第20話:差変(さしかえ)
「あれって
「…うん…
あの後、結局同票多数で決まりきらずに順位を決めた10個の候補を持つことになった。
「しかしあの沈黙は何だったんだろうね?」
「…あたしが…うまくやれなかった…から…」
白須賀くんのやった指示は、実にうまく回った。
意見を出すって目立つことだからか、一気に静まってしまった。
けどグループに分けて意見を必ず出させる方法にすれば、自分以外の意見も出す連帯意識が働いたからと考えている。
「うーん、確かにわたしが意見出す時もちょっと億劫だったのは確かだけど、お祭騒ぎ好きな人が何人もいる中であの沈黙はなんかなぁ…」
あたしと優愛ちゃん、白須賀くんは知らなかった。
少し前にお祭好きの男子が数人集まり、文化祭の出し物が近づいていることを話題にして、メイド喫茶だのゴスロリ喫茶がいいなどと盛り上がっていて、それを聞きとがめた女子と言い合いになって、気迫負けした男子がプレッシャーを受けていたということを、後日知る。
意見を真っ先に出して意見を言い合う場を、その男子たちが自ら奪っていた。
「結局食べ物系が多くなっちゃったね」
「…うん…」
せめて、優愛ちゃんにだけはあれを伝えなくちゃ。
「…あのね…優愛ちゃん…」
「何?」
「…白須賀くんが…何を考えてるか…わからないんだけど…実は…テーマを考えたの…あたしじゃないんだ…」
「どういうこと?」
「…あたしが…思いつかなくて…彼に意見…聞いたら…3つの候補を教えてくれて…それで…あたしが考えた…意見にしろ…って押し付けられて…」
「何よそれ。本来白須賀くんのお手柄じゃない」
そう。
けど…
「…でもなぜか…これが…白須賀くんのお手柄だ…って言おうとすると…もう手助けしないって…言われて…」
「意味分かんない。明日、その真意を確認するわね」
「…だめ…そんなこと…したら…もう…あたしが困っても…助けてくれなくなる…だから…だめ…」
彼が何を考えてるのかわからない。
どうしてそこまであたしを前に出したがるのか。
「本人にそれとなく聞くのもダメ?」
「…だめ…困る…絶対に…誰にも内緒で…」
「ふう、わかったわ。このことは誰にも喋らない。それでいい?」
「…うん…」
これで胸のつかえが少しすっきりした。
ほんと、彼が何を考えてるのか全くわからない。
あたしが彼に頼ることなく全部を回せるなら思い切って聞けるけど、今のところあたし一人でできていることなんて無いに等しい。
おまけに好きと告白してしまっている。
取り消しの意思は伝えてあるけど、告白した事実は消えない。
今のところ、蒸し返してきたのは一度だけ。
多分、気まずくならないよう気を遣ってくれているのだろう。
ほんとに、あたし…足を引っ張ってばかり。
できることは全部やるって決めておきながら、結果がこれじゃ全然だめ。
とても胸を張って白須賀くんの横には立てない。
決意を新たに、次の委員会に臨むことを誓う。
「やっと各クラスの出展物が決まったな」
「…はい…」
「できれば上位3番目以内で決めたかったが、7番目になってしまったか」
「…ごめん…なさい…あたしが…10案あるなんて…言わなければ…」
委員総会で10案まである、と口走ったために、他のクラスでも多数出ていた同じ案を優先されて、上位が追いやられてしまった。
「…でも…たこ焼き屋で…どうやって…テーマの『飛翔』…を表現できるん…だろ…」
文化祭で決めたテーマは、出展にあたり何かしらテーマの要素を組み込まなければならない。
「みんなで意見を出し合えばいいだろう。一人で考えることじゃないさ」
「…はい…」
「…ということで…うちのクラスでは…たこ焼き屋…に決まりました…」
ロングホームルームで、まさかの上位7案目になったことを知ったクラスの人たちは、少なくとも盛り上がってる様子ではなくなった。
「それでどうやってテーマの飛翔を組み込むんだよ?」
「焼き役が背中に羽根を着ける?」
「それ無理矢理すぎでしょ」
ただでさえ盛り上がりに欠けているうえ、テーマとの相性が合わせにくくて不満の声が上がっている。
コンコンコン
開始早々、もうすでにあたしの手に余る状態となっていて、また白須賀くんに合図を送る。
もう、頼りっぱなしな自分が嫌になる。
「この中でたこ焼き器を持っている人はいるかい?」
すかさず助け舟を出す白須賀くん。
「多分、家にあるわよ。どうするの?」
女子の一人が手を挙げた。
「それは助かる。次のホームルームまでに持ってきてくれないか?重たいなら取りに行く」
「いいけど、テーマにあった内容を決めなくていいの?」
「それならなんとかなるかも知れない。それよりみんなで持ち寄れる必要な物をヒアリングしたい」
そう言って、白須賀くんはホワイトボードに必要なものを書き始めた。
テキパキと持ち寄る物と担当が決まっていく。
スケジュールもスラスラとまとめ上げている。
やっぱり白須賀くんはすごい。
あたしじゃこうもみんなをまとめることなんてできない。
「それと明日、特別にホームルームを設けたい。先生、いいですか?」
「先生の授業時間を少し使うくらいなら構わないけど」
「ありがとうございます。では10分くらいを使わせてもらいます」
「…何を…するんですか…?」
「飛翔のテーマを実証してみる」
フッと微笑んで答えた。
翌日、特別に設けられたロングホームルーム。
「それで、どうするの?テーマに合わせた出展が決まってないままだけど?」
質問してきた女子が手を挙げる。
「まあ、見ていて」
そう言って、白須賀くんは事前に仕込んできていたペースト状のタネをボウルに移し、普通にたこ焼きを作り始める。
焼けたあたりでピックを使ってひっくり返して、普通にたこ焼きができる。
「何よ、普通じゃない」
たこ焼き器を持ってきた女子が教壇のところへやってきて眺めていた。
「ここからなんだ。ちょっとコツが要るけど」
美味しそうに焼けている丸まったたこ焼きと、鉄板の間に少し隙間ができている。
ドロっとした衣のタネを更に追加する。
「鉄板とたこ焼きの隙間を無くすのが
鮮やかな手際で追加した衣を
ほとんど鉄板とたこ焼きの隙間が無くなった瞬間
「ほいっと」
『ああーーーっ!』
鉄板を覆うくらい衣のタネをハケで薄く流し込んだ。
じゅばああああっと盛大な音を立てて鉄板を覆った衣が踊っている。
薄く敷いた衣が焼けたのを見計らって、グローブを着けた白須賀くんの両手がたこ焼き器の鉄板を持ち上げる。
そして
ドサッ
敷いたラップの上に鉄板をひっくり返す。
「これで羽根つきたこ焼きの完成」
『おおおーーっ!』
完成した羽根つきたこ焼きを見て、見える範囲の人は感嘆の声を上げ、見えない席の人たちが様子を見に来ては同じく感嘆の声を上げる。
「これでどうかな?」
あっさりと聞く白須賀くんに
「羽根つき餃子なら聞いたことあるけど、たこ焼きでこんなことするやつ初めて見た!」
「テーマが飛翔だけに羽根ってことっ!?」
「これいいよっ!テーマをクリアしてる!」
次々と驚きの声が上がり始める。
あたしはそれを見て、ゾワゾワと全身の毛が逆だった。
「…そんな…方法が…」
「テーマの飛翔、これで提案してみようと思うけど、異論は?」
『なしっ!』
反対意見が出てくることなく、全員一致で採用された。それと他に思いつかないというのもあるのだろう。
「それじゃ授業を始める」
どこまでも空気を読まない先生は、一気に冷水を差した。
「ねえ、どうせなら粉ものつながりでお好み焼きとか焼きそばもやらない!?」
「ごめん。それらはもう他のクラスが提案して進行してるんだ。割り当ててくれたこれも、競合があってやっと取れたんだ」
「そっか、高等部は特に同じ出展を禁止ってしてるもんね」
白須賀くんはホカホカの鉄板を冷ますため、教室の端へ置きながら答えた。
「よかったな。うまくいった」
ホームルームと授業が終わって、放課後にクラス中から賛成を取れた内容を企画書にまとめることになった。
「…はい…」
「どうした?鐘ヶ江さん。元気ないけど」
「…いえ…なんでも…ないです…」
あたしがどれだけ頑張っても、白須賀くんには到底届かない。
力の差を見せつけられるばかりで、自分の無力さを思い知る。
思い切って無理してあたしが一歩を踏み出しても、白須賀くんは四歩五歩くらい先に行ってしまう。
役立たずで足を引っ張ってばかりのあたしにも、できることはあるだろうか…。
せめて、この企画書くらいはあたし一人で完成させたい。
「…あの…これ…あたしが…作ってきます…」
向かい合った机の上に置いてあったクラスごとの出展企画書をごっそり手にとって自分のかばんに入れる。
「提出は今週中だけど、間に合うの?」
「…間に合わせ…ます…」
急いで家に帰って企画書をまとめるため、足早に教室を出ていく。
「鐘ヶ江さん、何に追いかけられてるんだ?」
一人になった教室で、夕日を背に呆れとも心配とも取れる声で漏らす。
「やっぱり
「…これ…何を書いて…いいんだろ…?」
企画書を引き受けてきたものの、何をどう書いていいのかわからずにいた。
テーマの飛翔にちなんだ欄と校内設備使用欄は書けたものの、それ以外の部分は何を書けばいいのか分からずにいる。
タイムテーブルだの、出展参加者だの、電源使用許可と同時使用電力数など、わからないことだらけ。
「…同時使用電力は…たこ焼き器の消費電力を…確認すればいいとして…でも…何台使うんだろ…?」
あまりに情報が不足していて、ほとんど書けることがない。
これじゃ、また足を引っ張ってしまう。
せめてこれくらいは自分でやりきらないと!
自分なりに、埋められるところは仮の状態でも埋め始めた。
「…あの…たこ焼き器の…消費電力って…いくつですか…?」
あたしは翌日、たこ焼き器を持ち寄ってくれる人たちにこれを聞いて回っていた。
「わからないけど、300Wくらいじゃない?明日正確な情報を教えるよ」
「…お願い…」
一日中、企画書に必要な情報を集めようと駆けずり回る。
「鐘ヶ江さん、企画書作り代わろうか?あと二日で提出期限だけど、間に合う?」
「…ううん…これくらいは…やらせて…」
白須賀くんが心配して声をかけてきたけど、あたしはその提案を断った。
あたし、委員長に立候補しておきながら、ほとんど何もできてない。
せめて企画書くらいはしっかりやっておかないと、立候補した意味がない。
「明梨、大丈夫?」
企画書の提出期限を明後日に控えた放課後、あたしは教室に残って企画書の記入を進めていたところに優愛ちゃんがそこにいた。
「…うん…大丈夫…」
教室はすでにガランとしていて、二人だけになっている。
「情報収集くらいは手伝うよ?企画書を書くだけで手一杯でしょ」
「…全部…自分で…やりたい…」
優愛ちゃんは口を閉ざして、しばらくあたしの作業を見守っていた。
「明梨、やっぱりこんなことしても、明梨の目指す自分には届かないと思う」
「…ううん…これは…試練…だよ…一つ一つが…先につながってる…そう…思う…」
「いきなりハードル上げすぎなのよ。ただでさえ明梨は人と接し慣れてないんだから、せめて…」
「…だから…だよ…早くステップアップ…しなきゃ…」
急ぎすぎ、と言いかけて言葉を飲み込んだ優愛だった。
「あんまり無理しないでよ。体調崩さない程度にね」
翌日、たこ焼き器の消費電力が全部わかり、企画書に書き加えた。
タイムテーブルもホームルームで
「…はい…出展企画書…です…」
「何とか間に合ったようだね。おつかれ様」
締切日の放課後にやっと全部の欄が埋まり、見た限りで不備はないはず。
「…いえ…これくらいは…」
「じゃ、これは預かって提出しておくとするよ」
「…はい…」
よかった。どうなることかと思ったけど、何とかなった。
企画書を受け取った白須賀は、明梨の姿が見えなくなった所で立ち止まっている。
「ごめん。この内容では、提出するわけにはいかない」
小さくつぶやく。
目を通してみて、内容はそれなりにまとまっているものの、辻褄が合わない所だらけだった。
「悪いけど、こっちを提出させてもらう」
自分のカバンから出した、もう1つの企画書を手にする。
その筆跡は白須賀のものだった。
白須賀の足は職員室へ向かう。
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