、あたしは仕方なく白須賀くんに着いていく。
「…あの…見回りなんて…ありましたか…?」
振り向きざま、彼は口の前に人差し指を立てる。
「内緒な。あれだけ鐘ヶ江さんが頑張ってくれたんだ。せめて初日くらいは出展の役から開放されよう」
「…そんな…みんなに…申し訳ない…です…」
「いいから。今更戻っても嘘つきにされちゃうよ?この文化祭、二人で回ろう」
「…副委員のくせに…ずるい…ですよ…」
「委員特権ってことで」
はあ
確かに、今から戻るわけにもいかないし、連れ出された今となっては白須賀くんの言うとおりに楽しむのも悪くないと思った。
「…あの…」
「どうした?」
「…その…手…」
教室から連れ出される時に握られた手は、そのまま握られ続けていた。
「離したら鐘ヶ江さん、教室に戻っちゃいそうだからね」
そう言って、手を離してくれそうな様子を見せない。
「…これじゃ…まるで…カップルみたいじゃ…ないですか…」
「イヤか?」
イヤじゃない。
むしろずっとこうしていたい。
けど、白須賀くんは女子の間でも絶大な人気のある人。
こんなところを誰かに見られたら、騒ぎになっちゃう。
返事もまだの状態でこんなことをされちゃ、勘違いしてしまう。
「…イヤじゃ…ないけど…困ります…!」
「なら、今日は委員会としての見回りと称して、楽しむかい?」
「…わかりましたので…離してください…!」
「それは返事になってない。楽しむかい?」
「…楽しみます…!ですから…!」
やっと白須賀くんが手を離してくれた。
離されてもなお、握られていた感触が残っている。
あたしとは全然違う筋張っていてゴツゴツした手の感じが名残惜しい。
「楽しんでなさそうだったら、また手握るからね」
「…意地悪…しないで…ください…」
こうして文化祭一日目は開催した。
小中高一貫性の特殊性を象徴する文化祭3日連続開催。
金曜日から日曜日まで開かれ、混乱を招かないために一般参加は招待制となっている。
日曜の夕方、終了後は後夜祭もある。
後夜祭は一般参加が退場となり、文化祭が終わると、月曜は片付けが終わってから水曜日まで休み。
このようにかなり変則的なスケジュールが組まれている。
「あっ、白須賀さん!」
早速女子が駆け寄ってきた。
「その娘、誰ですか?彼女?」
「いや、二人で委員の見回りでね。今は手が離せないんだ」
「そっか。実行委員でしたもんね。それじゃ仕方ないか。何日目でもいいので、空いたらご一緒してくださいね」
「その時は楽しみにしてるよ」
手をヒラヒラ振って去っていく女子。
「…もしかして…あたしをダシに…していませんか…?」
「わいきゃいとまとわりつかれるより、鐘ヶ江さんと一緒に居たほうが落ち着けるからね」
そっか…。
あたしはそのために連れ出されたんだ。
そうだよね。深い意味なんてないよね。
ギュッ
再び手を握ってきた白須賀くん。
「…ちょっと…!楽しんでますって…!」
「そうか?暗い顔してたけどな」
パッと手を離しておどけてみせる。
これじゃ油断してたらすぐ手を握られてしまう。
好きな男の子に告白して、返事はまた告白する時までお預けという状態で、どんな顔して隣にいればいいのかわからない。
楽しんでなさそうな顔をすれば手を握られる。
これってどういう状況なのだろうか。
この後も、うんざりするほど女子が白須賀くんに声をかけてきたけど、委員の見回りという嘘で追い返していた。
「少し外の風に当たろうか」
「…はい…」
そう言って連れてきたのは屋上だった。
周りには誰もいない。二人きり。
屋上にも出展の要望は出ていたけど、風が強いという理由で許可が降りなかった。
風の強さを利用したものも考案されたけど、落下物の懸念が解決できず、やっぱり許可は下りないまま。
ぽすっ
もう自分から逃げない。
「鐘ヶ江さん?」
他の目線がない安心感から、その胸に飛び込んだ。
「…また…いつか…告白…させて…ください…」
「その時こそ返事をする」
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