第19話:奮気(ふんき)
どうしてこんなことになっちゃんだろう…。
白須賀くんに対する決意を新たにして、何事もなく夏休みが過ぎ去っていった。
宿題は7月中に終わらせていて、夏休みの殆どを優愛ちゃんやサッチ&ミキチーと過ごした。
夏休みが終わると文化祭が待っている。
中学の時もそうだったけど、各クラスから文化祭実行委員と副委員を選出する。
小中高一貫の学園で、全校総出の大規模イベントだから、委員長と副委員が一堂に会する総会が週に一度開かれることになっている。
それはいいんだけど。
「それでは文化祭実行委員総会を始めます。まずは各委員と副委員の自己紹介から始めましょう」
ここに唯一いる先生が音頭を取り、順番に自己紹介を始める。
そしてあたしのクラスに回ってくる。
「…委員長に…立候補しました…
「同じく副委員に立候補しました
昨日のこと。
「…はい…立候補します…」
文化祭実行委員会のクラス代表を決めるホームルームは、なんとか自分がやらずに済むよう考えを巡らせている空気が漂う中で、あたしは小さく手を挙げながら意思表明した。
我慢できなくて思わずしてしまった告白を取り消したとはいえ、立ち止まりたくなくてもっと変わろうと決意した。
その一歩を踏み出すつもりで、ずっと日陰でやり過ごしてきた自分には過ぎた立場とは思ったものの、期間限定だから頑張ってみると決め、思い切って委員長に立候補した。
ザワッ!
「明梨っ!?本気なの!?」
がたっと立ち上がって確認してくる優愛ちゃん。
「…委員長に…立候補…です…」
ざわつきが一層大きくなった。
明梨に聞こえない程度ながら
「おい、お前鐘ヶ江さん狙いなんだろ?副委員に立候補しろよ」
「だからって副委員はちょっと気が進まないな」
というやり取りがあった。
「はい。副委員に立候補します」
ザワザワッ!!
声を上げたのは、白須賀くんだった。
「…白須賀…くん…?…それは…困り…ます…」
告白を取り消した状態のまま時間は過ぎ去り、今も夏休み前と変わらずに接してきている。
それでも告白してしまった手前、彼とは前のように話ができなくなってしまった。
今度は女子がざわつき始めている。
白須賀くんが立候補するなら、と気が変わった女子もいるようだけど、委員長じゃなくて副委員としてならやってもいいとコソコソ話をしている。
「…先生…」
「なんだ?」
「…他に…立候補がいない…ということは…決定で…いいんですよね…?
「そうなるな」
「…なら…彼の副委員立候補は…委員長として…否決します…!」
「だそうだ
しーん…
さっきまでざわついていたのが嘘のように沈黙した。
「推薦で決めるよりも立候補のほうがやる気はあるだろうから、白須賀の立候補を認めたい。みんなはどうだ?」
パチパチパチパチ
あたしと白須賀くんに優愛ちゃんと先生を除いて、全員が拍手で応えた。
「…そんな…のって…」
こうして成し崩しにあたしと白須賀くんで委員長と副委員を任命されてしまった。
その放課後…
「白須賀くん!ちょっと来て!」
有無を言わさない迫力で優愛ちゃんが彼を連れ出した。
「…待って…!優愛ちゃん…」
腕を掴んで無理矢理連れ出す優愛ちゃんの手を振りほどかせて
「…ごめん…白須賀くん…何でもない…から…」
今度はあたしが優愛ちゃんの手を引いて帰路に就いた。
学校を後にしてしばらくした時、周りを確認して優愛ちゃんが口を開く。
「明梨!あなたあれでいいの!?せっかく新学期の席替えで席も離れてホッとしたっていうのに、よりにもよって明梨の委員長立候補に合わせて副委員立候補なんて、明梨を困らせておきながら空気を読めないにも程があるわよ!?」
「…いいから…!!」
思わず張り上げた声に、優愛ちゃんはビクッと体を震わせた。
「…黙って…見てて…もう…彼のことは…ほとんど諦めてる…でも…できることは…やる…」
「明梨…(まだ、未練たらたらじゃないの)」
とはいえ正直どう接していいかわからないでいる。
あの告白、実はあたしの白昼夢が見せた幻で、実際には何もなかったと思わせるような態度であたしに接してくる白須賀くん。
かといってその時のことを聞く勇気もない。
こうしてズルズルと前にも後ろにも進めない状態が続いている。
高等部のクラス委員全員が自己紹介を終えた。
「では次の議題。小中高の同時開催ではあるが、小中高それぞれの代表同士と連携して調整を行う必要もある。それと実行委員会の中でも生徒の自主性に任せる方針もある。よって高等部の代表を委員長と副委員のペアで2クラス分、合計4人選出する。立候補者がいるなら優先する。立候補者は?」
できること、全部…やるって決めたんだから…。
「…はい…立候補…します…」
目を閉じて、精一杯の勇気を出して手を挙げる。
恐る恐る目を開くと、ほぼ半分の委員長が手を挙げていた。
「今年は随分多いな。選挙方式にする時間もないし、全員が立候補ならくじ引きにするか」
そう言って、先生は即席のくじを作って、各委員長がそれを引いた。
「まさか鐘ヶ江さんが高等部代表にまで立候補するとは思わなかったよ」
今回は各役割を決めるだけで時間が来てしまい、企画を詰めるところは後日仕切り直しということになった。
「…落選…しちゃったけど…ね…」
さすがに2割程度の狭き門までは通り抜けられなかった。
クラス委員は対抗馬がいなかったからスムーズに決まったけど、あれだけ競合がいるとダメになる可能性も高い。
「最近思い切ったことをしてるようだけど、花火の時と関係があるのかい?」
それを聞いた瞬間、ドッと冷や汗が吹き出てきた。
やっぱり…白昼夢の見せた幻なんかじゃ、なかったんだ。
「…白須賀くん…には…関係ありません…これは…あたしの…問題です…」
「そうか。明日もよろしくね。途中まで一緒に帰ろうか」
一緒にいたい。
けど、気持ちを知られていることがわかってしまった今、気まずさから少しでも離れていたい。
………ううん、できることは全部やるって決めたんだから。逃げない!
「…はい…」
あたしは気づいてなかった。
これまでとは違って、無意識のうちに他人行儀な態度を取ってしまっていることを。
翌日の実行委員総会。
「では昨日に引き続いて文化祭の進行に関する会議を開催します」
高等部委員長に任命された委員長が議事進行を始めた。
「まず学園全体のテーマを決めたいと思います。各委員長が1つ以上出してください。この結果を小中高の集まりで協議して決めます」
「去年は何でしたか?」
他の委員長が手を挙げて確認をしてくる。
「君の記憶力はどうしてるというのかな?去年もやっただろう」
「すまんが今年からの編入生なのでね。知らないのですよ」
「…それは失礼した。去年のテーマは調和です」
そうだった。
去年はほとんど参加したつもりが無かったから、すっかり忘れてた。
そして隣の白須賀くんも、高校からの編入なんだよね。
わずか半年足らずで、あたしの10年近くをひっくり返してしまった。
さらには、生まれて初めて告白してしまった相手でもある。
「…白須賀くんは…何が…いいと思い…ますか…?」
ふう
彼は軽く鼻でため息をつく。
何か、気に障ることでも言っちゃったかな?
「跳躍、飛躍、飛翔なんかがいいんじゃないかな」
っ!?
即答したことに驚いてしまった。
「…そう…ですね…それいいかも…しれないです…では白須賀くん発案ってことで…提案します…」
「いや、選ぶのは君だから、君の意見として堂々と言えばいい」
「…そんな…悪いです…」
「嫌なら二度と手助けしないけど、いい?」
「…それは…もっと困ります…」
「なら、どれを選んでも君の意見だ。堂々とね」
どうして白須賀くんは、あたしを困らせることばかり求めてくるのだろうか。
「…わかり…ました…」
「やったな」
「…まさか…採用される…なんて…」
今回最初の議題にあがったテーマについては、白須賀くんが出してくれた飛翔で高等部の意見として圧倒多数で決まった。
「…やっぱり…白須賀くんは…すごいです…」
「二度と手助けされたくないのかな?」
そう言われて、次の言葉は飲み込まざるを得なかった。
「これは君が決めたことだ。俺はただ隣で眺めていただけ。わかった?」
「…わかり…ました…」
この決定は小中高代表が集まって、意見を出し合った後で最終決定される。
もしこれが採用されたら、白須賀くんの発案が学園全体の案となって世に出ていくわけで、文化祭の主軸を決めたも同然ということになる。
あたしなんて何も思いつかなかった。
これがもし、白須賀くん以外の副委員長で決まっていたら…。
少し寒気がした。
やれることを全部やる。
そう決めたのに、あたしは何もできてない。
高等部の代表だって逃しちゃったし、テーマの発案もあたしの意見じゃない!
このままじゃ何も変われない!
たとえ年が明けても、これでは変わったなんて言えない!
もっと、できることをやらなきゃ!
「…今年のテーマは…『飛翔』で…決まりました…」
小等部、中等部、高等部の会議で正式に決定したテーマを持ち帰り、ロングホームルームであたしは教壇に立って発表した。
「ちなみにこのテーマは鐘ヶ江さんが提案したものです」
「…ちょ…」
隣にいる白須賀くんが口を挟んできた。
おぉ、という驚きの声が教室にこだまする。
「いいからいいから」
小さな声であたしを制してきた。
立候補はスムーズに進んだものの、最初のテーマ発案は白須賀くんが出したもの。
出鼻をくじかれた格好になってしまい、あたしは焦りを感じていた。
少し前。
「次のロングホームルームでクラスの出し物を決めるに当たって、俺は
「…あたしが…委員長ですので…どうしても…困って進まないような…そういう時以外は…口を出してほしくない…です…」
白須賀くんはしばし考える様子を見せて口を開く。
「だったら合図を決めよう。例えば指で机や壁を3回叩くとか、足のつま先で2回叩くという具合でどうかな」
どうして白須賀くんはこう気がつくし、気を回してくれるんだろう?
「…では…指で3回…にします…」
「わかった」
「…約束が…違います…それに…」
こそっと白須賀くんに抗議する。
「一切、手助けをやめていいの?」
うっ…。
それは困る。
全部を自分でやりきれる自信はない。
手柄を横取りしている気分になって、居心地はよくない。
けど、手助けをしてくれなくなるのは避けたい。
後ろめたさを感じつつ、あたしは先へ進めることにした。
「…学園全体…各クラス1つずつ…出し物を行うにあたって…このクラスで…何にするかを決めます…みなさんで…意見を…出してください…」
しーん…
え?
活発な意見交換があると期待したあたしを裏切るように、静寂が訪れた。
「…何か…やりたい出し物…ありませんか…?」
スッと手を挙げたのは優愛ちゃんだった。
「月並みだけど、喫茶店とか屋台みたいなお店はどう?」
「…はい…喫茶店と…食べ物のお店…ね…」
ホワイトボードに優愛ちゃんの意見を書き込む。
「…他には…?」
みんなのほうへ振り向くけど、意見が出てくる様子はなく、何人かがヒソヒソと相談している様子があるだけだった。
「…あの…」
助けを求めるように、隣にいる白須賀くんを見る。
チラリとこっちを見たけど、すぐみんなのほうに視線を移す。
そうだよね、あたしが手出ししないよう言ったんだよね。
あたし一人で何とかしなきゃ!
「…出し物は…重複を避けるため…クラスで決まったものが…必ずできるわけでは…ありません…各クラスで5つくらいは…候補を持っていきます…」
それでも教室内の様子はあまり変わらず、意見はまだ2つのままだった。
このお通夜状態、とても耐えられない!
助けを求めずにやりきろうと思ったけど、あたしじゃ荷が勝ちすぎる…。
トントントン
手柄を横取りした後ろめたい気持ちに加えて、頼り切りになってしまっている無力な自分の情けなさをグッと堪えて、使いたくなかった合図を送る。
「では、隣り合う席同士で三~四人一組になって意見を出し合ってください。検討時間は10分とします。各グループの一人が発表して、出た意見を元に投票へ移ります」
即座に白須賀くんはサラッと全員に具体的な指示を送ると、席が近い同士で体を向け合い、次第にざわつき始める。
やっぱり、白須賀くんはすごいよ。
あたし一人じゃ、絶対に決まらないまま時間が過ぎてた。
もっと頑張らないと。
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