きみの県庁所在地になりたい。

人生

1 春は黒く、青春にはまだ遠い




「好きです……! 俺と付き合ってください!」



 その台詞は本当に我ながらどうかと思う。

 シンプルで馬鹿正直ストレート、用件だけを的確に伝えるという点においては理に適っているのだろうが、こと恋愛において、こんなありきたりで適当な告白の台詞もないだろう。


 それでときめく女子などいるものか。むしろ罰ゲームか何かだろうと疑われるのが関の山で――案の定、


「無理」


 と、冬里とうりさんは一言でばっさり、俺の告白を断った。


 おまけに、


「そんな馬鹿みたいな台詞でOKしてくれると思ったの? 私のことが本気で好きなら、もっとちゃんとした台詞とシチュエーション、考えて」


 素敵なアドバイスまでしてくださった。


 ……だけど、言い訳させてほしい。これは罰ゲームではなくて、俺は本気で彼女のことが好きなのだ。そしてもっとちゃんとした台詞とシチュエーションを考えていたつもりなのだ。

 しかしいざ彼女を呼び出し、目の前にすると、頭が真っ白になってしまった。理性は失われ、残ったのは感情だけ。つまるところ口をついて出たのは、一番の、俺の馬鹿正直なまでの本心本音真実そのものの気持ちだったのである。


 それは着飾った言葉とは無縁で、要するにまあ、馬鹿みたいにテンプレな台詞になってしまったのであった。


 ……シチュエーション? 放課後の校舎屋上って定番では?




                  ■




 定番テンプレを脱しよう、オリジナリティのある、彼女のためだけに捧ぐ告白の台詞を――俺の想いの告げ方を考えよう。


 だって彼女、「無理」とは言ったけど、他に好きな人がいるとか――完全に脈無しだとは言ってないもの。むしろ「考えて」と、再戦の機会を与えてくださった。


 直接面と向かうと頭が真っ白になるので、手紙で告白しようというプランBも試してみる。今どきはメールやSNSが主流だから手紙なら雰囲気もあるし、思いの丈をいくらでも綴ることが出来る。

 そうして俺は、名作と呼ばれる恋愛小説などを参考に徹夜して書き上げたのだが、


「小説キモい」


 教室のど真ん中、クラスメイトの衆目を集めるなかで俺のラブレターは引き裂かれ鮮やかに宙を舞った。


 手紙だと歯止めが効かなくなるし、いくらでも書き直せてしまうため時間が無限にかかる。

 やはりここは言葉で直接、シンプルかつ印象的な台詞をキメるべきだろう。

 姉が観ている恋愛ドラマを参考横目に、「これだ!」と思う台詞をピックアップ。ちなみに直接鑑賞するのは家族の目が気になって躊躇われたので前後の流れとかは特に考えていない。


「お前が、好きだ」


「は? お前? というか――知ってるけど。だから?」


「…………」


 うん、まあ、二回も告白してるしね。俺の気持ちはご存知ですよね。そして大して親しくもないのに「お前」呼びはダメか。インパクト重視は失敗のようだ。

 それにしても「だから?」ときましたか。だから、だから……付き合ってください。そう二の句を継ぐことが、そう続けることが出来なかった。教室のど真ん中だったからかもしれない。勢い余ってというか、勢いのままにアタックしなければあんな台詞吐けなかったのだ。


 だから……か。単純に「だから付き合ってください」ではダメなのか。表現に一工夫すべきなのだろう。


 冷静になってみれば、「好きです。だから付き合ってください」というのはなんというか、文脈が怪しい。「好きです」という気持ちはこちらのもので、それを一方的に相手に伝えている。その上で「付き合ってください」と要求するのは本当に自分勝手だ。

 そこで、「だから」の登場か。好きです、だからあなたと一緒にいたい、付き合ってください――付き合いたい理由をあいだに挟まなければならない。しかし好きだから一緒にいたいというのもまた一方的だな。それに、「四六時中? 無理」といった感じの答えが容易に想像できる。重すぎてもダメだ。


 好きだという気持ちの表し方も一考した方がいいのだろうか。好きという気持ちはもう伝わっているのだし。ご飯が「美味しい」と言うより、もっと食レポ的な感想を述べた方が好感を得られるのではないか。


 もっと、こう……何かにたとえるとか?

 たとえばそう、「俺の味噌汁をつくってください」とかそんな感じの台詞がある。それはプロポーズの言葉だが、俺の気持ちもそれと変わらない。たかが学生の恋愛だと言われそうだが、少なくとも今の俺はそれだけ彼女に本気なのだ。行動しない、という選択肢が浮かばないほど。


 それにしても、「俺の味噌汁」か……何か卑猥な響きだ。主観だが。きっと彼女はそういう表現は好まない。というかそれは前時代的だ。今は女性が輝く時代、男も家事をする時代だ。料理をつくってもらう前提の表現はきっと彼女のお気に召さないだろう。むしろ「俺に君の味噌汁をつくらせてくれ」くらいの気概が必要だ。いや、味噌汁からは離れよう。やっぱり卑猥だ。それに、朝は洋食派かもしれない。そうか、俺は彼女の食の好みすら把握していないのか。もっと深く彼女を知らなければ、その心に響くメッセージも考えつかない。


 あ、ストーカーとか思われたら元も子もないし――今ある情報カードで素敵な台詞を考えるしかないが――俺が、その身辺を探らなければいいのである。


 そこで、友人の出番だ。


「おお心の友よ――ちょっと俺の相談に乗ってはくれないか」


「私、まるで都合のいい女みたいなんだけど――この前、冬里さん屋上に呼んだりさ……。フラれたんでしょ? いいかげん諦めたら? あんまりしつこいと本気で嫌われるし最悪事案だよ?」


「二度あることは三度ある――きっと冬里さんもそれは覚悟してくれてるはず」


「覚悟」


「そして、三度目の正直という言葉がある。俺はそれを最後に――それで成功すると信じているのです」


 正確には次で四度目だが、最初の一回はノーカンだ。ゼロ回目としておこう。とにかくそのゼロ回目で、俺は断られはしたものの、「考えて」と次を促されたのだ。チャンスを与えられた。挑む資格はあるはずなのだ。

 ただ、さすがに何度もアタックするのは俺としても正直どうかと思う。持久戦に持ち込み彼女の心が折れるのを待つのは、何か違う。そうやって好きだ好きだと臆せず言えるような間柄になれたらそれはそれで良いのかもしれないが――期限を設けなければ、それはいずれ惰性になるだろう。特別性が失われる。だから、次で最後だ。


 ともあれ、その最後の、三度目の正直のために、俺は考えられるあらゆる準備をして臨みたいのだ。


「身辺調査とか、そういうことはさすがにヤだから」


「むう……」


 釘を刺されてしまったが……。


「なんというかこう、女子に刺さる台詞とか教えて欲しい、みたいな」


 やっぱり女子ウケする台詞を探るなら同じ女子に聞くのが一番だろう。

 そこで俺は幼馴染みの女友達、野春のはるに相談することにしたのである。


「四の五の言ってるけどさ……、冬里さんはあんたになんの興味もないと思うよ?」


「いや、気は惹けてると思うんだ」


 告白してるし、意識はしてくれてるかと。次はどんなパターンで来るのかと内心楽しみにしてくれているのではなかろうか。


「まあ引いてはいるだろうね……」


 はあ、と野春は溜息を一つ。


「そういうことじゃなくてさ、今はあんたが冬里さんのことを一方的に好きってだけじゃない? そんなの、どんなに告白したって一方的だよ。相手の気持ちは変わらない。告白でクリティカルな一撃かまして、それで落ちるんなら誰も苦労しないでしょ? もっとさ……相手に、自分のことを好きになってもらう努力しないと」


「なるほど……」


「告白の台詞なんかより、シチュエーション考えなよ。告白するシチュエーションっていうか、相手の心が揺らぐ瞬間。告白はいわばトドメの一撃。別にそんなに凝らなくてもいいと思うけどな、私は」


 シチュエーション……冬里さんにも言われた言葉だ。ただ告白する場所や時間のことではなかったのか。


「ほら、いろいろあるでしょ?」


「あ、壁ドンってやつだ」


「安易」


「アゴくい」


「多少ひねったけど、実際突然やられたらすごい不愉快だと思う。許されるのは顔が良いやつだけ」


「落ちてきたところをお姫様抱っこ」


「もはやぶっ飛びすぎ。腕折れるよ? ……もっとさ、こう、たとえば……相手が好きな人にフラれて、ショック受けて傷心してる時に優しくする、とか。傷心につけ込んで、告白するわけね」


「それは……姑息じゃないか?」


 ……まあ、俺も正直ひとのことは言えないんだけど――


「それに、冬里さんに好きな人がいるとか……」


 信じたくない……。


「いや、いてもいいでしょ。というかむしろ、彼氏くらいふつうにいてもおかしくないんじゃない? いない方が不思議じゃん」


 少なくとも俺の知る限り、彼女の周りにそうした男子はいない。俺が知らないだけで、本当は陰で誰かと付き合ってたりしたら――告白する俺はとてつもなく滑稽だ。陰で笑われてたらどうしよう。もう生きていけない。死のう。


「いや……たとえば、の話だよ。あとは……困ってるときに手を差し伸べたりして、『どうして私のこと助けてくれるの?』『きみが好きだからだよ』みたいな。……うっわ、自分で言ってて恥ずかしい」


「それは、恥ずかしいな……」


「あんたに言われたくない。というかさ、そういうの知りたいなら……少女マンガとか読めば?」


「それだよ、今日お前に相談したのはそれもあって。自分で買いに行くのは恥ずかしいから、持ってるなら何冊か貸してほしい」


「いや、教室のど真ん中で告白したやつがよく言うわ」


「あれはだな……、その――ああやって告白しておけば、周りのやつへの牽制にもなるし、既成事実っていうか、断れない雰囲気とかつくれるんじゃないかなー……とかいう打算があって」


 勢い任せとは言ったものの、そうした下心があったのは否定できない。

 そのことにずっと後ろめたさを感じていて、いま野春に打ち明けられてちょっとすっきりした。こういうのはほんと、昔からの幼馴染み相手でなければ話せない。


「はあ……。ほんとに好きなのね」


 ……幼馴染み相手だからこそ気恥ずかしい部分もあるのだが。


「私のこと避けたりするくらいにねえ……」


「あれは、その……まあ、悪かったなぁとは思ってます、ええ、はい」


 自分でも正直、あの時はどうかしてたと思う。野春を避けるなんて、それではまるで野春が俺のことを好きみたいな――うん、自意識過剰にもほどがある。


「そうやって黒歴史を量産してくんだ」


「……結果的にうまくいけばそれもいい想い出になるんだよ」


 きっと。

 振り返って特に思い出すことのない青春より、たとえ黒歴史でも、いや黒歴史だからこそ記憶に残るものになる。黒歴史をつくるくらいがちょうどいいんだ。もちろん、可能なら黒くない方がいいけれども――何もせず、後悔するくらいなら。


「やらずに後悔するよりやって後悔した方がいい派なんだよ」


「じゃあ、やって後悔できるいいプランがあるんだけど」


「いや、後悔はしたくない」



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