第12話:急出(きゅうしゅつ)
「…会話って…重要…なんだね…」
時には敵意すら持って追い返していた相手とも、話をしてみるとそんなのは思い込みだったことを思い知らされた。
「うん、わたしは明梨のためなら世界中を敵に回してもいいと思ってたけど、その明梨が向こう側に行っちゃうかと思ったら、なんか怖くなっちゃた」
「…怖い…?」
言ってる意味がわからなくて聞き返す。
「明梨がわたしを置いて敵に回るかもしれないって思った」
「…そんな…あたしにとって…優愛ちゃんは…かけがえのない…大切な…友達だよ」
「それでも変わっていく明梨を見て、置き去りにされた気がしたのよ」
不安だったんだ。
ずっとあたしを守ろうと気を張っていた優愛ちゃんが、喋るようになったあたしの変化についていけず、優愛ちゃんは変わるのを恐れたんだ。
優愛ちゃんは、あたしを守ろうとする気持ちを捨てて他の人に接してみたら、あっさりと受け入れて友達になれた。
今の所、あたしを守ろうと必死になっていた時のことをチクリと言葉の棘で刺されることはあるけど、あたしがフォローしてなんとか丸く収まっている。
もう、守られるだけのあたしは卒業する。
お互い支え合う関係になる。
そう決めたものの、今のあたしには別の気になる感情が芽生え始めていた。
それは…。
「白須賀さん、今日お昼一緒に行きませんか?」
「そうだな。前は断っちゃったし、行こうか」
「やった!」
キャッキャとはしゃいでいる女子の姿。
その人に意識を向けている白須賀くんを見ていると、モヤがかかったような、すっきりしない何かが胸に立ち込める。
なんだろう…この気持ちは。
あたし以外の人が白須賀くんと話をしている姿を見るたびに、このすっきりしない感情に囚われてしまう。
誰かに向けてこんな風に思ったことは一度もない。
だから戸惑うばかり。
相談するにも、口にしにくい焦点がぼやけた気持ちだから、誰にも相談できずにいる。
初めての感情に、あたしは戸惑いを隠せなかった。
「…何…なの…この…気持ちは…」
彼に近寄る人が、初めて邪魔と思い始める。
「というわけで学年間の交流を兼ねた林間学校を来週執り行う。各自しおりに書いてある持参品を準備しておくこと」
ある日のホームルーム。教室中で盛り上がる人と静かな人が入り交じる。
「それと4人1組のグループをこれから決めます。余った場合は勝手に決めていきます」
キラーンと目が光ったかと思ったら、ドワッと白須賀くんに群がる女子。
あたしは女子津波に押し出されてわいきゃいと盛り上がる人だかりを見て、再びモヤモヤした気持ちを抱える。
白須賀くんと、一緒のグループになりたい。
「明梨、あの
「言っておくが寝る時のバンガローはもちろん男女別だ。日中のプログラムで行動をともにするグループだということを…って聞いてないか」
先生は呆れ気味に騒ぎが収まるのを待っているようだった。
あれから、優愛ちゃんは友達が4人できた。
あたしが初めて話しかけたサッチとミキチー。それと名前も覚えてないけどあと二人が優愛ちゃんと仲良さそうに話しているのをよく見かける。
数日前の話。
「明梨。次、移動教室だよ。行こ」
手を引いて教室を出て廊下を歩いている時、トイレから戻ってくる白須賀くんとすれ違った。
「な。4人の友達ができたろ?」
呼び止めるでもなく、独り言のように言葉を残して通り過ぎる。
それを聞いた優愛ちゃんはビクッとわずかに身を震わせた。
「…今の…何…?」
「ひ、独り言でしょ。いいから行こ」
少し表情が固く見える優愛ちゃんだけど、独り言にしては問いかけるような内容だったのが気になった。
移動教室は基本的に席は自由。
もちろん一番人が集まりやすいのは白須賀くん。
けれど唯一、あえて席を毎回指名でシャッフルしてくる授業がある。
なぜかは不明だけど、家庭科の調理実習がそれだった。
「…以上のとおりです。では各班で調理開始してください」
授業が進み、いつもの移動教室授業よりも口数が少ないながらも、騒がしくなる。
あたしは全く知らない人に囲まれた状態で鍋に火をかけた。
優愛ちゃんは白須賀くんと同じ班になって、隣同士。
「さっきのことだけど、ほんとによく見てるよね。どうして前もってわかったの?」
「簡単なことだ。友達は似てる人を、恋人は違う人を求めるもの。君と似ている人が4人いた。それだけだよ」
「その観察力、敵わないわね」
ヒソヒソとやり取りを続ける。
「それで、明梨をこの先どうしたいわけ?」
「別に何も。このままクラスに溶け込めればそれで十分だ。そのための下支えくらいはさせてもらうよ」
「そう」
何やら優愛ちゃんは白須賀くんと何かを話してるようだったけど、隣りに座ってる人も聞こえないくらいの声だったから、内容はわかり得なかった。
「待ってました。お二人さん。よろしくね、アッキーにユーミン」
「うん、やっぱりこのメンバーがホッとするわね」
あたしたちは友達同士になったばかりの4人で集まって談笑を始めた。
そうしている間も、あたしは白須賀くんの姿を目で追いかけてしまう。
そんなあたしの姿を優愛ちゃんが見咎めていたことに気づけなかった。
「着いたー!」
何事もなく林間学校当日になり、現地まで到着した。
結局白須賀くんのグループは集まりすぎでまとまらず、くじ引きで決められていたけど、バスを降りてすぐにまた彼の周りが集まりだした。
あの中間考査以来、あたしと白須賀くんはあまり接触が無くなっている。
寂しいような、どこか満たされない気分がある。
「ね、明梨。あっちに川があるんじゃない?」
優愛ちゃんが指差す方向から、微かな水音がしていた。
「散策は後!まずは集まれー!」
手にした拡声器で呼びかけする担任。
「…ほら…いかなきゃ…」
促す優愛ちゃんの手を引いて呼びかけている場所まで足を向けた。
他のクラスも同様に集まっていて、クラスごと、グループごとに並ばされる。
「これは遠足ではなく、あくまでも林間学校であり…」
10分くらい延々と心構えや注意点を説明し続ける。
「ではしおりと各班で作った行動予定表どおりに!解散!」
この林間学校は一風変わった方法になっていて、基本的に各自の判断に任されている。
ただ、やるべきことは予め決められていて、それを終えればいい。
食事と就寝だけは前もって時間まで決められている。
二泊三日となっているけど、もうお昼近い時間。
四人で話し合った結果、二日目のお昼までに全部のやるべきことを片付けようということで話がついた。
二日目のお昼以後は全部自由時間というわけだ。
「さ、準備準備」
サッチが先導して食事の準備に取り掛かる。
テキパキと準備を進めて、周りのほとんどがまだ調理している状態にも関わらず、あたし達の班はもう片付けに入っている。
「時間を無駄にはできないよ。明日の昼には全部終わらせるからね」
そうサッチが念押ししてきた。
「…うん…効率よく…やろ…」
周りが食べ始めた頃には、あたし達はすでにその場を後にして行動を開始した。
ここまで一緒に行動してきて、サッチはとても段取りが上手に見える。
キッチリと役割分担をして時間を無駄にしない。
周りを見ていると、その時になって役割を決め始めたり、じゃんけんで役割を決めている様子があった。
そこから手順を確認しにかかるため、そこで時間の差が大きくついた。
あたし達はスケジュールを作る時点で役割を全部決めて、さらに手順の確認まで終えている。
「それじゃ手はずどおりに。二人一組で散開!」
サッチとミキチー、あたしと優愛ちゃんでペアを組んで別行動を始めた。
「サッチはすごいよね。最短の時間で終わるよう抜け目なく準備しちゃうんだから」
「…うん…これなら…明日の午前で…終わるかも…」
二人で担当したのは川のスケッチと撮影。
もちろん二人で描いたものを丸写しではまずいため、前もってスマートフォンのタイマー撮影機能を使って、二人が座っている別の角度と構図の写真を二枚送ることになっている。
「さ、早く描き上げよ」
二人で別々の写真を撮ってサッチとミキチーにメッセージアプリ『Direct』で画像を転送した。
同じ頃、展望台からの眺望を担当した二人から同じように写真が転送されてきた。
「…こんなの…よく…思いつく…よね…」
「4人1組で行動しろとは言われてないもんね。まさかこんな方法で時間短縮をするなんて思わなかったんでしょ」
この二箇所をスケッチするだけで今日一日が終わるくらいの時間がかかるはず。
移動時間を削り取って、2つのスケッチを完成させてしまうわけだ。
少し後ろの方からガヤガヤと話し声が響いてきた。
先生を含めた大勢がやってきている。
思い思いの場所で腰を下ろしてスケッチを始めている中、ほぼ完成に近づいてくる。
「明梨、どう?」
「…もう…少し…」
夕方に差し掛かり、そろそろ戻り始めたほうがいい時間になった。
「…優愛…ちゃん…お手洗いに…行ってくる…ね…」
「うん、いってらっしゃい」
あたしはそこに見えていた林道沿いの小さなお手洗いの小屋に入った。
バシャバシャ…
水道が通っているから、こうして手も洗える。
手洗い流し台の上に置いたスケッチブックを見る。
これで半分は終わった。後は明日の午前中でほとんどが片付く。
ビュオッ!
ふと吹いた突風に、スケッチブックが飛ばされてしまった。
「…だめっ…!」
慌ててスケッチブックに手を伸ばしたその瞬間…。
手に確かな感触があったものの、踏み出した足裏には何も感じなかった。
足元はほとんど崖のよう。木が生い茂る向こう側へ姿を消してしまう。
「明梨ー!どこー!?」
優愛は姿が見えなくなってしまった明梨を探して、声を張り上げる。
「…ん?」
どこかで呼ぶ声が聞こえて、白須賀は足を止める。
「悪い、ちょっとお手洗いに行ってくる」
と班メンバーに断ってその場を離れた。
「明梨ー!聞こえてたら返事してー!」
「吹上さん、どうした!何があった!?」
優愛はかけられたその声に聞き覚えがあった。
「また、あなたなの?」
何かと絡んでくるいつもの顔に、少々辟易とした返事をしてしまう。
「鐘ヶ江さんが行方不明なのか?」
「うん。二人で課題をやってたんだけど、気がついたら姿が見えなくなってて」
「わかった。ということはどこにいるのか見当もつかないということだな」
「そんな遠くへは行ってないと思うけど」
「手分けしよう。俺はこっちの方で探す。君はそっちへ」
仕切り始めた彼だけど、今は少しでも手が欲しいと考えた優愛は頷いて足を進めた。
「…ここ…どこ…?」
足を滑らせてしまい、ずっと下へ落ちたことで優愛ちゃんとはぐれてしまった。
落ちた際に足を捻ってしまったから、思うように動けない。
見渡す限り草や木だらけ。それでも道らしきところに出てきた。
「…獣道…ということ…?」
何もないよりはマシと思ったあたしは、痛む足を引きずりながら進む。
ガサッ
「…優愛…ちゃん?」
草をかき分ける音に気づいて、振り向いた瞬間…
ブルルル
引き締まった体に生える茶色の体毛、鼻は切り立った崖のような形状に口から牙が出ている獣が目に入った。
イノシシ。
確か、すごく足が速くて、アスリートでも逃げ切れないほどのはず。
草をかき分けながら走り始めてきた。
ズキッ!
足に力を入れた瞬間、捻ったところから激痛が走る!
もうだめっ!逃げたくても間に合わない!
「鐘ヶ江さん!掴んで!」
横からかかった声は、聞き覚えがある。
声の方を見ると、急な上り斜面から手を差し伸べる白須賀くんの顔があった。
すがるような気持ちでその手を取った。
グイッと引き上げられて、逞しい体に抱きとめられる。
突進を始めたイノシシはそのまま通り過ぎてから止まり、こちらを見るもそのまま歩き去った。
「間に合った。あの突進を受けたらよくても病院送りだったよ」
「…白須賀…くん…あり…が…」
「怖かったろ。イノシシは自分より高い所には攻撃を仕掛けない習性があるんだ。もう安心だから無理に喋るな」
白須賀くんは携帯を取り出して電話をかける。
「吹上さん、鐘ヶ江さんを見つけたからバンガローで落ち合おう。どうやら足をくじいているようだ。救急セットを用意しておいてくれ。ああ、また」
急な上り斜面を、白須賀くんが先に登ってあたしを引き上げて、この動作を繰り返すことであたし達はバンガローのある林道まで戻ることができた。
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