第90話
雪平のお父さんに連れられ、やって来たのは雪平家が宿泊している部屋だった。
さすが大富豪と言わんばかりの広々とした室内。
俺が泊まっている部屋が四つばかり入りそうなホテルでいうスイートルームに宿泊していた。
「さぁ遠慮なく入りたまえ。とりあえず琴音の隣に座って少し待っててはくれないか?」
そう言われ、指定された方向に視線を向けると、そこには昼間見かけた浴衣姿をした雪平が座っていた。
雪平は俺の存在にひと目見ると、特に驚くというような動作は見せず、どこかしおらしくもある。
その様子を見ると、雪平本人は俺がなぜ呼び出されたかについて知っているようだ。
何はともあれ、雪平の隣に腰を下ろす。
雪平のお父さんはまた部屋から出て行ってしまった。
「よっ」
気まずい空気の中、俺はひとまず挨拶をする。
「……こんばんは」
雪平は俺に視線を向けることなく、小さな声でそう答えた。
――これは……何かあるな?
いや、呼ばれた時点で何かあるのはたしかなのだが、ここまで気を落とした雪平を見るのは初めて。
家族で一体何があったのかはわからないにせよ少し心配してしまうほどだ。
ここは放っておいた方がいいかもしれないな……。こういう時は無理に聞き出さない方がいい……と、前にギャルゲーの選択肢で教わったことがあった。
今は黙って、雪平のお父さんが帰ってくるのをひたすら待つ。
それからして約十分弱して、部屋の引き戸が音を立てながら、開けられる。
「待たせてすまないね工藤和樹くん。妻を呼んできたよ」
なんでフルネームなんだろうか……。
別に変とかそういうわけではないにしろ、威圧感がある。
――それにしたって……。
俺は雪平のお父さんの隣に視線を奪われていた。
雪平と同じ髪型をした女性。目はキリッとしていて、“大人の女性”というような印象が強く出ている。おまけに浴衣が妙に様になっていて、それがまた美しいというか……。
“妻”と言うからには必然的に雪平のお母さんで間違いないのだが……ちょっと綺麗過ぎない?
雪平のお母さんは対面になるような形で俺の目の前に座ったのだが、まるで雪平のお姉さんと見紛うくらいに雪平と似ていて、若く見える。
――一体いくつだよ……。
そう思っていると、雪平のお母さんは柔らかい笑みを見せ、お淑やかな感じで口を開き始める。
「初めまして。雪平粉雪と申します。こう見えても今年で四十歳になるおばさんなのですよ?」
「そ、そうなんですか……」
全然見えないし、なんなら隣にいる娘さんと違って、大きな胸もハリがあって、まだまだ柔らかそう。
雪平のお父さんがいる前でこういうことを妄想するのは非常に失礼極まりないが、リアル親子丼も俺的にはアリです。
「で、工藤和樹くん」
唐突に名前を呼ばれ、緩みそうになっていた気を再び引き締める。
雪平のお父さんは俺をまじまじと見つめた後、確かめるような感じで次の言葉を紡いでいく。
「君は私の娘……琴音と付き合っているのかね?」
「………………はい?」
俺の聞き間違いだろうか?
付き合っている?
なんの話だ?
どこからそんなデマ情報が流れ出したのか……。だいたい俺たちの関係を知っている奴らならそんなデマを流すことなんてないし、知らないやつでもそうだ。
……となると、答えは一つしかない。
「話に聞くところでは将来、“結婚”も考えているそうだね?」
――こいつそんなことまで言いやがったのか!?
俺は隣の方に視線を向ける。
デマを流した本人である雪平は顔いっぱいに不安な色を浮かべていた。
おそらく予想ではあるが、お見合い話でも持ちかけられたのだろう。アニメとか漫画ではよくある話だ。自分の会社をさらに大きく発展させるために一流企業のご子息と娘を政略結婚させる展開。
それに対し、雪平は断る口実に俺を出しに使ったんだろう。
まったく……いい迷惑だ。
正直、雪平を助ける義理なんか何一つない。
そもそも俺に対してはいっつも挑発めいた言動をとってくるし、態度も他の人と比べて、明らかに冷たい。
雪平が誰と結婚しようが俺には関係ないし、巻き込まないでくれとすら思っている。
「そう、ですね……」
けど……やっぱり放っておくことはできない。
好きでもない人と愛のない結婚なんて……かわいそすぎる。
雪平がときどき見せる儚げな表情もきっと家族関係で悩んでいたみたいだし、何より俺に頼ってきた。
もし嘘をつくのであれば、別に俺でなくてもよかったはずだ。
頼られたのなら、全力で助ける……俺の性分の一つでもある。
「挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。俺……いえ、僕と琴音さんは少し前からお付き合いをさせてもらっています」
嘘がバレないように俺は雪平のお父さんをじっと見据える。
ふと、雪平の方に尻目を向けると、わかりやすくも驚いた表情をしていた。
そんな顔をしていたらすぐにバレてしまう……そのカモフラージュに雪平の手をそっと握る。
「そうか……だが、君は嘘をついているのではないか?」
ほらな。そう来ると思ってたぜ。
俺は一応、シラを切ることにする。
「どうしてそう思われるのでしょうか?」
「琴音の顔だよ。この子はいつも冷静な分、何かあると顔に出やすいのだよ」
さすが父親。娘の変化を気付けるくらいに毎日見ているだけある。
「それは……たぶん僕が彼女の手を握ったからだと思います」
俺は握っている手を見えるように上げる。
「実を言うと、お義父様とお義母様に挨拶をしなくてはいけないと思った瞬間、緊張してしまいまして……。咄嗟に琴音さんの手を握ってしまったんです。それで、驚かれたのかと……」
我ながらに上手い口実だと思う。
雪平のお父さんは俺の説明を受けた後、腕組みをしながら雪平をじっと見つめる。
一方で雪平は視線をテーブルの上に向けたまま、前を見ようとしない。
その様子を見かねてなのか、雪平のお母さんが間に入る。
「まぁまぁいいじゃないですか。ラブラブで素敵だと思いますわ。それで二人の出会いはやっぱり学校なのかしら?」
「あ、はい。同じ部活をしておりまして……」
「あら、そうなの? たしか……ボランティア部だったかしら?」
「そうです。先日は一緒に合宿にも行きました」
あれを合宿と呼んでもいいのかについてはいろいろと議論する余地はあるが、それでも今はそういうことにしておこう。
その後は雪平のお母さんによる質問攻めになんとか答え抜き、それが終わる頃には一時間を経過しようとしていた。
「あら、もうこんな時間だわ!?」
雪平のお母さんは部屋にあるアナログ時計に視線を向けるとそんなことを口にした。
「これ以上、長居させるのも工藤くんに申し訳ないし……泰三さん、今日はここまでにしない?」
雪平のお父さんは腕組みをしながら、どのくらいか黙考する。
「……そう、だな。聞きたいことはある程度、聞けたし……工藤和樹くん」
「は、はい!」
「最後になんだが……私は正直、君たちの関係を認めていない。工藤和樹くんには悪いけどね」
でしょうね。雰囲気だけで察せられたわ。
「だが……無理に別れさせようというつもりもない」
「え?」
今のは俺ではなく、隣にいる雪平の声だ。
俺自身もてっきり別れさせようと強行手段を使ってくるのではないかと身構えていただけあって、驚きも相当大きい。
「それはどういう……?」
「そのままの意味だよ。特段、結婚も急いではいないし、所詮高校生の恋愛。すぐに別れるに決まっている」
なるほど。
高校生同士の恋愛は雪平のお父さんが言っている通り長続きしない。
全部が全部ではなく、稀に結婚まで続くこともあるが、ほとんどの場合が高校生のうちに終わってしまう短期なものだ。
俺たちは今、高校二年生。
雪平が大学に行くことを考えても、結婚までに残り最低でも五年ほど猶予が残されている。
もちろん学生結婚という線もなくはないが、現代の日本においてそれはかなり低い確率だろうし、雪平のお父さんがそれを考えているようにも思えない。
五年の間に俺たちは別れる……その余裕な推測があるからこそ、落ち着いていられるのか。
「ハハ……」
思わず笑みが溢れてしまう。
俺の奇行に雪平や雪平の両親は呆気に取られたような視線を向ける。
「別れませんよ。僕と琴音は……絶対に」
【あとがき】
終わりが見えない……。早く最終話にたどりついて改稿作業に入りたいのに……。
でも……面白い展開になってきた、かな?
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