第17話:欠壊(けっかい)
「おー、来たか」
「マジで勘弁しろよ。人を運び屋にしやがって」
そう言って、
肩にかけていた、折り畳めるソフトなクーラーボックスをドサッと置く。
「お前も観ていくか?」
「冗談じゃねえ。こんな人混みの中じゃ人酔いするだけだ」
言い残してから、雑踏に消えた。
「白須賀くん、だっけ?今の誰?」
司東くんの彼女はやりとりが終わったのを待って、質問する。
「古い友人だ。司東は面識無かったか」
「あいつが中学の頃に仲良くしてたって奴なのカ?」
「まあそんなところだ」
そう答えて、メッセージアプリ「Direct」に入力を始めた。
ピロン
あたしは帯の内側にしまっていたスマートフォンが通知してきたことに気づく。
「
一緒にいる
「…白須賀くん…から…飲み物は…今届いた…って…買い物してくるなら…食べ物だけで…いいって…」
「どんな飲み物があるって?」
「…天然水や…フルーツ系ドリンク…コーラ…烏龍茶…お茶…どれも冷えてる…らしい…」
「どんだけ持ち込んだのよ。でもくれるっていうなら助かるわね」
「…うん…」
「ただいま」
あたしと優愛ちゃんは、自分で食べる分と、みんなでつまむ分の食べ物を手にブルーシートの場所まで戻ってきた。
「粉モンが多いのナ」
そう。みんなでつまめるようにと考えた場合、こうなってしまう。
たこやき、やきそば、鶏唐、お好み焼き。
「飲み物は何にする?残ってるのは、えっと…オレンジ、リンゴ、コーラ、烏龍茶と天然水だな」
「あ、烏龍茶ちょうだい」
「ほい」
即決した優愛ちゃんは、ペットボトルの烏龍茶を受け取った。
「明梨は何にするの?」
「…それじゃ…オレンジで…それとこれ…飲み物代…」
「いいって。どうせこれ近くのスーパーでセールしてた分を見かけて用意しただけだしな」
見ると、中身がカラになれば折りたたんで持ち運べそうなクーラーバッグにはまだいくつか飲み物が残っていた。
「それに売れ残ると帰りが重たいしな。協力すると思って、ね。それとも俺に何かの恨みがあって、重たい荷物を抱えて帰ってほしいのかな?」
ニッと笑ってクーラーバッグのファスナーを閉める。
「…うん…いただきます…」
そういえば今日の花火観覧は、あたしが白須賀くんに借りがあるということで、白須賀くんの都合に合わせてあたしが着いていくことになったけど、本当にそのつもりで誘ってきたのかな?
「ね、明梨。これ賞味期限見て」
こそっと耳打ちしてきた。
見ると、とてもセール対象になるとは思えない先の日付が書いてあった。
「セールなんて嘘よ。多分遠慮させないための方便ね」
「…え…それじゃ…」
「いいから、気づいてないフリして飲みなさい。気づいたことを言うのは野暮よ」
蓋を捻ると小さくパキパキ音を立てた。
どういうつもりでセール品だなんて嘘ついたんだろう?
喉を通り過ぎるオレンジ味は体に染み渡っていく感じがした。
まだ、さっき手を繋がれた感覚が残っている。
ジトッとしている不快な暑さで、じわっと汗が出てきた。
「まだ打ち上げまでは時間があるわね」
辺りは夕焼けになっていて、花火を観に来ているであろう観客もかなりの数になっている。目の前は人通りで視界が遮られるくらいの混雑ぶり。
司東くんは隣の彼女と小声で語り合っている。
「まあ、あっちは放っておいていい。枯れ木も山の賑わいってやつだ」
「誰が枯れ木ダ。そっちは両手に華ってやつだナ」
しっかり聞いていたようで、すかさずツッコミを入れてきた。
元はと言えば、あたしが二人じゃイヤって言ったから白須賀くんが彼を呼んだわけで、二人で来れば呼ぶ必要もなかった。
でも二人で居たら…絶対に耐えられない。
あたしが何をしでかすかわかったものじゃない。
司東くんが飲み終わった空き容器をゴミ袋に放り込む。
袋への入り方が中途半端で、あたしはその袋を手にとる。
あっ。
お茶の空き容器だけど、これは賞味期限が近い。来週だ。
ということは、賞味期限が近いのとそうでないものが混ざっているということ…?
白須賀くんが買い足して数合わせした?
「…ねぇ…優愛ちゃん…賞味期限が…近いもの…あったよ…」
「そう、完全に嘘ってわけじゃなかったようね」
お互いに耳打ちしあう。
「後日でもいいから、このお代は二人で払おうね」
「何を話してるんだい?」
こそこそと聞かれないよう小声で耳打ちしあっているのを見た白須賀くんは、話に割って入ってこようとしていた。
「乙女の秘密よ」
「なんだ、気になるなあ」
日が沈み、次第にあたりが暗くなっていく。
周りを見ると様々だった。
おじいちゃんおばあちゃんや乳飲み子を含めた一家総出で1つのシートに収まっている人たち。
学生だろうか。十人を超える人数で大声を出して騒いでるグループ。
そこにいる司東くんみたいに仲睦まじいカップルがいるかと思ったら、付き合い始めと思われる初々しいカップルもいる。
女の子同士で歓談している楽しそうなペアもいれば、誰かを待っているのだろうか。複数人が座れそうなシートを広げてスマートフォンを触っている男一人がいたりする。
「はい、明梨。これ食べて」
優愛ちゃんと買ってきた食べ物を、白須賀くんが用意していた紙皿に小分けで移して差し出してくれた。
「…ありがと…」
司東くんと彼女も含めてみんなで食べていたから、これが最後の盛り付けになっている。
こういうところで食べるのは初めてだけど、今まで口にしたことが無いと思えるほど美味に感じる。
多分、家に持って帰って食べると普通か、それ以下だと思える味だった。
でも外で、みんなで、賑わっているところで食べるのは何よりの味わいになると思える。
こうしてみんなと外で食べること自体が初めての体験だし、何よりも白須賀くんが居ることで待っている時間がとても早く感じた。
そう。
このままで十分。
今のあたしは、こうして白須賀くんを含めたみんなで過ごせるだけでも幸せな気分になれる。
胸が高鳴って落ち着かないけど、これでいい。
「ところで鐘ヶ江さん、期末は惜しかったね。満点まであと一問だったんでしょ?」
「そうなんだよ。明梨ってば手際がいいから、全教科一括方式のテストでも上位に食い込んでるんだよ」
「…そんな…あたしは…自信がなくても…問いを埋めてるだけで…」
「でも、学年一位になれたんでしょ?すごいよ、鐘ヶ江さんは」
褒められなれてないあたしは、どうしようもないくすぐったさを感じて、なんかいたたまれない気分になってしまう。
「…それより…白須賀くんは…どうだったの…?」
「俺はああいう出題方式に慣れてなくて、途中で集中力が切れちゃった。後半はかなり危うい」
これまでのことを振り返り、日はさらに沈んでいく。
「ちょいと二人で買い出しに行ってくるヨ。無くすと困るものがあるから、荷物の番よろしク」
「うん、わかったわ」
仲睦まじげに二人で連れ添って歩いていく。
いいな。ああやって一緒に白須賀くんと過ごせたら…ってダメ!
あたしは諦めるって決めたんだから!
「あいつ、高校に上がってから彼女ができたらしい。幸せそうでホッとしてるよ」
「そうなんだ。じゃあつい最近のことなのね」
「…お互い…信頼しあってる…みたいで…お似合い…だね…」
あたしと白須賀くんも、あんな風に…ってダメダメ!
ここ最近、こんなことばかり頭に浮かんでしまう。
これでもし優愛ちゃんがいてくれなかったら、絶対に思ってることを口にしてると思う。
「なんかジャガバタ食べたくなったな。ちょっと買いに行ってくるよ」
ふと思い出したかのように立ち上がる。
「なら明梨を連…いや、何でもない。いってらっしゃい」
よかった。
これで行ってきて、なんて言われたらどうしようかと思った。
人混みの中へ消えていく白須賀くんを見送り、優愛ちゃんが口を開く。
「ごめんね、一瞬焦ったでしょ?」
「…うん…」
「それにしても白須賀くんって何考えてるかよくわからないわね。なんで明梨をここに誘ったのやら」
「…それは…あたしも…疑問…」
「彼なら一緒に行きたがる女子だらけでよりどりなはずだけどね」
そう。
確証は無いけど、そんな展開は真っ先に、目を閉じると浮かんでくる光景にさえなっている。
「もしかして、明梨のことが気になってるのかな?」
「…それは…無いと思う…」
「どうして?」
「…だって…最初…ずっと…喋りもせず…避けてきたのに…面倒な人だな…って思われてる…きっと…」
あたしは俯いて、沈んだ顔になっているのが自分でもよくわかる。
「あー、どこかに心の奥を見通せる人がいればいいんだけどな」
誰にともなく、らしくない一言を放った優愛ちゃんを見る。
「…それは…便利な…能力だと思うけど…多分…辛いと…思う…」
「辛い?誰が?」
「…その人…が…」
「どうして?言わなくてもわかるなら聞く必要もないし、余計な誤解も避けられるじゃない」
「…だって…自分に…都合が悪いことも…全部…わかっちゃうんだよ…」
「………そう…だったわね」
ハッとしたような顔をしたかと思ったら、しんみりした空気で応えた。
「三人とも遅いわね」
「…もうすぐ…打ち上がる…のに…」
手のひら側に着けた時計を見ると、打ち上げの19時半まであと10分程度まで迫っていた。
「…何か…困ったことがあったの…かも…あたし…行ってくる…」
「ちょっと!場所わかるの!?」
「…白須賀くんは…ジャガバタの屋台…だと思う…居なかったら…すぐ戻る…」
あたしは雪駄を履いて、足早にその場を後にした。
何か胸騒ぎのような、落ち着かない気持ちが背中を押してくる。
「明梨!行くならわたしも…」
いいかけて、置いてある荷物を思い出した。
「もう、離れられないじゃないの」
優愛は立ち上がって、履いた雪駄を元の位置に戻して独り言をこぼした。
ジャガバタの屋台がある場所は、ここへ来て買い出しへ行った時に覚えている。
真っ直ぐ進めないほどの混雑をかきわけて進んでいく。
土手を上がる坂道を進み、下がろうとした時
「…白須賀…くん…!」
会いたかった彼を見つけた。
「鐘ヶ江さん?」
「…心配…して…」
「探しに来てくれたのか。すごく混んでて遅くなった。心配してくれてありがとう」
すれ違いそうになった時、あたしは足を止めて白須賀くんの後ろに回り込んだ。
「…もう食べて…きたの…?」
見ると、手ぶらだった。
「いや、あと二人待ちの状態で売り切れてしまって結局買えなかったんだ」
やれやれ、と言わなくてもわかる顔で答えた。
『それでは開始の時間となりました。夜空を切り裂く一瞬の輝きをお見逃しなく』
大音響で夜闇に飛び交う雑踏を切り裂いたのは運営の放送。
えっ!?打ち上げの時間!?
思わず空を仰いで足を止める。
「邪魔だ!立ち止まるな!」
「鐘ヶ江さん、こっち!」
通行人の行く手を遮ってしまったあたしの後ろ頭に怒声を浴びせられ、身を
周りに人は多いけど、一旦立ち止まるだけのスペースはあった。
「ここなら少し立ち止まっていても文句は言われないよ」
そう言って、白須賀くんは打ち上げ場所の方へ視線を送る。
『さん!にー!いーち!』
放送と一緒にカウントダウンする観客の声で、否が応でも期待が高まる。
ドドドン…パラパラパラ…
最初の
火の華が放つその光に映し出された彼の顔を見て、胸が高鳴る。
ドドドドドドドドドン…バババンババンバババババンッ!!
堰を切ったように打ち上がる火の華は、刹那ながら昼の陽光にも負けないほどの光で辺りを包み込む。
体の芯まで響くその炸裂音は、あたしの胸で高鳴る心臓の音に同調さえして、理性まで吹き飛ばしてしまうほどに甘美で情熱的な刺激だった。
キラキラと輝く一瞬の光は、見る者すべてを魅了する。
だめ…言っちゃ…だめ…。
でも、このまま言わないでいるのが…苦しい。
胸が押しつぶされそう…。
自分で抱えているこの矛盾に耐えきれない。
隣にいる彼に目を奪われる。
その横顔は、火の華が放つ光に照らされて輪郭を映し出す。
映し出されている顔を見ていると、高鳴る鼓動が止まらず加速する。
体へ響く炸裂音に負けないほどの強くて速い鼓動が体中を駆け巡る。
だめ………だめ…だよ…
体を通して、心にまで届く火の華が炸裂する非日常な衝撃は、あたしの背中を押すのに十分過ぎた。
「…白須賀くん…好き…」
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