第15話:貌然(ぼうぜん)
ざわっ…
朝に一人の女の子が校舎を目指して校庭を進む。
その女の子が周りから視線を集めて、にわかに周りがざわついてる。主に男子生徒が。
「なあ、あれ誰だ?見たことないぞ」
「転校生じゃね?でもすげー可愛いよな」
「あの色は高1だろ。今の時期に転入か?」
この高校は小中高一貫になっていて、ある意味で人があまり流入しない村みたいな性質があり、それだけに名前は知らないものの顔は知っているという状態になっている。
「でもよ、あの隣にいる人って…、あいつだよな。まさかあの見覚えがない人は…」
「
「…うん…ちょっと…落ち着かないよ…」
昨日のこと。
「明梨!本気なの!?」
「…うん…本気…」
薄いピンクを基調とした甘め仕上げな優愛ちゃんの部屋。
何度も来たことあるけど、今はとても落ち着く気がする色。
相談がある、と連絡して行った部屋で、あたしは胸の内を打ち明けた。
「やめときなって!
「…わかってる…!あたしなんかじゃ…釣り合いが取れない…ってことも…だからって…何もせずに…終わりたく…ない…」
林間学校で、自分の気持ちに気づいてしまった。
学年どころか、学園内でもひときわ女子人気が高い彼を好きになってしまったことを自覚して、胸が締め付けられるような気持ちを抱えている。
「無謀すぎるよ!多分だけど、鼻にもかけてもらえないよ!?」
「…わかってるわよ…!それでも…この気持ちだけは…誰にも…否定されたく…ない…」
「明梨…本当に、本気なの?林間学校という特殊な環境に当てられて、舞い上がってるだけじゃないの?」
「…それは…考えた…けど…現に気持ちは…今も変わらない…ううん、むしろ…顔が見られない日を…重ねて…もっと…強くなってる…」
林間学校が終わると、休息日ということで日曜にかけて休みとなっている。木曜日に帰ってきて、金曜日から日曜日までゆっくりと休める。
生徒の休みということなっているが、実際には先生が林間学校の後処理をするために取られている「忙しいから建前は生徒の休み」ということはほとんど知られていない。
林間学校後の休み最終日、日曜日。
金曜日、土曜日と二日挟んで学校に行っていない。
もちろんその間は白須賀くんの顔を見ることはない。
その間に会いたいという気持ちが高まるばかりで収まる様子がない。
しーん、と静寂が部屋を支配する。
「明梨、本気だってわかったわ。けど近くに居たいなら、これ以上近づいちゃダメだと思うの」
「…わかってる…だから…今の距離を…保つの…気持ちを…伝えも…しない…」
「わかってると思うけど、それって…すっごく辛いわよ。多分、考えてるよりもずっと苦しいと思う」
それもわかってる。
今でさえこんな苦しいのに、気持ちを伝えもせず過ごす苦しさなんて想像もできないほどきついと思う。
でも、今の関係を崩したくない。
告白して彼の顔を見ることもできないほど、心の距離が離れていってしまうくらいなら、この苦しさに耐えたほうがいい。
「…あたしから…気持ちは…伝えない…やるだけやって…それで…諦めたい…振り向いてくれなくても…いい…今より…少しでも…気にしてくれるなら…」
優愛はこの時、やっと明梨の覚悟がどれほど固いものかを悟った。
ふう…
優愛は軽くため息をつく。
「………明梨、わかったわ。もう何を言っても止められないみたいだから、できる限りの協力はする。でも、辛い結果は避けられないと思ってね」
「…ありがと…」
「それじゃ、うんと可愛くなろう。まずは髪からだね」
そう言って、優愛ちゃんはハサミとドライヤーを取り出して、あたしの髪に
以前までのあたしは、前髪は目が隠れるくらい伸ばしていて、後ろ髪は無造作に後ろで束ねていた。
それを変えて、前髪は目が見えるくらいに切り揃えて、ダブルバング仕上げにした。
後ろ髪はゆるくウェーブをかけてふんわり感を出す。
顔もファウンデーションで軽く整えて、チークやリップも目立たず自然でありながら髪型に合わせた
これだけでも朝は結構手間がかかるけど、変わると決めたあたしだから、何とも思わない。
「…おはよう…」
あたしが挨拶した一瞬で、教室内が静まり返る。
まだ全体の半分くらいしかいないけど「誰だっけ?」「どこのクラスと間違えたんだ?」と口々にしている声が痛い。
「…おはよう…白須賀くん…」
「ああ、おはよう」
いつものとおり、白須賀くんに挨拶する。
後ろから隣の席に向かうため、振り向かないままでいる彼は気づいてない。
振り向いてすぐ、彼は固まった。呆然とした顔で。
「……………誰?」
「…あの…
『……えええーーーーーーーっ!?』
少しの沈黙。そして教室中から驚きの声が耳をつんざく。
「嘘だろっ!?今までの日本人形を地味にしたようなあの姿は何だったんだ!?」
「あれ絶対に別人だよっ!!本物はどこだっ!?」
男女問わず驚嘆の声で部屋が満たされ続けた。
「………思わず
呆然とした顔で、ため息すら混じったような返事をする。
「別人にすら思えてしまったけど、とても似合ってるよ。可愛くなったね」
ふわっとした微笑みでかけてくれた言葉がとても心に沁みた。
「…ありがと…」
思わず心躍る心地になったけど、こんな外見だけじゃとても釣り合わない。
「あれが鐘ヶ江さんって言うならアレだろ!?不思議なコンパクトを広げて魔法の合言葉をかけると姿が入れ替わる…」
「どこの魔法少女だよ」
興奮冷めやらぬ人たちが、遠巻きにボケとツッコミを繰り広げている。
小中高一貫だから環境の変化が少なくて、こうした変化に弱いらしい。
「…なんか…落ち着かない…」
席に座っていつものとおりにしてるけど、あたしを見て回りがざわついていて、どこか恥ずかしくなってしまう。
「自信持っていいと思うよ。まさかここまで変わってしまうなんて、驚きがまだ収まらない」
驚いてるって言いつつも普通にしてるとしか思えない。
「何があっておしゃれしてきたのかは、聞かないでおくよ。鐘ヶ江さんから話したくなるまで待つね」
「…うん…いつか…言うね…」
あたしは小恥ずかしさを覚えつつ、微笑んで返した。
「出欠を取ります。
「はい」
朝のホームルームでいつもの出欠が始まる。
順調に進んで、あたしの前まで進む。
「
「はい」
「鐘ヶ江」
「…はい…」
先生は一人ひとり、返事した人を確認していて、返事したあたしの顔をキョトンとした顔で見る。
「……………誰?」
「そのリアクション、もう俺がやった」
白須賀くんがすかさず挟んだ一言で、教室中がドッと笑いに包まれる。
「鐘ヶ江さん、いったいどうしちゃったの!?」
「肌きれ~!髪もつやつや!何使ってるの!?」
「どんな心境の変化があったの!?」
ホームルームが終わってすぐ、変化に飢えてる人たちがあたしの周りに群がってきていた。
「ストーップ!!明梨が困ってるじゃないの!!」
あわあわしてしまっているあたしと、群がる人たちの間に優愛ちゃんが割って入ってくる。
「そうだよ。まだ会話慣れしてないんだから、質問攻めにされたら困るでしょ」
続いて白須賀くんが隣から助け舟を出してきた。
さすがに気まずそうな空気が漂ってきているのを察した彼は再び口を開く。
「ならこうしよう。今日、放課後前のホームルームまで受付ということで、一人一つの質問をメモして鐘ヶ江さんに渡す。答えられる範囲で鐘ヶ江さんは数日かけて全部の返事を書いて本人に戻す。ということでどうかな?」
正直な感想は、それもめんどう。そもそも人と関わり慣れてない。
でも、せっかく白須賀くんが出してくれた妥協案だから、無下にしたくない。
「…わかった…わ…それで…」
そして昼休みを前に、あたしの手元にはメモがこんもりと山積みされていた。
「余計なことしちゃったな。ごめん、これは俺のせいだ」
パン、と目の前で手のひらを合わせて頭を下げる彼。
「…ううん…あたしは…返事を考える時間…できたから…そういえば…白須賀くんは…メモ…出してない…よね…?」
「ああ、鐘ヶ江さんの口から直接聞きたいんでね、メモは遠慮させてもらう。迷惑をかけてしまったお詫びとして、俺にできることがあったら言ってくれ」
「…そんな…迷惑なんて…いつも…あたしが助けてもらってる…のに…」
彼の顔を見ることすら辛くて、目をそらしてしまう。
「それとは別に、またテスト勉強をみてくれないか?」
「…テスト…勉強…?」
林間学校が終わると、まもなく前期の期末考査がある。
そろそろテスト期間に入る頃合いだった。
テスト勉強ってことは…彼と向かい合って座ったり、この教室以外で近くに居るってことだよね。
…苦しい…。
ただでさえ耐えるのに必死なこの状態を、さらに続けなきゃならない…なんて。
胸に痛みを覚えて、痛む胸を両手でかばう姿勢になる。
「あ、無理ならいいよ。勉強くらい自分でやらなきゃ意味が」
「…いいわ…今日から…にする…?」
自分で言った言葉が信じられず、言い終わってからハッとなる。
断らなきゃ、と何度も頭で
「ほんとっ!?助かるよ!」
ぱあっと彼の顔が明るくなって、安堵した表情に変わる。
まともに顔を見ることもできないあたしは、嬉しいような苦しいような、複雑な顔で目を逸らすしかなかった。
家に帰ったあたしは、かばんに入っているメモの山を取り出す。
一つ一つメモに返事を書いては、またかばんにしまう。
どうして、勉強を見ることにしちゃったんだろう…?
図書室で二人、教室よりもずっと近くに座って、白須賀くんが問題に詰まっているところを、あたしが横からヒントを出していた。
少しでも動けば彼の体に触れてしまうほどの距離で、あたしはずっとドキドキが止まらずにいた。
いや、ドキドキしすぎて心臓が止まりそうなくらいだった。
告白しない。遠くから彼の幸せを祈っているつもり。
早くもその決意がゆらぎ始めている。
好き。
この気持ちを、伝えてしまいたい。
可愛くしたのは、あなたに振り向いてほしくて。
聞かれたことを、答えてしまいたい。
そばにいるだけで、心臓が止まりそうなほど高鳴っている。
彼の体に抱きついて、その心音を聞いて欲しい。
毎日さよならを言って背を向けた後、呼び止めて欲しい。
そんな胸の内を、彼の耳元で囁きたい。
あたしだけを、見て。
眼と眼で、通じ合いたい。
伝えたい思いがいっぱいあるのに、それを伝えてしまうのはルール違反な気がする。
彼はあたしの閉ざし続けた心を開いてくれた。
けれどそれは、友達として放っておけないから。
わかってる。
それなら、あたしは彼の意思を汲んで、友達であり続けることが彼の望みだと思ってる。
彼の、言葉にしない意思に反して、あたしが友達の線を踏み越えてはいけない。
「…苦しい…よ…白須賀…くん…」
頬に一筋のこそばゆい感触が伝う。
気がつくと、涙を流していた。
翌日
あたしはいつの間にか寝てしまっていた。
いつものとおり、優愛ちゃんと登校した後に優愛ちゃんと一緒にお手洗いへ向かった。
途中、あたしはまだまだ物珍しさの色を含んだ視線を浴び続けていた。
いつまで続くんだろう…?この落ち着かない視線の嵐は。
そんな中で、向こうから見知った顔が近づいてくる。
「よお
ツンツン頭の見た目ガラ悪そうな人が声をかけてくる。
白須賀くんの友達、
「こんにちは。ずいぶん久しぶりね」
クラスが離れていることもあって、なかなか顔を合わせる機会に恵まれていない。
「で、さらに一人と友達になったカ。で、その娘は違うクラスかナ?」
司東くんはあたしに視線を移してきた。
「…あの…鐘ヶ江…です…」
「……………嘘…だロ?」
しばしの沈黙から、やっと出てきた言葉がそれだった。
「しかしその声、喋り方は間違いなイ。何があっタ?」
「イメチェンよイメチェン」
「イメチェンってレベルじゃネー!もはや革命だゾ!」
みんな同じ様な反応ばかりで、少しずつ慣れてきた。
でも慣れたあたりで興味が薄れるんだろうな。
「…それでは…移動教室なので…」
ぺこりと会釈して隣を通り過ぎる。
「髪型とメイクであんなに化けるのかヨ…女って怖エー…」
それが無意識で漏らした一言だった。
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