第22話:独事(ひとりごと)

「花火の夜、君に言われた件だけど、聞いてくれるかな?」

 白須賀しらすかくんの口から出た言葉に、あたしは体中から冷や汗がドッと吹き出す。

 ついに…ついに来てしまった。

 いずれは向き合わなければならない事。

 ベッドに身を預けたまま、思わず布団を頭までかぶった。


 今朝のこと。

「え?明梨あかり休みなの?」

「ああ、吹上ふきあげさんのところにはメッセージ来てないか?」

 そう言われた優愛は、メッセージアプリ『Direct』を確認するけど、それらしいメッセージは来ていない。

 思い直してメールの新着確認をする。


 ♪


「あ、メールの遅配だったみたい。体調が悪いから休む、だって」

「最近かなり無理してたようだし、疲れが限界に達したんだろう」

 スマートフォンに目を落としたままの優愛に、白須賀は口を開く。

「文化祭は明日からなのにな。心配だよな。よし、みんなでお見舞いに行くか」

「はぁ?冗談でしょ?」

 心底嫌そうな顔をする優愛。


「マジか…」

 明梨の家前まで辿り着いた優愛は、げんなりした様子でこぼす。

 サッチにミキチーはともかくとして、本当に白須賀まで着いてきた。

「まあでも、二人きりじゃなければ間違いなんて起きないか」

 ジト目で白須賀を見ながら、聞こえよがしに言う。

「俺を何だと思ってるんだ?」

 白須賀は、まだ優愛から信頼されてないと再確認できた。


 ピンポーン


「…あれ…?誰…だろ…?」

 あたしはふらつく頭に活を入れて、玄関まで足を引きずりながら階段を降りた。

「…はーい…」

 鍵を解除してドアを開けると、そこには優愛ちゃんがいた。

「…やほ…優愛…ちゃん…に…サッチ…ミキチー…しら…!?」

 慌ててドアを閉めようとしたけど、硬い感触に阻まれてしまう。

 下を見ると、優愛ちゃんが足の爪先を差し込んでいる。

「お見舞いに来たよ。開けて」

「…そ…そんなこと…言っても…」

 あたしはわずかに開いてるドアの隙間から見える一番奥にいる姿を見て戸惑う。

 無意識のうちにドアを閉めようとする手に力が入っていた。

「大丈夫。わたしが手出しさせないから」

 そういう問題じゃない。

 できることを全部やるって決めたのに、結局彼が居なければ何もできないことを思い知って、迷惑ばかりかけてきた手前、どの顔で迎えればいいのかわからない。

「ね?」

 屈託のない幼馴染の笑顔を見て、断りきれなかった。


「…それじゃ…あたしの部屋…は…」

 めまいがして、フラッと倒れ込みそうになったところを白須賀くんに抱きかかえられる。

「あっ!明梨に何してるのよっ!?」


 パチンッ!


 両手が塞がっていた白須賀くんは、優愛ちゃんの平手をそのまま受けた。

 キッと優愛ちゃんに目線を送り

「それどころじゃないだろ?もう少しで倒れるところだったんだ」

 言い放った彼の気迫にたじろぐ。

「そ…そうね。これは悪かったわ。つい反射的に…」

 叩いた右手首を左手で掴んで謝っている。

「よっと」

 抱きかかえたまま、白須賀くんはあたしの膝裏と背中に腕を伸ばして、そのまま抱き上げた。

「…は…恥ずかしい…降ろして…」

 当たっている右肘で、細いながらもしっかりした胸板を押して主張した。

「さすが男の子。力持ち!」

 サッチが囃し立てる。

 お姫様抱っこされて、具合が悪いのに、もっと悪化しそうなほどクラクラする。

「部屋はどこ?」

 囃しを無視して、優愛ちゃんを見ながら問いかけた。

「こっち!」

 イライラした様子で優愛ちゃんが先導する。

 お姫様抱っこされたままあたしの部屋にたどり着き、ぞろぞろと四人が部屋に入ってきた。

「すまないが布団をめくってくれないか?」

「はい!」

 優愛ちゃんは、あたしが白須賀くんを好きなことを知っているし、あたしが彼を好きってことを応援してくれるけど、どうしても彼に対してきつい態度を取っているのが気になる。

 ベッドに降ろしてくれて、布団をかけられる。

 さっきの恥ずかしい姿を思い出してしまい、赤くなってる顔を隠したいばかりに、

かけられた布団を鼻が隠れるくらいまで引き上げる。

「ねえねえ」

「何だい?」

 ミキチーが白須賀くんに絡んでくる。

「もしかして二人って付き合ってるの?」

「そんなわけ無いでしょ!」

 答えたのは優愛ちゃんだった。

「そう。そんなわけはないよ。単なる級友というだけさ」

 優しい瞳で答える。

「なーんだ。文化祭実行委員同士だったり、一緒にお昼行くことが多いからてっきり付き合ってるとばかり」

 そう思われてたなんて知らなかった。

 恋人同士に見えちゃう人もいるんだ。

 でも、そうなることを望んでいることも確か。

 実際に我慢できなかったために告白までしている。

「明日文化祭だけど、来られそう?委員長が旗振りしてくれないとダメなところもありそうなんだけど?」

「もしダメなら、俺が代わるよ」

 むしろ、白須賀くん抜きでは何も進められない。

 どういうわけか、企画書もいつの間にかすり替えられてた。

 手直しが必要なことに気づいて、先生から受け取った企画書は、あたしが書いたものではなかった。

 あたしから受け取った後にすり替えられたのは間違いない。

 内容はあたしのより、ずっとよくできてた。

「アッキーの顔も見れたし、そろそろ帰るよ」

「そうだね。文化祭の準備も終わったし、もう帰るよ。じゃね、アッキー」

 サッチにミキチーは流れるように部屋から出ていった。

 とうとう、あたしは文化祭の準備すら…できなかった。


「どういうつもりよ?」

「何がだい?」

 三人になった部屋で、未だ優愛ちゃんはご機嫌斜め。

「とぼけないで!明梨に告白されたんでしょ!?返事もせず明梨に絡んでるのはどういうことかって聞いてるのよ!」

 ちょ…!優愛ちゃん!それには触れないで!

「吹上さん」

「何よ?」

「鐘ヶ江さんと二人だけで話をさせてくれないか?」

「何言ってるのよ。明梨と二人きりなんて、危なすぎてそんなのさせるわけ…」

 ツンとそっぽ向いて言いかけて、優愛ちゃんは固まった。

 白須賀くんはジッと真剣な眼差しで優愛ちゃんを見ている。

 負けじと優愛ちゃんはその眼差しを見つめ返す。


「はあ…わかったわよ。わたしはこれで帰る。けど」

「言われるまでもない。君との約束は守る。何ならもう一度にらめっこするかい?」

 後半の言葉を吐いた時は、少しおどけた様子になった。

「…優愛ちゃん…行かないで…!」

 自分の部屋に二人きりなんて、心細すぎて我ながら弱気な声で引き止めてしまう。

「あんたとにらめっこなんて冗談じゃないわよ。明梨、万一こいつが手を出してきたら全力で抵抗して、すぐわたしに連絡してね。打てる手すべて打って、絶対に後悔させてやるから!」

「やれやれ、君は約束が何なのか忘れてないか?それに具合の悪い鐘ヶ江さん相手に手を出すと思われるほど信用がないのか」

 約束って何のこと?

 優愛ちゃんは立ち上がって、部屋から出ていき、家の玄関ドアが開け閉めする音を小さく響かせた。

 ベッド脇の窓から外を見ると、優愛ちゃんが心配そうに見上げている姿があった。

 ほどなく、背を向けて遠ざかっていった。

 二人きりで話って…あのこと、だよね。

「やれやれ、吹上さんは過保護すぎるな」

「…さっきの…約束…って…何ですか…?」

「それは吹上さんから直接聞いて欲しい」

 答えてはくれないか。

「…それで…あの…話…って…?」

「率直に聞く。どうして文化祭実行委員に立候補したんだ?」


 ギクッ!


 言えない。

 白須賀くんに相応しい自分を目指して、できることは全部やるって決めて、そのできることが委員会だったなんて。

「どれくらい喋ってきてなかったのかは知らないけど、やっと喋りだした君が、わざわざ白熱した議論まで出るであろう委員会に立候補した理由がどうしても見えないんだ。吹上さんに守られて、引っ張られるのではなく、人を引っ張っていく責任ある立場を選んだ。それが俺の持ち続けてる疑問なんだ」

 そうだよね…。

 わかってた。

 実際、あたしはちっともうまく立ち回れていない。

 クラスでは準備も遅れがちだし、それを取り戻そうと自分で手を動かして来た結果がこれ。

「おそらく君だけでは進行に問題が起きると踏んで、副委員に立候補した。けど君は自分だけでなんとかしようとして、一人遅くまで残って準備に取り掛かっていたことは知っている」

 嘘…?

 どうして…?

「よほど俺が手を貸そうと思ったけど、君の真意が不明なままではこじらせてしまう可能性を考えて、あえて手を出さなかった」

 誰かが居た気がしたのは、気のせいじゃなかったんだ。

「わざわざ自分から茨の道を選んだ、その理由を聞かせてくれ」

 白須賀くんは真っ直ぐな瞳で見つめてくる。

「…自分を…変えたくて…」

 嘘は言ってない。

 でも、なぜ自分を変えたいと考えたのか、聞いてほしくない。

「自分を変えようと思ったのはなぜか…は聞かないほうがよさそうだな」

 ホッと胸を撫で下ろす。

 しかしあたしは気づかなかった。

 わずかな表情の変化を見ていて、聞くのはやめたことを。

「…あたしからも…聞きたいことが…あります…」

「何だい?」

「…どうして…白須賀くんが…考えた…文化祭のテーマを…あたしに…押し付けたんですか…?」

 ふいっと上を見上げて口を開く。

「俺が望んだことではないとはいえ、少なからず男子生徒たちから妬まれている。決まった学園祭のテーマを提案したのは俺と騒がれて、妬まれるネタを増やしたくなかったから。

 思わず真剣に聞き入ってたものの、突然はぐらかされた。

 絶対に違う。そんな理由じゃない。

 でも、あたしとしても踏み込んでほしくない事を抱えている。

 これを聞いたら、あたしもさっきの聞かないほうがいいと引いてくれたところへ踏み込まれてしまうのではないかと考えて、思いとどまる。

 あたしは踏み込まれたくない場所を守ろうとするあまり、思い切ったことを聞けないでいる。

 どうすれば…。

「…待ってるので…いつか…本当のこと…教えて下さい…」

「鐘ヶ江さんは、いつ頃から喋らなくなったの?」

 白須賀くんが別の話題を振ってきた。

「…その…小学生…くらいから…」

「その頃から、吹上さんと一緒だったの?」

「…はい…」

 それ以上、踏み込まないで欲しい。

「この学園って小中高一貫というのが珍しいよね。そういえば隣にある大学も学園に取り込むって噂があるけど、さすがに俺たちの卒業までには間に合わなそうだな」

「…え…?」

 突如話はあらぬ方向へ舵を切った。

 もしかして…察してくれてる?踏み込んでほしくないことを。

「まあ、余興はこのくらいにして」

 あたしは白須賀くんに目線を移す。

「花火の夜、君に言われた件だけど、聞いてくれるかな?」

 その言葉に、あたしは目を見開いてしまったのを自覚する。

 ついに…きてしまった。

 いずれは向き合わなければならない事。

 ガバっと布団を頭までかぶる。

「…それ…今…聞かなければ…ならない…ですか…?」

 そっと顔を出して、確認してみる。

「君は忘れて欲しいと言ったけど、いつまでも俺がボールの持ちっぱなしは気持ち悪くてね」

 聞きたい。

 でも結果がわかってるから、聞きたくない。

 そして明日からは、気まずい日が続く。

 まだ文化祭本番が控えているのに…でも逃げないって決めた。

 できることは全部やるって決めた。

「…はい…聞かせて…ください…覚悟は…できてます…」

 彼の目を見て、はっきりと伝えた。

 逃げ続けても変わらない。

「何の覚悟かは聞かないでおくよ」

 これで、あたしの初恋は終わり。

 明日からどんな顔で彼を見ればいいのか…考えただけで先が思いやられる。

「今の君は、何を言っても受け入れられそうない。そう見える」

 やっぱり…断られるんだ…。

 自分でも気が付かないうちに少し表情が曇った。

「だから、君がなりたい自分になれて、納得して、人の気持ちを受け止められる状態になったら、もう一度あの言葉を聞かせてくれ。その時に返事する」

 それを聞いて、あたしは頭が真っ白になり、ポカーンと彼の顔を見ていた。

「…そんなこと…言われたら…期待…しちゃいます…ダメなら…先延ばしにしないで…思い切って…断ってください…」

「どっちの返事でも、君の心をかき乱すだけだからね。まずは文化祭をお互いに納得できる形で終わらせよう」

 優しい瞳でそう語りかけてくれた。

「…安心したら…気が抜けちゃいました…お手洗いに…行ってきます…」

 もそ、と少し薄い布団をどかしてベッドから立ち上がる。

 少しふらつきながら部屋を出ていく。


「と、言うわけだ。吹上さん。君の心配することは何もない」

 白須賀は一人だけになった部屋で、誰にともなく話しかける。

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