第16話:二離(ふたり)
「それじゃテスト返すぞ」
前期の期末考査が終わり、明日の終業式を過ぎると夏休みに入る。
「
「はい」
「このままじゃ進級すら厳しいぞ。もっと努力すること」
「うっす」
ぼんやりとしたコメントを添えて答案用紙が返却されていく。
「
「…はい…」
あたしはどんなコメントが添えられるのかな…?
「惜しい!満点まであとひとつだったのにな!」
どよっ、と教室中が沸き立った。
ざわつく背中が気になるけど、受け取った答案用紙を見ると満点まで数字が一つ届いていなかった。
予告があったとおり、今回からは進学試験と同じく、全教科一括出題の方式に切り替わっている。
答案用紙だけで12枚という大ボリュームになっていて、さすがに緊張した。
途中にトイレへ立つこともできず、切れそうになる集中力を保とうと必死で耐えた。
それが…。
「すげぇ、才色兼備ってこういうことか」
名前も覚えてない男子が言葉を漏らす。
「…あの…たまたま点数が…よかっただけだし…気を遣わなくて…いいのに…」
かといって自慢すると嫌味になってしまう。
迷ったあたしは、そう答えた。
「才色兼備はコミュ力もパネェな」
せっかく必死に考えた返事を、まるでちゃぶ台返しみたいにまるごとめちゃくちゃにされてしまう。
「…友達が…少ないから…勉強が友達…みたいなもので…」
しーん
答案用紙で半分顔を隠しながら答えた一言が、教室の空気を一気に重くしてしまった。
「どんどん返すぞ。次」
そんな重たい空気をものともせず、淡々と答案返却を続ける先生。
「
「はい」
ドキッ!!
先生が呼んだ名前だけで、心臓が飛び出しそうなほど高鳴った。
他の人が呼んだ名前ってだけなのに、これじゃ卒業して思い出にするどころじゃなくて、体がもちそうにない気がする。
「友達が少ないってどういうこと~?」
「わたし達、友達じゃなかったの~?」
サッチとミキチーが絡んできた。
「…だって…
「あーあ、俺は友達から除外されちゃったか」
今度は視線を外してあさっての方を向いたまま、白々しい口調で白須賀くんが絡んできた。
「…あっ…あのっ…そうじゃ…なくて…!」
「そうじゃないなら、何なの~?」
隣まで来て肩に腕を回してくる優愛ちゃん。
「…ちょ…優愛…ちゃん…」
「変に取り
とっさに耳打ちしてくるその言葉に、あたしは少し落ち着きを取り戻す。
「わかってるって。クラスメイト、でしょ?」
とっさに優愛ちゃんが入れてくれたフォローだけど
「おーいお前ら全員席座れ」
どこまでも空気を読ま(め?)ない先生は、盛り上がっていようとも意に介さず冷水をかぶせてきた。
「
「はい」
「前よりは点数上がってるけど、油断すると進級は厳しいぞ」
「ごっつあんです!」
突然優愛ちゃんは、お相撲さんみたいにわざと野太い声色を使って返事をする。
「…あれ、滑った?」
テヘ、とバツが悪そうにみんなの方へ振り向く。
「席戻れ」
やっぱり空気を読ま(め?)ない先生は、シベリアの吹雪にも負けない寒さを繰り出した。
「明日は終業式だ。それが終われば待ちに待った夏休みへ入る」
ワーッ!と教室中が沸き立つと思いきや、さっきから散々吹雪攻撃を受けたせいか、シーンと聞き入っている。
「やっと先生も面倒な担任仕事から開放されて羽を伸ばせるというものだ」
「だめだこいつ」
とっさに誰かが入れたツッコミに、みんな無言で苦笑を浮かべる。
そうか…夏休みに入ったら、白須賀くんとも会えなくなっちゃうんだ…。
林間学校が終わってからはたった3日だったのに、今度は…一ヶ月以上も。
会えても胸が苦しい。
会えないと今度は寂しい。
恋って…こんなにもきついんだ…。
放課後の時間になって、バラバラと蜘蛛の子を散らすように教室から出ていった。
「ねえ
二人で教室から出た後に、優愛ちゃんが聞いてくる。
「…うん…二人で…会ったらたぶん…我慢…できなくなっちゃう…」
「それじゃ、いいの?夏休みの間、ずっと会えなくても?」
キュウ…
会いたい。
でも、会えば苦しくなる。
相反する気持ちで板挟みになって、答えられないでいる。
学校を出て、家までは僅かな距離。
商店街に差し掛かって、あたしは建物に貼られている紙に目を奪われる。
夏休みに入ってすぐなんだ…。この花火大会。
白須賀くんと…一緒に行きたいな。
でも、二人きりじゃきっとあたし、我慢できなくなる。
「明梨!何してるの?置いていくよ」
「…あっ…今行く…」
構わず進んでいた優愛ちゃんに気づいて、小走りで優愛ちゃんに追いつく。
優愛ちゃんに追いついた後、あたしが見ていたポスターの前で足を止める男の姿があった。
「さっき、これを見てたよな」
翌日
「んーっ!校長の話って長いよね」
「…寝そう…だった…」
前期終業式が終わり、教室に集まる。
「では通知表を返すぞ。呼ばれたら前に出ること」
何事もなく通知表を配り終えた先生は口を開く。
「ではこれで前期の過程は終了です。後期は長い。9月から12月中旬と1月中旬から3月中旬までの正味半年ほど。前期の通知表を見て後期のステップアップを目指して夏休みを無駄にしないよう使うこと。長々と話をするつもりはない。こうやって教壇に立つのもぶっちゃけ面倒くさいからな」
「ぶっちゃけすぎ」
誰かが放ったツッコミに、クスクスと笑い声が漏れる。
「では解散!」
我先にと教室を飛び出す人、友達で固まって話を始める人、白須賀くんの周りに集まる女子、といつもの放課後が繰り広げられている。
「ねぇ白須賀さん、近くの花火大会へ一緒に行きましょう」
「ずるい!わたしも!」
「絶対浴衣着てくる!」
彼の周りにできた人だかり(女子だかり)は、思い思いに話を進める女子に流されるがごとく内容が固まっていく。
「明梨、いいのね?」
「…うん…夏休みの間は…寂しい思いを…覚悟してた…から…」
あたしは背中でキャイキャイ騒ぐ黄色い声から離れ始める。
「そうだな、それじゃ当日の午後5時に橋のあたりで…」
白須賀は、話がまとまりかけたその瞬間。
「あ、ごめん!その日は先約があったんだ。別の日にみんなで出かけよう。詳しいことはDirectアプリのグループメッセで知らせるよ。ちょっと急用を思い出したから、先に帰るね」
「あっ!待って!白須賀さんっ!」
引き留めようとする女子の声を振り切って教室を飛び出す。
「ま、明梨がこれで夏休みの間、ずっと会えずじまいで後期に入って、それでも気持ちが下がらないまま変わらないか、もっと盛り上がってるかどうかを見極めるいい機会かもね」
「…うん…そうだね…」
二人で昇降口から校庭に出ていく。
「鐘ヶ江さん!」
ふと、後ろから男の声が背中に突き刺さった。
「…え?」
聞き覚えのある、聞きたかった…いや、我慢ができなくなるかもしれない意味で、今は聞きたくない声。
振り向くと、そこには愛しい人の顔があった。
「…白須賀…くん…」
「近くの花火大会、一緒に行こう」
「…どう…して…?」
突然のことで頭が追いついてこない。
「行きたいんでしょ?借りを返したくてね」
「…借りって…?」
「勉強を見てもらったお礼だよ。中間、期末と二回も見てもらっておきながら、鐘ヶ江さんに何もしてあげられなかったから」
そんなの、とんでもない。
あたしこそしてもらってばかりで、白須賀くんに何もしてあげられてない。
「…そんなこと…言ったら…あたしこそ…白須賀くんには…してもらって…ばかり…」
「何のことか覚えが無いけど、だったら俺が借りを返すのではなく、鐘ヶ江さんに借りを返してもらおうかな。行こうよじゃなくて、来てよ」
立場が逆転してしまい、思わず少し身を引いてしまう。
しまったと思ったけど、心のどこかで彼からのお誘いを望んでいる自分がいて、何かを言い返す気持ちが吹き飛んでしまった。
「…わ…わかった…わ…けど…みんなで…行きたい…」
みんなで、と言っても二人きりがイヤなのではない。
むしろ二人きりで行きたい。
けど二人きりだと、間違いなく気持ちが爆発してしまう。
「…ね…いいでしょ…?優愛ちゃん…」
「ふう、わかった。なら俺も
「…うん…それじゃ…詳しいことは…Directアプリで…メッセージ…する…」
約束したあたしは、小走りで彼から離れた。
「ちょっと明梨!あれでいいの!?」
商店街を抜け、住宅街に入り、人影がまばらになってきたところで優愛ちゃんが声を荒げてきた。
「…お願いが…あるの…」
「何よ?」
「…あたしを…絶対に…見失わないで…」
「それはつまり、彼と二人きりにしないでってこと?」
「…うん…」
「わかったわ。なら明梨の腰に紐でもつけておくから」
そう言ってウインクする優愛ちゃん。
「…それは…さすがに…冗談…だよね…?」
花火大会当日。
二人で浴衣を着て、カランコロンと軽快な音を鳴らしつつ歩いている。
「…マジか…」
あたしの腰には白い捻り紐がくくりつけられている。
「これで安心でしょ」
てっきり冗談とばかり思ってたのに、本当に腰から紐をぶら下げることになるなんて…。
「しっかし、すごい人出ね」
どれくらい人がいるのかというと、自分や前を行く人の足元が見えないくらい。
「…この日だけ…だからでしょ…」
ぐいっと腰の紐が引っ張られて、バランスを崩してしまう。
「…優愛ちゃん…引っ張らないで…」
「引っ張ってないわよ。紐があるのに人が横切るから」
腰に紐を結んであるあたしと、紐を持ってる優愛ちゃんとの間を人が横切ることで、あたしの腰と優愛ちゃんの手が横切った人の方向に引っ張られてしまう。
「…もう…
やっと待ち合わせ場所についたものの、こう人が多いと探すのも一苦労。
なにしろあたしは背が低いから、顔が見えるのはせいぜい手が届く範囲くらい。
優愛ちゃんもあまり背は高くないから、どうにも人探しに向いてない。
「おお、ここにいたカ」
この特徴ある口調は…
「おーい、ここだこコ」
遠くにいる誰かを呼ぶ仕草をする。
「わかった、今行く」
人混みをかき分けて姿を現したのは、紛れもなく白須賀くんだった。
しかも浴衣姿で。
司東くんは、やっぱり彼女を連れてきていた。こちらは私服同士。
手をつないで仲良さそうにしている二人の姿も、混雑がすごくてゆっくり見ることは難しい。
「まずは移動するぞ」
ガシッ!
彼は、あたしの手を掴んで人混みの中をすり抜けて歩く。
ちょっと!何で手を握られてるのっ!?
今あたしの脈を取られたら、心臓が爆発しそうなほどドキドキしてるのバレちゃう!
ドキドキドキドキドキドキドキドキ…
自分の鼓動が周りの雑踏よりもうるさく感じてしまう。
これ、絶対白須賀くんに鼓動が伝わっちゃってる…よね。
「ふう、ひどい混雑は抜けたな」
打ち上げ場所は川の上。
だから河川敷が観覧場所ということになる。
橋を渡るまでが混雑の集中する場所で、河川敷まではすぐそこ。
「で、なんで俺は腰に紐を付けられてるわけなんダ?」
「はぐれないようにするためよ。手つなぐと彼女に悪いでしょ」
あっけらかんと優愛ちゃんが答える。
「軽くペットの犬になった気分だヨ」
「
さらりとひどいことを言われたけど、周りの喧騒に紛れて消えた。
「ここだここ」
結局手をつながれたままで河川敷まで辿り着いた。
「どうした?顔が赤いよ」
俯いて黙り込む。
「ここって使っていいのカ?」
「ああ、朝に俺が場所取りしておいたから、遠慮なく
見ると敷かれているブルーシートが6人分くらいある。
「さっすが!そこまでしてくれんだ!段取り完璧!」
優愛ちゃんが心底感心している様子で褒めちぎった。
あたしは真っ赤になった顔を見せられず、俯いたまま顔をあげられなかった。
パッと手を離して、白須賀くんは靴を脱いでブルーシートに乗り上げる。
紐を解いた優愛ちゃんは、いつもと様子が違うあたしを心配して近寄ってきた。
「大丈夫?」
そっと耳打ちされて
「…白須賀くんに…手…繋がれて…心臓が爆発…しそう…」
と耳打ちしかえした。
「ふー、この人混みは疲れた疲れタ」
司東くんとその彼女も白須賀くんに続いてシートに腰を下ろす。
「打ち上げまでまだまだ時間はある。この場所は目印としてあの赤い柱と向こうの照明がある柱だ」
「ならわたし達はこのまま買い物にいくね」
「ああ、気をつけて」
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