第11話:憂情(ゆうじょう)
「
「…うん…いつもどおり…かな…」
結果は全教科で85点を超えていた。
「…やっぱり…暗記ものは…苦手だよ…」
「それでも一番低いのが85点だもんね。わたしなんて一番高いのが85点だよ」
「
そう言って答案用紙を差し出したのは
「ばらつきはあるけど、平均で60点超えだ。編入組だけど、なんとかついていけそうな気がしてきた」
白須賀くんは、忘れそうになるけど隣の中学から編入してきた。
あっちの中学も決して偏差値が低いわけじゃないけど、それでもこっちは一貫校としてという要素があるかは不明だけど、授業のペースは少し早いらしい。
「ここで一つお知らせがある。みんな聞けー」
答案用紙を返却し終えた担任が声を張り上げる。
「進学試験のみとしていた全科目統合試験が次の期末から導入されることになった。今回の試験で平均70を切ってる者は単位を落とす可能性が高いからしっかりと勉強するように」
『ええええーーーーーっ!!?』
教室中から不満の声が盛大にあがった。
「それと試験の回数は減って、かつ前もってお知らせしたとおりに夏休みを挟んで前期と後期に分けられる。次の期末が終わったら次は冬休み前に中間、春休み前に進級試験だ。試験が減る分だけ試験の結果が進級査定に響くから各自抜かりなく準備しておくように」
一斉にため息とも取れる声ではない音が漏れ聞こえる。
あたしは別に大したことと思わない。
普段から予習復習をする癖がついているから、試験対策は普段からやっている。
「ああ、憂鬱だな。三学期が二学期に併合されて、二学期の期末が三学期だった時へ移るわけよね」
「…そう…なるわね…」
図書室で勉強会をして、あたしだけ先に校門で待たされた時の話にどんなことを言われたのかは、まだ聞けずにいる。
そもそもあたしに聞かれなくないから先に行かされたわけで、それを聞いてしまうのは何か違う気がする。
先週…
「だから、君は他に友達を作るんだ」
と言う彼の言葉が耳に残っている優愛。
わかってるわよ。わたしは正直焦っていた。
小学校の頃からずっと明梨の面倒を見てきた。
片時も離れるわけにはいかなかったから、明梨以外に親しい人がいない。
そして一貫性の学校だから、小学校からずっと顔なじみばかり。すっかりできあがってしまった交友関係は固着していて入り込むスキなんてない。
まさかこんな形で交友関係に苦しむことになるなんて思わなかった。
あの時、ちょっとした言い合いがあった。
「そんな…友達なんて言っても、ここまでずっと明梨につきっきりだったから、今更よそへ入っていけるような余地なんてないわよ」
「そんなこと言ったら、俺はどうなる?ここまで固着した交友関係に、編入生が入り込む余地なんてもっとないだろう?」
「白須賀くんはいいわよ。むしろ新しい風として迎えてくれるから。だけどわたしは違う。ずっと明梨だけを見てきた。誰とも仲良くしないってイメージが着いてしまってるのよ」
小学校の頃から、明梨はかなり浮いた存在だった。
そしてセットとしてわたしが居たから、この二人に割って入ろうという人なんて誰も居ない。いっそ二人揃って別の学校へ行っていれば、むしろ新たな存在として受け入れてくれたかもしれない。
「イメージが定着してしまった今は、もう遅いのよ」
「…鐘ヶ江さんは、自分の殻に閉じこもっていた。その殻はかなりの厚さと頑丈さがあって手強い。けれど君は、鐘ヶ江さんとは違う意味で自分の殻に閉じこもっているのではないか?」
「それはみんなが…」
言い返そうとするも、白須賀はさらにかぶせてくる。
「イメージが定着している?それは本人に確認してみたことはあるのかい?よく『みんなが言ってる』と口にする人はいるけど、『それが誰か』を聞くとたいていはせいぜい三人くらいだったりする。それで、君の言う『みんな』とは誰かな?」
「っ!?」
優愛は完全に言葉を失った。
なぜなら、誰一人としてそんなことを聞いたことがないから。
ただ、優愛と明梨の二人を遠巻きにしている態度だけで判断していた。
「まったく喋らなかった鐘ヶ江さんは、心を開いて人と関わり始めて、変わりつつある。口達者な君ができないというのは道理が通ると思うかい?」
そのとおりだった。
でも言われっぱなしでは気が済まない。
「男のあなたにはわからないかも知れないけど、女同士はそんな簡単なことじゃないのよ。少しの仕草や態度でわかることがたくさんあるんだから!」
「見たところ、君の友達候補は少なくとも4人くらいいる。だったらそれを証明させてもらうよ。そろそろ鐘ヶ江さんが不安に思ってる頃だ。行こうか」
「ちょっと、話はまだ…」
今、あたしが持ってる秘密の任務がある。
クラスメイトと少しでも話をすること。これは白須賀くんに昨夜、メッセージアプリ『Direct』を通して提案された。
試験が終わって浮足立っているクラスメイトかつ、白須賀くんにお熱ではない女子を見繕って…
「…あの…テストは…どうでした…?」
声をかけてみる。
「あ、鐘ヶ江さん。あなたは何点だった?」
「…その…友達がいなくて…時間だけは…あって…勉強…ばかりしてたから…」
おずおずと答案用紙を差し出す。
「すっごい!こんな点数初めて見た。こっちなんてこれだよ」
差し出された答案用紙の点数は67点が最高得点だった。
見ると、どこをどう間違えたのかが一瞬でわかる。
「…これ…基礎を…固めれば…平均80点くらいは…取れたと…思う…」
「そうなの!?あー、鐘ヶ江さんに教わればよかった」
「…ここは…こうして…これはこう…。これとこれは…誤字があって…」
「あー!ほんとだ!ズバズバと間違いがわかるなんてすごい!」
一ヶ月もするとほとんど忘れてしまうけど、設問用紙の内容はだいたい頭に入っている。
「サッチ、どうしたの?」
「ミキチー、鐘ヶ江さんすごいんだよ!?」
サッチと呼ばれたクラスメイトは、ミキチーと呼ばれたクラスメイトに興奮気味で話に巻き込む。
「鐘ヶ江さん、この答案用紙を見ただけでどこをどう間違えたのかわかるんだって!」
「ほんとに?まぐれじゃないの?ならこれはどう?」
出された答案用紙を見て、不正解の箇所を見る。
「…これは…公式の使い間違いで…答えはこう…。これは誤字…」
「………マジか!アッキーすごいよ!」
「…アッキー?」
突如聞き慣れない名前が出てきて、あたしは周りを見渡す。
それらしい人は見当たらない。
「鐘ヶ江さんのことだよ。明梨だからアッキー」
ミキチーはどうやらニックネームを付けたがるらしい。
「どうしてそんなにすぐ間違いがわかるの?」
「…さっきも…言ったけど…友達がいなくて…勉強だけは…時間をかけてる…から」
事実をそのまま伝える。
「ならこの先、成績落ちるかもね」
「…どうして…?」
「だって友達ができて勉強時間減るでしょ?」
「…友達…って誰?」
ミキチーは両手の人差し指でミキチー自身とサッチを指す。
「…え?二人が…?」
「嫌だった?」
「…ううん、嬉しい…」
勇気を出して声をかけてみた。
その結果、すぐに友達として受け入れてくれたことに胸の中がほっこりとした。
いつものとおり、数人の女子に囲まれながらも白須賀は明梨の様子を見て口元をわずかに緩めた。
次に視線を移した先は、ポツンと席に座っている優愛だった。
(やはり吹上さんは鐘ヶ江さんがいないと孤立するか。でも、何より問題なのは…)
視線を送っていても、自分から動く気配はない。
(自分から行動を起こさない消極性だ)
漠然としながらも指示したとおりに自分から行動を起こした鐘ヶ江に視線を移す。
(見立てのとおり、ぎこちない感じながらも
あの時以来だった。
あたしに友達ができたのは。
唯一の友達…親友と思っていた優愛ちゃんが最後の友達と思っていた。
でも声に出して、勇気を出して接してみたら、想像していたよりもすぐにスッと受け入れてくれた。
よかった。こんな喋らない、暗いと言われ続けてきたあたしでも、友だちと言ってくれる人が近くにいた。
「…えっと…下の名前…は…」
「サッチでいいよ。私達もアッキーって呼ぶし。ね、ミキチー」
「うんうん、そのほうが友達って感じするでしょ」
強引に話をまとめられてしまい、追求しにくくなってしまった。
本名を覚えてないあたしに軽い嫌悪を覚える。
こんなことなら、もっと早くだんまりをやめておくべきだったかもしれない。
後悔しても、もう遅い。
できることは、これからどうするか。
「…うん…サッチも…ミキチーも…よろしくね…」
消化不良なところを残しながらも、どこか満たされた気分になったあたしは優愛ちゃんのところへ足を運ぶ。
「…優愛…ちゃん…あたし…友達ができた…よ…」
「………」
声をかけたけど、俯いたまま何も応えない。
「…優愛ちゃん…?」
顔を覗き込もうとした瞬間
ガタン
急に立ち上がり、教室を出ていってしまった。
「それではこれでホームルームは終了。明日からは通常授業なのでしっかり登校してくるように」
「…優愛…ちゃん…」
あたしは出ていってしまった優愛ちゃんを追いかけて教室を飛び出す。
放課となったことで続くように次々と教室を飛び出す人。
一気に教室はガランとしてしまった。
「ある意味、鐘ヶ江さんよりも吹上さんのほうがこじらせていたのかもしれないな」
白須賀は数人の女子に囲まれつつ教室を後にして、鐘ヶ江の後ろ姿を見送っていた。
「…優愛…ちゃん…どうしたの…?」
やっと追いついたあたしは、足を止めた優愛ちゃんに問いかける。
「わたしには、無理よ」
「…何が…無理…なの…?」
「決まってるじゃない。明梨に近づく人、悪く言う人、陰口を言う人に、さんざん噛み付いて遠ざけてきたのよ。今更わたしを快く迎え入れてくれる人なんて、いるわけないのよ!」
思いつめた様な声に隠れている感情は、多分だけど悲しさ。
背を向けている優愛ちゃんに、後ろからそっと抱きつく。
「…大丈夫…あたし…優愛ちゃんが…周りに…溶け込めるよう…がんばる…」
「どうやって!?明梨はいいわよ!わたしが汚れ役を引き受けて守られてきたんだから。明梨を守るために、何でもやってきたつもりよ!言い合い、口論、取っ組み合いの喧嘩だってしたわ!バケツに汲んだ水をかけたり、イジメと叫んで先生が駆けつけるよう騒いだりもしたわ!小学校から中学校はともかく、中学から高校に上がると多くの場合は周りに見知った顔がいないことが多いけど、ここは小学校からずっと同じ顔ばかりなのよ!?高校になって進路が違う人が多少は出るけど、半数以上は小学校からずっと同じ人ばかり!守るためとは言えひどいことをしてきた自覚はあるわ!そんなわたしを…!」
「…優愛ちゃん…!」
止めどない感情の津波に翻弄されつつ、精一杯の声を出して止めていた。
「…わかってる…優愛ちゃんが…あたしのために…どんなことを…してきたか…」
過去に一度、あたしがイジメの対象にされて優愛ちゃんが騒ぎを大きくしすぎて警察沙汰になって、優愛ちゃんの親が身元引受人として呼ばれたこともあった。
あたしはずっと、そんな優愛ちゃんに甘えてきた。
だけど…。
「…だから…今度は…あたしが…優愛ちゃんに友達が…できる…ように…みんなとの…仲立ち…する…」
「とても、許してくれるとは…思えないわ」
後ろから抱きついてるその体は、微かに震えてた。
「…今度は…あたしが…優愛ちゃんを…守る番…」
「明梨、変わったよね」
「…え?」
「いつも、わたしが守ってあげなくちゃと思って、自分の時間も削ってきたわ。明梨の前に立って降りかかる火の粉を払ってきた。けど…」
気がつくと、震えてた優愛ちゃんの体が、少しだけ小さい震えに変わっていた。
「いつの間にか、明梨がわたしの前に立って、冷たい風から守られている気分になってきたわ」
「…優愛…ちゃん…」
「多分、傷つくのが怖かっただけ。友だちになろうとして拒否されるのが、ね。嫌われる覚悟、してみるわ」
「…もう…帰ろ…」
「うん」
二人揃って、教室へ足を向けた。
翌日の朝。
「あ、あの」
優愛は精一杯の勇気を振り絞って、心を開くための言葉を紡ぎ出した。
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