第21話:疲浪(ひろう)
文化祭が近づいてきて、いよいよお祭りムードが高まってきた。
最初の頃はどうなることかと思ったけど、なんとかクラスのみんなもやる気になってくれた。
けど、それはあたしの働きじゃなくて、ほとんどは
「これはどうすればいいの?」
「…それだったら…そこに使って…」
ロングホームルームを使って、文化祭当日を意識した配置と動きを確認するリハーサルをしていた。
教室で食べていけるようにイートインスペースを作り、汚れてもいいように机は布をかけるけど、その布がややこしい。
二人席、四人席で布の大きさが違っていて、掛け間違えると他のスペースで布の広さが足りなくなる。
「
「…大丈夫…文化祭までは…倒れるわけには…いかないし…」
心配する
「倒れるわけにはいかないって、そう言ってる時点でもう危険信号だよ?」
「…ほんとに…大丈夫…だから…」
企画段階では、決めることを決めたら楽に進むと思っていたけど、学校に残れる時間は限られていることから、準備は思った以上に進まず心身ともに負担がかかる。
勉強も手を抜きたくないから、夜遅くまで机に向かっている日も続いている。
「…何か…視線を感じる…けど…誰か…いるのかな…?」
放課後、一人で準備作業をしているあたしは、視線を感じた方を向くけどそこには誰もいない。
優愛ちゃんの視線でもない。
「
「…何…?」
調理スペースで問題が起きたらしく、呼び出されたところへ向かう。
「…え…?たこ焼き器…が…壊れてた…?」
「ほんとごめん!よく確認してなくて、使えなくなってたのに気づけなかったの!」
「…うん…わかった…台数が変わるなら…企画書の訂正が…必要だから…やっておく…」
「面倒かけてごめんね」
あたしは企画書の訂正をするため、文化祭実行担当の先生がいる職員室へ向かった。
担当先生から企画書を受け取る。
「…え…?嘘…でしょ…?」
企画書自体はうちのクラスが出展するたこ焼き屋で間違いない。
けど筆跡はあたしのじゃない。
まさか、また白須賀くんが…?
どうして…?
疑問は企画書に目を通してすぐにわかった。
「…あたしが…気づかなかった…不備が…全部網羅されてる…」
食品を扱う場合に必要な役所への届けや、諸々の手続きについて明記されていた。
「…また…足を…引っ張っちゃった…」
こんなんじゃ、白須賀くんの隣に立つなんて無理。
迷惑ばかりかけて、何が委員長よ…。
この分では、多分白須賀くんは役所の届けやら食材の仕入れやら仕込み手順やらを完璧に仕上げているはず。
あたしは使う機材の台数と消費電力部分を書き直して企画書を先生に預けた。
「あれ?それ使わないの?」
白須賀は教室の端に追いやられているたこ焼き器に気づいて声をかける。
「ごめん、鐘ヶ江さんには言ったんだけど、これ壊れてたのよ」
「そうか。それなら企画書の書き換えが必要だから、少し外すね」
白須賀が教室から出ていってすぐ、入れ替わるようにあたしが教室に戻ってきた。
「え?さっき企画書を書き換えに来たですって?」
「おう。台数変更と言って書き換えしにきたぞ。何も聞いてないのか?」
白須賀は『しまった』という顔をして職員室を後にする。
「書き換えたということは、確実に気づいただろうな」
苦々しい顔をしてリハーサル中の教室へ向かう。
「くそっ、役所の届けや食材の手配は水面下でやったけど、こんな形で鐘ヶ江さんに企画書のすり替えがバレるなんて!
すり替えた企画書はコピーを取ってあり、不備がある鐘ヶ江が書いた分で漏れていた対応は、白須賀がこっそりと済ませていた。
「しかし最近特に鐘ヶ江さん、無理してるような気がするけど、どういうことなんだろうか。わざと自分を追い込んでるというか、何かに追い立てられてるような気がする」
小さく独り言を漏らすも、結論は出るはずもない。
ほどなく、リハーサル中の教室に戻ってきた白須賀くん。
あたしはその姿を認識しつつも、自分のやるべきことをやるため、各所への指示に徹した。
過ぎたことはもう仕方ない。
なにかひとつでも、あたし自身でやりきらなきゃ。
「…それじゃ…みんな…準備は…できたから…実際に焼く作業と…お客さん役で入れ替わって…一回し…しましょう…予め伝えた一部の人は…お客さん役だけで…いいです」
じゅばああああっ
一気にたこ焼き器の鉄板が香ばしい香りとともに、食欲がそそる音を立てる。
「鐘ヶ江さん、大丈夫か?」
「…はい…」
心配してきたのか、白須賀くんが声をかけてくる。
「かなり無理してるように見える。保健室で休んでたらどうだ?」
「…あたしの…体調はあたしが…わかってます…」
「文化祭は明後日。明日の準備と明後日から3日連続の本番があるんだ。一番重要な本番に備えるのも委員の役目だぞ」
「…それも…わかってます…」
ここ最近、遅くまで学校に残って文化祭の準備に取り組んでいた。
意外と準備するものが多くて、考えていたよりもずっと忙しい毎日を過ごしている。
いつの間にか準備されていたものもあったけど、おそらく白須賀くんがやってくれたことだろうと思うと、改めて自分でやりきれていることはほぼ皆無。
材料の調達は任せることになっているし、白須賀くんのことだから役所の届けはもう済んでいるはず。
でも、確認はしておかないと。
「…白須賀くん…役所の届け…済んでますか…?」
「ああ、やってある」
わずかに彼の表情が動いた。
「…なら…後は…当日をしっかり…やらないとね…」
「そうだな」
あたしたち二人は初日に焼き係を担当する予定でいる。。
何かトラブルが発生した時など、対応の旗振りをしなければならない。
「ちょっといいか?」
男子生徒が声をかけてくる。
「なんだ?」
「物置の奥からたこ焼き器が出てきて、使えることは確認してあるから、役に立てるなら使ってくれ」
手にした紙袋の中には、たこ焼き器が箱に入った状態であった。
「ありがとう。そういうことなら使わせてもらう」
白須賀くんは紙袋を受け取り、男子生徒はお客さん役に戻っていく。
「…なら…企画書を…書き直さなきゃ…」
「いや、これは予備として取っておく。今から企画書を書き換えに行っても、この階に割り当てられてる電源は結構ギリギリだったはずだから、台数を増やしてもブレーカー落ちのトラブルが心配だ」
また、あたしの上を行かれた。
当初の予定台数に戻せると思ったあたしに対して、当日のトラブルまで考えて采配する白須賀くんでは、どっちが優れているかは明白。
能力の差を見せつけられて、あたしの気持ちはさらに沈んでいく。
「ねえ、ちょっといい?」
「どうした?トラブルか?」
女子生徒の一人がやってきた。
「そうじゃないんだけど、味にパンチが欲しいって意見が出ていて、何かいい案はないかしら?」
「ソースは甘口と辛口があるけど、それでも足りないのか?」
「そうみたい」
「それなら…」
白須賀くんは自分のカバンを取りに行ってから戻ってくる。
「これでどうかな?」
差し出したのは一味唐辛子と山椒とカレー粉の瓶だった。
「自宅から持ってきたんだけど、試してみて欲しい」
「うん、わかった。試してみるね」
女子生徒が調理場に戻って、渡した調味料を使い始めているのを確認した。
まただ。
またあたしの上を行かれた。
思いつきもしなかった。調味料を追加するなんてこと。
「白須賀さん、あの調味料ありがとう。好評だったよ」
少ししてからさっきの女子生徒が戻ってきた。
「そうか。なら今日買い足しておくよ。足りなくなったらすぐそこのスーパーで売ってるから、買い足せばいい」
「うん。よろしくね」
そう言って調理場に戻っていった。
何とも表現しがたい違和感を覚える。
「…白須賀くん…さっきの人と…何かあったんですか…?」
「ん?ああ、まあな」
言葉を濁して答える彼を見て、何となくわかった。
「…もしかして…断った…相手ですか…?」
「本人には黙っていてくれよ。やっと吹っ切れたようだからな」
あたしもあんな風に、断られても普通に接することができるのかな…。
無謀なことはわかってる。
白須賀くんを好きになっても辛い結果が待ってるだけだって。
でも気持ちは止められなくて、今すぐ抱きつきたいほど好きになってる。
少し手を伸ばせば届く距離にいても、心の距離は埋めようもないほど遠い。
委員長を努め終えれば、ちょっとは届くと思っていた白須賀くんとの差も、今はあまりに遠い。
自信をつけるためにやったことが、余計に自信を失っていく。
「そういえば鐘ヶ江さんも、林間学習以後に結構興味持たれてるようじゃないか」
「…全部…断りました…でも…」
「でも?」
「…辛いものですね…断るほうが…」
「そうだな。好意を寄せてくれるのは嬉しいけど、それだけに辛い。その辛さがわかっていてこそ、人に優しくなれると信じたいな」
二人で並んだまま、教室中に美味しそうな香りを漂わせたまま様子を見守っていた。
リハーサルはやっと一巡する。
「よし、当日もこれなら大丈夫だな。明日は午後いっぱいを使って準備だ。各自明日と当日の配置と役割を確認しておくこと」
『はい』
白須賀くんの掛け声に応えるクラス一同。
あたしじゃあんなに通る声、出ない。
本当に、あたしは委員長に立候補しておきながら、何もできてない。
すっかり白須賀くんに頼ることを当然に思ってしまっている。
片付けが終わり、放課後となる。
「…あの…白須賀くん…」
「どうした?」
これが、多分ラストチャンス。
「…明日の…準備は…あたしに…全部任せてもらえませんか…?」
「今度は何を考えてるんだ?」
「…お願いします…」
理由は言えない。
頭を下げて返事を待つ。
「わかった。いつでも手伝うから、無理だけはしないでくれよ」
「…ありがとうございます…」
これで、せめて前日準備だけは白須賀くん抜きのあたしだけでやりきれる。
何か自分でやりきらなきゃ、委員長に立候補した意味がない。
「随分調子が悪そうだから、早めに帰って休むといい。それじゃ、また明日からもよろしくね」
「…はい…」
「それじゃ明梨、帰ろ」
見計らったかのように、優愛ちゃんが来た。
「…うん…」
「やれやれ、あの他人行儀はどうしたものやら…」
あたしを見送った白須賀は、そうつぶやいて自分のカバンを手に取った。
「鐘ヶ江さん、明日…大丈夫かな?ずいぶんきつそうだったけど」
いつもなら女子から帰りに誘われるけど、帰り時間がズレたためか、久しぶりに一人で帰路につく。
「明梨、いよいよ明後日だね」
「…うん…でも…」
「でも?」
「…あたし…委員長なのに…ほとんど…自分で…何もできてない…」
わいわいと賑わう校舎を歩いていると、ところどころから美味しそうないい匂いが漂っていた。
「そんなことないよ。準備は間に合ったし、みんなもやる気だよ?」
「…それは…ほとんどが…白須賀くんのおかげで…あたしは…足を引っ張って…ばかり…副委員の足を引っ張る…委員長なんて…やる意味…あるのかな…?」
「明梨は十分やってるよ。ただ彼が一枚上手というか」
「…白須賀くんと…釣り合えるように…頑張っていても…彼が一枚上手じゃ…意味ないよ…」
「そう、だったわね。でも明梨、本当に委員長を務め上げたとして、それで彼と釣り合うようになるって思ってるの?」
「…それだけじゃ…無理だと思う…でも…やっぱり…白須賀くんはすごくて…釣り合う以前の話になってて…」
優愛は、林間学習直後に明梨の決意を聞いて、夏休み後くらいには熱が冷めるだろうと思っていたけど、ますます熱量が上がっている明梨を見て、その本気度を思い知らされていた。
「それで、どうするつもりなの?」
「…明日の前日準備だけは…絶対に…白須賀くん抜きで…やり遂げる…もう…白須賀くんには…言ってある…」
いつもより少し赤い顔で、真っ直ぐ先を見つめて決意を口にした。
「それじゃ、また明日ね」
「…うん…あたし…がんばるから…」
ひらひらと手を振る優愛ちゃんを見送って、あたしも手を振り返す。
一人になってみて、なんだか頭がポーッとする感覚に襲われる。
少し足がもつれる感じもあって、真っ直ぐ歩くのが難しい。
「…ふう…さすがに…きつかったな…けど明日の…前日準備さえ…乗り切れば…」
部屋に戻ってきたあたしは、気だるさを感じながらも、疲れのせいと自分で納得してベッドに潜り込んだ。
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