第7話:虚否(きょひ)
「絶対にとっちめてやるんだから」
植え込みの影に潜んで敵意を剥き出しにしている
「やめとけって。趣味悪いな」
潜んでいた優愛の襟を掴んで立ち上がらせようとする
「だって!
「だからそんなのは本人たちの問題だろ。当事者以外が立ち入っていい問題のわけがないって。行くぞ」
グイグイと力任せに植え込みから引きずり出されてその場から離れていく二人。
どうしよう…。
あたしは困っていた。
今までこんなことが無かったから、どうしていいのかわからない。
そもそもまともに会話できるのは…今でもまともではないけど、かろうじて会話らしきやり取りができるのは優愛ちゃんと白須賀くんだけ。
見ず知らずの人に呼び出されて、一体何を話していいのか見当もつかない。
「なあ、そろそろ時間なんじゃないの?待ち合わせ場所に行ったほうがいいと思う」
「白須賀…くん?」
目の前に現れたのは、そのかろうじて会話らしきやり取りができる一人だった。
「ん?ああ、こいつは気にするな。単なる野次馬根性むき出しの人だから」
がっしりと襟を掴まれていたのは優愛ちゃん。
その姿はまるで借りられた猫が首筋を掴まれているかのよう。
「でも…あたし…」
今日一日中、ずっと落ち着かない日を過ごしてきた。
朝のこと。
「ほんと、ありがとうね明梨。まさか資料室の鍵をドアの前に落としてたなんて思わなかったわ」
白須賀くんと一緒の部屋に閉じ込められた件は、優愛ちゃんが資料室の鍵をドアの外に落としていただけだった。
あたしは白須賀くんから救助の連絡を受けてすぐ資料室へ向かった。
その鍵を見つけて、鍵を差し込んだら開いた。
「ううん…いいの…でも…どうして?」
「ちょっと彼に話があってね、ドジっちゃった」
全部を話そうとしない優愛ちゃんの様子に、あたしは深く追求するのをやめた。
校舎に入り、昇降口で靴箱を開けると何かが足元に落ちてきた。
なんだろう?
白い封筒に入った手紙?
「どうしたの?明梨…ちょ!!それっ!!?」
シュバッと駆け寄ってきた優愛ちゃんは、あたしが拾い上げた封筒をパッと取り上げてきた。
「明梨…」
「…?」
「中、見ていい?」
険しい顔をして聞いてくる優愛ちゃんの迫力に圧されて、戸惑いながらも頷いた。
「
中身を全部読み上げた優愛ちゃんは、肩をワナワナと震わせている。
「何…それ?」
キッと睨みつけるような視線をぶつけてきた。
「何、じゃないわよ!これどう見てもラブレターじゃない!わたしの明梨に手を出そうなんていい度胸してるじゃないの!」
メラメラ燃え盛る炎が見えたような気がしたけど、目をゴシゴシしたら見えなくなっていた。
「うん。ずいぶんきれいな字体で書いてるけど、これは男の筆跡だね。会ってみたら実は女生徒でしたというオチはなさそうだな」
いつの間にか現れて、優愛ちゃんが持っていた手紙を眺める白須賀くんの姿がそこにあった。
「あっ!それ明梨あての手紙よっ!返してっ!」
「へえ、鐘ヶ江さんもついに彼氏ができるんだ」
ニコリと笑顔を向ける白須賀くん。
「そんなのわたしが許さないわよ!」
「それを決めるのは君じゃない。ね、鐘ヶ江さん?」
ふと話を振られて、ポカーンとしてしまう。
「話が…見えない…」
はあ、とため息をつく優愛ちゃん。
「でも、その様子じゃ明梨に彼氏なんて早すぎるし、続かないか」
ほっとしたと思ったら、何やら自分で納得したらしい。
「いい?これは愛の告白を目的とした呼び出しよ。明梨を恋人にしたいって思う男子が書いたと思われるもので、友達なんかじゃなくてもっと深い仲になりたいと思う男が、明梨にその気持ちを伝えようとしているのよ。明梨がその告白を受け入れたら恋人としての交際がスタートするの。女同士のつきあいとは全く違う世界が待っているのよ。二人でお昼食べたり、二人で登校したり帰ったり、休みの日は二人きりで出かけて手をつないだり抱きしめ合ったり、お互いが気に入れば将来は結婚して子供を産んでずっと一緒に生活していくの。わかった?」
「…ごめん…よく…わからない…ねえ、白須賀…さんだったら…」
意見を求めようと、周りを見渡すと
「その調子じゃ当分彼氏なんてできそうにないな。先に行くよ」
と背を向けて歩いている彼の姿があった。
「そんな…」
「名前は…書いてない!クラスすら書いてないじゃない!」
カリカリしている優愛ちゃんは、手紙から何かを得ようとしているみたいだけど、手がかりらしきものが何も見つからずイライラしている。
「そうだ、指紋鑑識をすれば…!」
何やら刑事さんのようなことを言い出し始めたけど
「…忙しそうだから…あたしも…先行くね?」
どこか居心地が悪くなってしまったから、その場を後にした。
「何…してるの…優愛ちゃん…?」
ギロッとした視線を周囲に巡らせているのを見て、あたしは聞いた。
朝からずっとこの調子。
「何でもない」
そう言いつつも睨みつけるような目線を忙しなく周囲に送る。
朝のホームルームが始まる前からイライラした様子でずっと鋭い視線を撒き散らしていて、ちょっと怖い。
廊下に男子生徒が通ると、そっちに目線を移して睨みつけている。
相変わらず白須賀くんの周りは女の子でいっぱい。
人数は入学直後よりは減りつつあるものの、減ってはチャンスとばかりに別の女の子が寄ってきている。その繰り返しで数はだいたい3~5人くらい。
「やれやれ」
内心ため息をつく白須賀。
(これじゃ鐘ヶ江さんが変わるのを応援したいのか、変わってほしくないのか、よくわからないな)
「あの…優愛ちゃん…」
「何!?」
ピリピリした空気を
「
白須賀くんが珍しく、優愛ちゃんを呼び出した。
彼がしびれを切らして呼び出しに踏み切ったことを、あたしは知る由もなかった。
取り巻く女の子も最初の頃みたいな熱量は薄れて、彼自身が一人になりたいと伝えることでそれほど摩擦もなく一人にしてくれることが多くなっていた。
人の目が無い場所まで移動を始める。
「で、何よ」
ブスッとした顔でイライラを隠そうともせず話を促す。
「君は鐘ヶ江さんをどうしたいの?」
「もちろん一人で、自分の意思で生きていけるようにすることよ」
「それで、今の君は鐘ヶ江さん自身が自分の意思で生きていこうとするのを妨げようとしてない?」
「してない!」
明梨のそばを離れたせいか、いらだちが大きくなっている。
「だったらどうして君が鐘ヶ江さんあてのラブレターを差し出した人が誰かを知りたがっているのかな?」
「明梨はまだ人に接し慣れてないからよ!せっかく自分の足で歩きだし始めたのに、とんでもない人に騙されていたなんてことになったら今度こそ人間不信になるじゃないの!」
「だったら、誰ならいいんだ?」
「まだ明梨には色恋沙汰なんて早いわよ」
「どうして?」
「せめてあたしくらいとは傍から見て普通に会話できているくらいになってもらわないと、安心して男に明梨を任せられないわ」
はあ…。
白須賀はまたため息をつく。
「君は鐘ヶ江さんの親なのか?」
「どういうこと?」
「嫁入り前の娘が選んだ男を値踏みする親みたいに見えるからだよ」
優愛はハッとなる。
「う、うるさいわねいちいち。いい?あなただって明梨を任せられるわけじゃないからね!わたしたちのことより、あれだけちやほやされてるんだし、さっさと誰か一人を決めて恋人と甘い時間を過ごせばいいんだわ!」
「…なるほどな。吹上さんは鐘ヶ江さんが離れていくのが怖いんだ。だから俺と鐘ヶ江さんを二人きりにさせて、さっさと破局すれば鐘ヶ江さんは吹上さんのところへ戻ってくる。そう考えてあの書庫室閉じ込め事件…いや、事故が起きたわけだ」
「…っ!?」
とっさに返事ができず、言葉に詰まった。
「…だったら鐘ヶ江さんは俺がもらう」
「ちょっ…」
「鐘ヶ江さんが変わるために、一番変わらなければならないのは誰か。それは吹上さんだったんだ」
くるりを背を向けた白須賀は、優愛の表情が手に取るように想像できた。
「そんなこと…!」
「時間だ」
歩きだすと同時に、予鈴が鳴り響いた。
「ちょっと!話は終わってないわよ!」
教室に入っても二人のやり取りは続く。
相変わらず優愛ちゃんは周囲を警戒し続けている。
「ちょっと」
「なんだ?」
「まさかと思うけど、あれあなたのじゃないわよね?」
女の子と話をしている白須賀は、割り込んできた優愛を止める様子もなく
「あれというのがよくわからないけど、心当たりはないと言っておこう」
そうしている内に放課後。
「優愛…ちゃん…」
「時間よ。いってらっしゃい」
やたら不機嫌そうな顔と声で言うから、何か悪いことをしてしまっていないか不安になってしまう。
「気にしないで行ってきなよ」
後ろから優愛ちゃんをヘッドロックして遠ざける白須賀くんを、本気で嫌がっている様子で暴れていた。
「それじゃ…行って…くる…」
明梨が教室から姿を消して、ヘッドロックをまだ続ける白須賀が口を開く。
「鐘ヶ江さんが変わることを望んでいるなら、見守るのが君の役目だ」
ガッチリと固定されている優愛は、本気で抵抗してるのにビクともしない。口を開けられないから、声はモガモガというくもぐった音になってしまう。
「乱入しないこと。口出ししないこと。結果は本人から聞くこと。どんな選択をしてもそれを受け入れること。できるなら腕を二回ポンポンと叩くんだ」
ハッとなる優愛だけど、明梨がYesで選択した時のことを考えると、素直に二回叩けない。
「どうした?このまま鐘ヶ江さんが戻ってくるまでロックされ続けるか?」
Yesだった時、受け入れたくないと考えたけど、散々悩んで二回叩いた。
その後、二人は教室を後にした。
「絶対にとっちめてやるんだから」
植え込みの影に潜んで敵意を剥き出しにしている優愛。
問答無用で立ち上がらせて待ち合わせ場所から遠ざける白須賀の姿があった。
「どう…しよう…?」
あたしはここへ来たものの、どうしていいかわからないでいた。
恋というのがどういうものか、概念としてはわかっているけど、どうにも実感がわかない。よくわからない。
ザッ
足音がしたその方向を見ると、見知らぬ男子生徒がそこにいた。
近づいてくる姿を見て、無意識の内に後ずさる。
「あの、中学三年の時に一緒のクラスだったんだけど、覚えてるかな?」
見ても、心当たりがない。
申し訳なくて俯く。
「そうだよね。吹上さんとずっと一緒にいたもんね…何度も話しかけようとしてたんだけど、喋らないからずっと言い出せなかったんだ」
サワ…。
少し風が吹き、木の葉を揺らす。
「ずっと鐘ヶ江さんのこと、いいなと思ってたんだけど、やっぱり諦めきれなくて…す、好きです。僕と、付き合ってください」
…困った。
何もかもいきなり過ぎて、こんな時になんて答えればいいのかすらわからない。
♪
ふと、ポケットに入れていたスマートフォンが音を出した。
取り出して画面を見ると、白須賀くんからのメッセージだった。
『難しく考えないで。一緒に居たいと思える人なら「よろしくお願いします」で、そう思えないなら「ごめんなさい」と答えればいい』
そんなことを言われても、やっぱりわからない。
でも、白須賀くんのアドバイスを見て、たどたどしいけどこう答えた。
「ご…ごめん…なさい…」
「…そっか、仕方ないよね。もしかしたら、なんて思ってたけど、伝えられてよかった。それじゃ」
そう言って、元クラスメイトは背を向けて歩きだした。
「ちょっと、手出し口出ししないんじゃなかったの?」
「ま、これくらいはな」
物陰で見ていた優愛と白須賀は、明梨がどう答えたのかをその様子で悟った。
「それで、あなたは明梨をまだ狙ってるわけ?」
「どうだろうな。じっくり攻め落としてみるのも面白いかもしれない」
冗談とも本気とも取れる口調で答えていた。
影でコソコソ言い合ってる二人に気づきもせず、あたしは寂しげな背中を見せて遠ざかっていく人を見て、心が締め付けられるような気持ちに駆られていた。
傷つけてしまった人の背中を見ている自分の気持ちを、どこにどう向ければいいのか、答えが見つけられずにいる。
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